サヤと柱時計
小さな家の小さな部屋の中には、とても大きな柱時計がかかっていた。
11時59分58秒をさしたまま、今ではずっと止まっていた。
そこは森の入り口にある、森の番人の小屋だった。けれども、今ではサヤという女の人が一人いるだけ。
サヤがまだ小さなころ、番人夫婦がなくなって、それからずっとサヤは一人ぼっちなのだった。
部屋の壁という壁は、天井ちかくまで、ぎっしりと本でうまっている。とは言っても、小さな部屋なので、ちょっと背のびをすれば、かんたんに一番上の本を取ることができた。
サヤは昼も夜も、小屋の中で本を読んですごした。
森のフクロウが鳴きはじめるころ、小屋の外から、
コツン、
コツン。
窓をたたく音がきこえた。
オレンジ色にゆれているランプの明かりの中で、サヤは本から、ちょっと顔を上げて、
「開いてますよ」
すると森に面した窓が開いて、ヤ・ホルバがのっそりと入ってきた。
ウサギのように長く、クマのように太い耳をくるりと丸めて、サヤの向かいがわに、こしかけた。白い毛だらけの大きな顔が、
にやっ。
と笑うと、サヤもにっこり。
「お茶を、いれましょうね」
部屋に続く台所で食器が、かちゃかちゃ。そのあいだに、ヤ・ホルバは、ふさふさした胸の毛の中に両手を入れて、木の実を、机の上に、ぱらぱらとこぼした。
葉っぱをくっつけた、赤や茶色や紫の実が、ランプの下で、つやつやと光っていた。
ヤ・ホルバが湯気のたつ紅茶をおいしそうに飲みはじめると、サヤはとびっきりおもしろい物語の本を選んで、声に出して読んできかせた。
ぴんと片耳を立てたり、赤い目をまんまるにしたり。ヤ・ホルバはむちゅうになってきいていた。
ぱたん。
本が閉じられると、残った紅茶をひと息に飲みほして、時計のほうを、ふりかえった。
フクロウは鳴いていたけれども、時計の音はきこえない。サヤと目が合うと、ヤ・ホルバは照れたように、毛をふくらませた。
「止まっているのよ。何か用事があったの?」
今夜にかぎって時間を気にするなんてめずらしい。
ヤ・ホルバは席を立ち、耳をくるりと丸めて窓から出ていった。
「わたしが一人になったときから、この時計は動いていないの。毎日みがいているし、油をさしてネジを巻くんだけどね」
そうつぶやいたサヤの声が、きこえたかどうか、わからない。
食器を片付けると、サヤはまた読みかけの本を手にとった。けれども、いつのまにか眠ってしまったらしく、ランプの火が消えていることにも気づかなかった。
月の光が、窓からさしこんで、テーブルの上のサヤの頬を白く照らした。
ふと、
肩をやわらかくたたかれた気がして、顔を上げた。テーブルの前に、おとうさんとおかあさんの笑顔があった。
サヤがびっくりしている間に、二人はまるでプレゼントをわたすように手を開いた。とても大きく感じられる、四つの手のひらの中に、ピカピカ光る、星のような形のものが、たくさん乗っていた。
ふしぎなホタルなのだろうか。
それらは、ふわりと飛んで、光りながら部屋をわたり。時計の中に、みんな、すいこまれていったかと思うと、
カチッ。
と音がして……
ぼーん。
ぼーん。
「時計が鳴った! 時計が鳴ったよ。おとうさん、おかあさん!」
くるくるおどりながら、ふりむいたところで、サヤは目を覚ました。ゆっくりと、机から顔を上げると、
こっち、
こっち。
時計は静かに動いていた。
ヤ・ホルバが置いていった木の実をひとつ、口にふくんで、サヤはなつかしそうに笑った。