第4話 歩いてみよう
僕はテクテクと歩いている。
もしくはよちよちと。
足取りが危なくても、危険な物はないから怪我の心配はない。
たった一人なのに、よくたんぽぽちゃんはここまで屋敷を清潔に保てるね。
そんなことを思いながら、一歩一歩踏みしめて歩く。
僕の足は小さすぎて体を支えにくい。
かと思えば、頭はでかいし重い。
なんて歩きにくい体なんだ!
何度考えたかもうわからないけど、何故僕はえっちらおっちらと歩いているんだ。
僕は部屋に引きこもって寝ていたいのに!
『脳内図書館<インサイド・ライブラリ>』で読んでいない漫画もたくさん、たくさんあるんだよ!?
くそぅ。
どうしてこうなった?
「いちごちゃーん。今日こそ運動してもらいますからね? ずっとベッドの上の生活も今日で最後です」
「ふふん。むだなどりょくだね。きみはぼくを、ここからうごかせない」
何回このやりとりが行われたか。
ベッドの上から動かない僕に対して、部屋の外に出そうとするたんぽぽちゃん。
何を言おうが、僕を動かすことなんてできないぜ。
なんせ、いつも勝つのはこの僕だ。
君がどれだけがんばっても無駄なのさ。
「さて、今日こそは覚悟してもらいます」
「そのせりふも、なんどめだい? いいかげん、あきらめたらいいのに」
やれやれだよ。
首を振って呆れてみる。
それでも、たんぽぽちゃんは余裕を崩さない。
本来ならここで警戒するべきだったんだ。
いつもなら、今日こそは負けませんとか言って悔しがってたのに。
「ふ、その余裕も今日までです」
「へぇ。なら、やってみせなよ」
僕は警戒することなく余裕たっぷりに言った。
ああ、僕の馬鹿。
そんな風に構えてられる状況じゃなかったのに。
いつもと様子が違うということは、彼女が秘策を持っているということ。
「ふふん。いいですよ。では、これを見てください」
「な!? それは――」
僕は息を呑んだ。
たんぽぽちゃんが今まで隠していたものは、それはもう素晴らしいものだった。
なんて言うのか、人間の文明というやつを思い知った。
「これは、菓子店”グラサージュ”のケーキです。どうですか? 美しいでしょう。この美しさと美味しさが話題を呼ぶ老舗ですよ。完全予約制で、木っ端貴族の口には入ることすらないとか」
「くっ。なんて、うつくしさなんだろう。ここまでうつくしいものは、みたことないよ。まるでたべるホウセキじゃないか」
そう、それは一個のケーキ。
美しく光を反射するそれは、美しい以外に形容の仕様がない。
こんなものを出されては、大嫌いな運動でもせざるをえない。
いや――
「けれど、たんぽぽちゃん。それは、ぼくへのおくりものじゃないかい? メイドがかえるようなシロモノじゃあないんだろう?」
「ふふん。確かにそうです。これはいちごちゃんへの贈り物ですよ。でも、管理するのはこのたんぽぽです。誰からか知れないこの怪しいケーキを私は捨てちゃってもいいんですよ。調べてみたところ、毒は入っていませんでしたけどね」
く、ケーキが人質というわけかい!?
卑怯だよ、たんぽぽちゃん。
ひねくれた人間である僕は、卑怯な真似をされると喝采したくなるんだけどね。
それを踏まえても、さすがにそれはあんまりだよ!
「ふ。ケーキをたべたければ、うんどうしろというわけかい。いちおうきくけど、ことわったら......?」
「そのときは捨てちゃいます。さすがにいちごちゃんのものを私が食べるわけにはいきませんから」
「ちょっと、まってくれよ。おちついて、はなしあおうよ。こうしょうのよちは、あるだろう?」
「ないですよ。いちごちゃんがベッドから出るか。このケーキを捨てちゃうか、二つに一つです」
「おいおい。そんなにすてきなものを、すてちゃってもいいとおもうのかい? もったいないとは、おもわないのかい?」
「そう思うなら、いちごちゃんが諦めてベッドから出てくれればいいだけです」
「ぐっ。こうなったら......」
「何をすると? もういちごちゃんは諦めて運動するしかないのです」
僕は精一杯のあどけない笑顔を浮かべて、胸を張るたんぽぽちゃんを見上げる。
......勝ち誇ってやがる。
そうはいくか。
「たんぽぽちゃーん。ぼく、ケーキがたべたいなぁ」
「運動してくれたら、食べさせてあげます」
失敗だった。
.......くぅぅ。
「はぁ。いいよ! わかったよ! うんどうすれば、いいんだろ? まったく! たんぽぽちゃんが、そんなコソクなてをつかうとは、おもってもみなかったよ!」
「ふふん。勝ちました」
さらに勝ち誇っていやがる。
次は絶対に負けないんだからな!
