ユーム・メルの家
町長さんがある夜、四角い大きな机の上で、万年筆といっしょに、うとうとしていると、だれかがドアを、
こつっ、
こつっ。
たたいていることに気がついた。
木こりになった夢からさめて、あわててドアを開けたけれども、誰もいない。かわりに、一通の手紙が、ひらひらと入りこんできた。
うすむらさきの封筒に、赤いスタンプで「速達」と、おしてある。町長さんは机にもどると、ランプの下で、手紙を開いた。
やっぱりサフランの花の色をした便せんに、青いインクで、こんなふうに書いてあった。
月夜町長さま
まいばん、ねむれなくてこまっています。
こんばん、ぜひ来てください。
ユーム・メル
時計を見ると、もうすぐ十一時になろうとしていた。
町長さんは、手紙を上着のポケットにつっこんで、机の横のカバンをつかむと、部屋を飛び出した。ぐるぐると階段を駆けおりて、玄関のわきにとめておいた、赤いオートバイにまたがると、
ばるん。
ばるばるばるるん。
白い煙を、もくもく出しながら、月のあかりの下を、まるい丘をいくつも越えて走っていった。
ユーム・メルは、森の入り口に立っている、青く茂ったアカシアの木の中に住んでいた。
カバンをぶら下げた町長さんが、太い幹を
こつっ、
こつっ。
たたくと、タマゴの形にドアが開いて、黒い、ふさふさした毛につつまれた、ユーム・メルが顔を出した。
「こんばんは、町長さん。とっても助かりますよ」
大きな黒い目が本当にねむそうに、まばたきしていた。
青い草のじゅうたんを敷いた、部屋のまん中の切り株が、テーブル代わり。腰をおろした町長さんの前に、ものすごく細長い木のコップが、ふたつ置かれた。
舌が細長いストローみたいになっている、ユーム・メルなら楽に飲める。けれども、町長さんは、まるでトランペットを吹くようなかっこう。
でも、のどがかわいていたし、木のコップの中の蜜は、ひんやりとして、とってもおいしかった。
「ところで、まいばん、ねむれなくて、こまっているそうですが、どうしましたか?」
「はい。わたしがぐっすりねむっていると、きまって、とても大きな足音が、きこえてくるのです」
「ほお、ほお」
目をまるくした町長さんが、フクロウみたいに首をかしげた。
「それはだいたい何時ごろですか?」
「夜中の十二時になると、あの時計がボーン、ボーンと鐘を鳴らすのですが」
「ほお、ほお」
これもまた細長い三本の指で、ユーム・メルが指さした。そこで壁の木をくりぬいた、まぁるい時計の窓から、木の振り子が、
こっちこっち、
と、ゆれていた。
十二時まで、あと十分もない。
「十二番めの鐘が鳴ると、決まってそのすぐあとに、ずしん。ずしん、と、足音がひびきはじめるのです」
町長さんは、さっそくカバンから、とても大きな虫メガネを取り出した。月のあかりをたよりに、アカシアの木のまわりを調べはじめた。
たちまち、アッ! と声を上げて、地面にもぐりこんでしまった。
ユーム・メルが、長い手を差し出してくれなければ、とても一人では、はい上がれなかっただろう。
その深い穴は、ちょうど、とんでもなく大きな長靴で、地面をふんだ形と、そっくりだった。
「ふぅーむ、わかったぞ!」
町長さんは、どろだらけのヒゲをひねった。
「足音は、この大きな長靴のもち主が、たてているのに、ちがいない。だとすると、とんでもなく大きなやつだぞ。このアカシアの大木だって、そいつの腰にも、とどかないだろう。ふぅーむ」
首をかしげながら木を見上げた。こずえの間から、うっすらと、こん色に光る空をのぞいたとき、
ボーン、ボーン。
十二時を打つ時計の音が、聞こえはじめた。
二人は野ウサギみたいに急いで、アカシアの木の中にもぐりこんだ。ユーム・メルが、とびらをしめた。
やがて、十二番めの鐘が鳴りおわると、
ずしん!
町長さんがイスごと、ぴょんと飛び上がったほど、大きな足音が地面をゆらした。
静かになったかと思うと、また、
ずしん!
切り株の上でランプの火が大きくゆれて、消えた。部屋の中は、まっ暗になった。青緑色に光っている、お皿のようなユーム・メルの目が、
ぱちり
と、まばたきした。町長さんは、たずねた。
「窓はないのかね?」
「のぞき穴ならあります」
ふるえる声で、ユーム・メルがこたえた。
「どれ、わしがのぞいてみよう」
手さぐりで、一枚の絵が壁から外されると、大きめのふし穴がひとつ、あらわれた。そこから入りこんできた青い光を、町長さんの顔が、そぉーっと、ふさいだ。
「月だ!」
のぞき穴に顔をくっつけたまま、町長さんはさけんだ。
「ここは、お月さまの通り道なんだ!」
次の日、アカシアのこずえに、こんな木のふだが、ぶら下がっていた。
この下にユーム・メルの家があります。
どうか、そっと歩いてください。
その夜も、雲ひとつなく、きれいに晴れた。
大きな机の上で、万年筆といっしょに、うとうとしていた町長さんは、ふと目をさまして、青い窓をのぞいた。
森のほうへ、ゆっくりと動いてゆく月をながめて、にっこりほほえむと、また、
うとうと‥‥
カーテンを開けたまま、いねむりをはじめた。