遺体解剖学者 イリクス
この山に来るのは何度目だろうか。
素人ならば少しの重心のずれで簡単に星の重力により砕かれた肉の塊になる。
足元の岩は割れると鋭利な刃物となり柔らかい肉体を用意につき抜く。
この山の麓付近には、飛龍討伐を命じられた幾多もの遺体が残っている。
皆、頑丈な鎧で我が身を護り、全身を隠す程の鉄の盾と剣を身につけて。
馬鹿な奴らだ。
結局の所、飛龍討伐どころか山の地形によって一瞬で生命を喪失する。
俺は頂上への最後の段差を登らずに、動きを止めた。
風が強く鳴く。この高度になるとただの風が針の様に全身を刺す。
風の中、耳をすませた。
いる。
このひとつ上の頂上に飛龍が。
勝負は一瞬だ。
王の命令は遺体の損傷を最低限に留めること。
鋼の高度を誇る飛龍の尾を苦労して切り落とすなんてもっての他だ。
生きた状態に近い飛龍の遺体を王は望まれている。
いや、性格には王妃か。
王妃が飛龍の素材でコレクションの新しい椅子を創りたいらしい。
上質な素材で創りたいが為に、物理的損傷を最低限に抑える必要がある。
王家は、魔女たちにも荷が重いこの飛龍の椅子で、権力でも示したいらしい…。
幾らでもくれてやる。俺が必要なのはこいつのキモ。つまり臓器。
奴らが体内に隠しもつ秘密を今度こそ解き明かす。
世界の謎を解き明かす事とくらべれば、たかだか椅子の為に死んだ奴らの命の価値なんてその辺の石ころと同じ…。
いまの王家も俺も腐ってるのは一緒か。
さて。
奴の居場所は分かった。
まだ此方の気配には気付いていないようだ。
思ったより鈍い奴だ。
右手にリディルヌを握る。
刀身がオリハルコンで出来た刃渡り22cmの小太刀のようなものだ。
浅く息をすって。
一気に頂上に駆け上がる。
流石だ。
俺の事を感知していなかった奴が、頂上に飛び乗った俺が地に足を着く前に、もう戦闘大勢に入っていた。
野生の獣の天性か。
飛龍は大きな雄叫びをあげようとしている。
それは直ぐに分かった。
サイズは約1800〜1950。2000には満たない。
奴の肺が酸素を吸い込むのを、鋼の鱗を纏った、奴の胴体部の伸縮が教えてくれる。
0.5秒後、咆哮がくる。
大地を蹴る。空気を鋭く切り裂くイメージ。一気に奴との間合いを詰めた。
見える。奴の全身に脈打つ命の核が。大きさに関係なく、首の付け根から左翼関節に約20cm。そこから更に腹部に約30cm。深さ約18cm〜20cm。その位置を中心に広がる約7㎠にリディルヌを突き刺す事で、硬い筋繊維や骨に刃を阻まれることなく『飛龍の心臓』を突き刺す事ができる。
俺は空気を切り裂き、リディルヌを突き刺した。
時が止まる…。
100が0になるこの一瞬。世界が貴重な生命を突然喪失するこの感じ。
飛龍自身は気付く間もない。
俺は突き刺したリディルヌを半回転させて暴れようと飛龍が翼に力を入れたと同時にリディルヌを抜き取る。
鮮血が吹き出す。
飛龍は倒れた。
討伐完了。
俺は山の途中で待機している回収部隊に閃光石で合図した。
これから研究で3日は缶詰だな。
俺は目の前に拡がる大自然を脳裏に焼き付けた。