空ネコ
学校の帰り道。
いつものように、黒ネコのルウルウといっしょにあるいていると、手に手に、大きな白い虫とり網を持った、おとなたちが、五人くらい。口々に何かさわぎながら、ぼくたちを追いぬいていった。
「なんだろう?」
ぼくとルウルウは、顔を見あわせた。
その人たちは、みんな同じように黒い、ぶかぶかの上着に、ぶかぶかのズボン。おまけにくつも、ぶかぶかで。走るたびに、かかとが、ぱかぱか。頭の上では黒い帽子の先が、二つに割れて、ぶらぶら揺れていた。
たしかに男たちの帽子は、ウサギの耳とそっくりだった。
一列に並んで通りすぎたあと、先の角を曲がって見えなくなった。かと思うと、いちばんうしろを走っていた、いちばん大きな男が、大急ぎで引きかえしてきた。口にも頬にも、黒いヒゲを、いっぱいにはやしていた。金色の目で、ぼくたちをじろりとにらむと、
「これは、あんたのネコかね?」
虫とり網の柄でルウルウをさして、そう言った。ずんぐりむっくりした体に似合わない、鳥みたいな声だった。
ぼくは首をふる。
「ルウルウはたしかにネコだけど、べつに『ぼくの』ネコじゃない。ルウルウはただのルウルウさ‥‥」
話し終わらないうちに、いきなり黒ヒゲは、持っていた網を、ぶーんと、ふり回して、ルウルウの上にかぶせようとした。
もちろん、そんなことでネコがつかまるわけがない。さっと、うしろに飛びのくと、そのまま身軽に、塀によじのぼった。
ぶかぶかと足ぶみをしている、ウサギ帽を見下ろして、
「ニャアゴ」
おもしろそうに、ルウルウは鳴いた。
それにしても、らんぼうなことをするやつだ。ぼくがにらみつけてやると、風船みたいな体が、たちまち、しゅんとしおれた。黒ヒゲは頭をかかえると、やっぱり鳥みたいな声で、わめきはじめた。
「こいつはまったく、ただのネコだ。ワガハイのネコに、そっくりだけれど、かんじんの羽がはえておらん。こまったこまった。ワガハイのネコは、いったい、どこへ飛んで逃げたのやら」
そうして、また大急ぎで、走っていった。ぶかぶかという靴音が、角の向こうに消えたとき、ぼくとルウルウは、もう一度、顔を見あわせた。
「なんだろう?」
アスパラガス広場では、お祭りが近い。今朝まではなかった、たくさんのテントが、もう所せましと並んでいた。
看板をひとつひとつ、のぞきながら行くうちに、ぼくたちは思わず、足を止めた。
リンゴ売りと、虫メガネ売りの間のお店。どの店よりも大きな看板には、ピカピカ光る絵の具で、羽の生えたネコの絵が、描かれていた。
もしも背中から、にょっきりと、金色のコウモリの羽根が伸びていなかったら、ルウルウと見まちがえたかもしれない。
「ソラネコ‥‥だって。そんなものが本当にいるんだろうか」
うしろのテントは、緑の布で組んだ三角形。少しだけ、入り口の幕が開いていたから、のぞいてみたけれども、中はまっ暗。人の話し声も、足音も聞こえない。
首をかしげながら、ぼくたちは家に帰った。
その夜は満月。
少し寒かったけれど、ぼくは夕食のあと、マフラーを巻きつけて、ルウルウといっしょに屋根にのぼった。
月は、いつもの倍くらい、大きく感じられた。屋根じゅうに、金とオレンジの絵の具をまぜて、うすくぬったように見えた。
こんな月はめずらしい。もっとよく見せてやろうと、ルウルウを高く持ち上げたとき、下のほうから、鳥のような声が、けたたましくひびいた。
おどろいて見下ろすと、なにやら、ぶかぶかした影が五つほど。ちょうど青白い外灯の輪の中を、ものすごい速さで、走りすぎてゆくところだった。
まだ持ち上げられていたルウルウが、かわいらしく鳴いたのは、そのとき。空を見上げたとたん、ぼくは、
あっ!
と、さけんでいた。
大きなまるい月の中を、羽の生えたネコの影が、とてもゆっくり、通りすぎていったから。