回想終わり。
ま、こんなわけで必死によちよち歩きをしているわけだ。
ま、結果は最悪。
練習するまでもなく、初めからそこそこできた。
ま、こんな足じゃあ上手く動けるわけねぇよな。
で、そっから上手くはならん。
全く、徹頭徹尾に、究極的に思ったとおりだぜ。
僕なら、こんなことは練習するまでもなくできる。
けど、これ以上は上手くならねぇ。
これ以上を実現しようと思ったら、足の構造を変えるか、足を動かす振りをするかしかない。
どちらもやっぱりごめんだね。
足の構造を変えるほうは考えるまでもない。
僕はこの体を化け物に変えるつもりはない。
そして念動力で楽をする気もないんだな、これが。
ゆえに、えっちらおっちらと足を動かすしかない。
「これで、じゅうぶんだろう? ぼくはもう、あきたよ。ケーキをちょうだい」
「ダメです。いちごちゃんはまだまだ運動不足です。5分しかやっていませんよ」
「そんなこといってもさ。あきたんだよ。なにか、おもしろいやりかたでもないの?」
「ありませんよ。そんなもの。ほら、こっちまで歩いてきて下さい」
「うー。これはゴーモンだね。たんちょうなこうどうをくりかえさせる。これがむいだったら、このよでもっともおそろしいゴーモンだよ」
「? 何言ってるんですか? いちごちゃん」
いや、詳しくは説明しないけどね。
アソコだよ。。
どっかの国で、具体的にはとっても寒いところで。
もちろん君たちのほうの地球のことだよ。
凍った土をね、掘り返させるのさ。
囚人だか、捕虜だかに。
掘り終わったら、埋めさせる。
これがもっともキツイ拷問らしいぜ。
無為ってところが特に。
掘って、埋めさせる。
何の役にも立ってないだろう?
まさしく無為だ。
意味がない。
大変な思いをして、それでお終い。
苦役はかくして意味もなくってか?
これがもっともキツイ拷問だという理由だそうだ。
経験者が言うにはね。
「ほら、これでじゅうぶんだろう? はやく、ケーキをちょうだいよ」
「まだ1時間もやっていませんよ。まあ、いちごちゃんにしては長持ちしましたか。いいですよ、お茶を用意してきますね」
ああ、そうだ。
上で1つの事例を紹介したけど、別によちよち歩きが無為ってわけじゃなかった。
たんぽぽちゃんが楽しそうだったからさ。
ま、それが報酬ってことかな。
たんぽぽちゃんの笑顔は可愛いんだぜ?
守ってあげたくなるくらいに。
「あれ? なんでおちゃとおさらが、1つしかないんだい?」
「それはいちごちゃんの分ですから。残念ながら私の分はないのです。ぐすん」
「それなら、かんたんなことじゃないか。2つにわければ、いいんだよ」
「いちごちゃん......。すぐ用意しますね!」
やれやれ。
ま、たんぽぽちゃんの笑顔さえ見られれば、それで十全。
いちごちゃんの3分教室 第4回『教育』
この世界の教育方針についてだ。
貴族は大抵家庭教師を雇い、さらに自らが指導する。
門戸が開かれているのは、洗脳教育のタイプが主になる。
そちらについては、流石に国家が補助しているよ。
大概はお金を出したりするだけだけど、そのタイプだと成績が良ければ騎士になれたりするね。
もう一つ、大学院のようなタイプもある。
教授に師事して自分で学ぶタイプだ。
こっちは国家的な補助がない代わりに、洗脳教育を受けずに好きなことを研究できる。
ま、変人の巣窟だと思ってくれていい。
次男や三男が前者に通い、趣味人が後者に通う。