第6話 たたかってみよう
「今日のおやつも美味しかったよ、たんぽぽちゃん」
「ありがとうございます。実は私が一番得意なのは、お菓子作りなんですよ」
えっへん、と胸を張られる。
「うん。たんぽぽちゃんは何でもできるよね。それはいいとして、少し右を向いてくれないかな?」
「はい?」
右を向く。
すかさず僕は――
「『刀剣生成<ソードメイカー>』。僕の前だからって油断しすぎだね。戦士はね、いつでも戦闘の気構えを怠らないものなのさ」
剣をその場で作り、たんぽぽちゃんに切りかかる。
喉への横薙ぎ。
両手でしっかりと柄を掴んだそれはかなり大振りになってしまう。
「あら? えっと......。あのぅ、私は戦士じゃありませんよぅ」
戸惑ったように、首をかしげる。
その動きだけで完璧にかわされてしまった。
ま、読みどおりだ。
5年も一緒に暮らしてたんだ。
戦闘技術の有無くらいわかるさ。
「やるね! 僕の見込んだ通りだよ。けど、これで攻撃が終わりだとは思わないで欲しいね!」
そのまま勢いに任せて回転し、さらに切りかかる。
体全体を回転させて遠心力で攻撃する。
身体強化や念動力を使っていないから、こうするしかない。
僕の体は小さな5才児なのだから。
「え? きゃ! もう、わんぱくさんですねぇ。何でこんなことするんですか? 反抗期ですか?」
「反抗期じゃあないさ。素でどこまで戦えるのか気になってね。それに、戦闘のことなんて君は教えてくれないからね。こうやって無理にでも教わるしかないのさ」
くるくると回りながら言う。
目を廻すなんて無様なことにはならない。
これでも幼女としては最高峰の能力を誇っているんだ。
だから、ちょっと試したくなっちゃってね?
「じゃあ、調子に乗ったやんちゃさんには少しお仕置きです」
「ははは! やってみてよ。やれるものならね!」
さらに回転速度を上げながら切りかかる。
今度は、一歩さらに奥に踏み込む。
攻撃されるかもしれないけど、そのときは肘で迎撃すれば――
「肘を使おうなんて思ってませんよね、いちごちゃん?」
.......!?
言い当てられた!?
けど、今更引きかえせな――
「こうされたら、どうするつもりですか?」
隠し持っていたフォークで、剣を受け止められた。
遠心力が――速さが殺された。
腕力も重さも足りな過ぎる僕には、速さだけしかないのに!
「くっ!?」
剣を手離して後退しようとしたけど――
「まだまだ判断が遅いですよ」
剣を折られる。
逆手に握ったフォークを突き刺されて。
剣の根元からポッキリと。
「!? これ、普通に鉄で作った剣と同じくらいの強度はあるはずなんだけど。フォークごときで叩き折れるものかい?」
「ただの鉄ですか? それじゃ脆いはずですよ。せめて緋火色鉄<ヒヒイロカネ>くらいは使いませんと。ま、このフォークは銀製なので柔らかいですけど」
「じゃ、どうして叩き折れたんだい?」
「え? どうして柔らかいもので硬いものが砕けないんですか?」
「............え?」
「............え?」
顔を見合わせる。
相互の常識に差異があるようだ。
「まあ、いいか。仕切りなおしだ。いくよ!」
「ふふん。さすがにいちごちゃんみたいな小さな子には負けられません!」
さらに『刀剣生成<ソードメイカー>』で剣を生み出す。
緋火色鉄というものを知らないから鉄製だけど。
けど、今度のは隠剣だ。
隠して使うものだ。
大人の手のひらより少し小さい程度の大きさだけど。
僕の小さな手なら、このくらいがちょうどいい。
さすがに武器に振り回されるのを利用するというのは、無謀だったようだから。
「せいっ!」
「わ! と! ひゃん!」
体の小ささを活かして懐にもぐりこんでみるものの、攻撃は当たらない。
面白い奇声を上げながら、わたわたと全て避けられてしまう。
「いいかげん、当たりなよ!」
「いやですよ! 怪我しちゃうじゃないですかぁ!!」
全然、全く、嫌になるほど当たらない。
僕に体を動かすことは合ってないのかな?
いい加減に息が切れてきちゃったよ。
もういいや。
「ぜぇぜぇ......はぁはぁ......。たんぽぽちゃん、君の強さはよくわかったよ」
「えっと......いちごちゃんが弱いだけじゃ?」
「だから、最後の特攻に賭けることにしたよ。君から1本とってみせるさ」
「わかりました。受け止めて見せましょう! どんと来てください」
まず、手に持った隠剣を投げる。
手をフリーにすると同時に牽制をかけ。
「くうっ」
地面を掴み、僕の体を打ち出す。
ちょっと指が痛いや。
さらに途中にある椅子を蹴り込んで加速。
そのまま、たんぽぽちゃんに向かって斜めに突っ込む。
「え!?」
たんぽぽちゃんが驚く。
どうやら、狙い通り特攻するものと思ってくれたらしい。
「おお......!」
僕はそのまま横を駆け抜けて。
床を思い切り蹴り飛ばす。
そうすると壁が迫ってくる。
ここは室内だからね。
だから、壁に蹴りを打ち込む。
上へ。
くるりと宙で縦回転。
三角飛びさ。
そのまま後ろから空中回転蹴り。
これが、僕にできる最高の一撃だ。
「お!? ......っと」
その一撃をたんぽぽちゃんはあろうことか――
受け止めてしまった。
いや、受け止めるどころじゃない。
抱きしめられた。
抱きとめられてしまった。
信じられるかい!?
僕はね、必死だったんだよ!
たんぽぽちゃんに一泡ふかせようと。
一生懸命考えて、体を精一杯動かしたのに!
こんな結末なんてあんまりだよ!
必死の一撃をこんな風に潰されるなんて!!
恨むよ、たんぽぽちゃん。
せめて避けるか、叩き潰してでもくれたほうが良かった。
「ひどい......よ。ふわ」
ああ、眠気が。
激しい運動をしたせいで、目を開けていられない。
睡魔は僕を後戻りのできないところまで引き釣り込もうとする。
僕は必死に抵抗しないわけには行かない。
このまま眠ってしまえば、僕の大切な何かを失ってしまう。
がんばれよ、僕!
諦めんな、僕!!
僕はできる子だろう!?
うう......。
でも......。
たんぽぽちゃんの腕の中は気持ちいいなぁ、なんて思ったり。
このまま寝ちゃえば気持ち良いんだろうなぁ......
僕は最後の一撃をあしらわれたことは絶対に忘れないんだからね!
最後にたんぽぽちゃんをちょっと睨んで、僕は眠りに落ちた。
いちごちゃんの3分教室 第6回『気』
他の作品だと念とかオーラとか呼ばれる気についてだ。
フォークで剣を折ったのはこの力によるね。
こいつは生命力が発する副産物のようなものだと言えるかな。
使える人間はほとんど皆無と言ってもいい。
たんぽぽちゃんはあくまでこの力があったから残骸院家に拾われたんであって、彼女自身がとてつもない例外だったりする。
こういう歴史ある家は例外を除いて、ぽっと出の他人はメイドにすら迎え入れないからね。
気とは死を前提とした修練を行った者のみが行使しうる力と言ったところかな。
この力を少しでも扱えれば、拳で鉄を砕くことも出来る。
まあ普通でも鍛えてあれば岩くらいなら砕けるけどね。
.......手甲を付けてなければ拳を痛めちゃうだろうけど。
とはいえ、力の差は歴然だ。
僕も馬鹿な真似をしてしまったものだ。