第3話 たんぽぽ
「おはようございます、いちごちゃん。今日こそ運動してもらいますよ」
「それはいやだと、なんどもいってるじゃないか。なんかいきょひすれば、あきらめてくれるんだい?」
僕はため息をつく。
たんぽぽちゃんは僕を運動させようと必死なのだ。
まあ、がんばればよちよち歩くこともできるんだけどさ。
2才に成りかけてるわけだし。
でも、な――
「いつまでもベッドの上では、後々歩けなくなってしまいますよ?」
「つかわないきのうは、たいかしていくと? けれど、ぼくには『完成調整<レギュレート>』があるんだぜ。なにもしなくても、ぼくのからだは、りそうてきにそだつんだよ」
猫を使った残酷な実験を知っているかい?
親猫と子猫の片目を眼帯でふさいで育てるんだ。
すると親猫に視力の低下はなくとも、子猫はほとんど目が見えなくなってしまうのさ。
全く目を使わずに生活させたら、視力自体が消えかけたわけだ。
なんで子猫にそんな残酷な実験ができるんだろうね?
で、同じように僕の2才児の体だって使わなければ劣化してしまう。
――なんて、思うのかい?
浅はかだね。
『完成調整<レギュレート>』で僕は、僕の体を完全に調整している。
理想の体になれるように。
ま、大枠事体は決まっちゃってるんだけどね。
遺伝ってやつさ。
僕が調整できるのは、運動量とか栄養とかの領域だけ。
だからこのスキルを使っても、高い身長を得られるとか、巨乳になれるとかはない。
もっとも健康的に育ったらどうなるかを実践してるだけだから。
ま、いずれにしても年齢がある程度行ったところで、成長は止めちゃおうと思ってるんだよね。
そうだね、16才くらいかな。
その年齢で女の子は生物として一番完成されると言うし。
「そんな屁理屈は聞きません。いちごちゃんはいつも難しいことを言ってごまかそうとするんです。もうごまかされませんよ。今日こそは、子供らしくお外で遊んでもらいます」
「あれ? ぼくってそとであそべるとしだったっけ? ぼくとしちゃあ、こどもらしくってのがぎもんなんだが、たんぽぽちゃん。ぼくを、そとにだしていいのかい?」
そう、僕を外に出すってことは脅威を外に放り出すということだ。
そんなことは絶対にするな――、と言われていないわけがない。
子供らしくとか以前に、僕は化け物だぜ?
こんなに強大な魔力を持つ人間なんざ、どこにだって居ない。
僕は天災レベルの天才だ。
暴走してここら一体を滅ぼしてしまっても、まだ損害は軽微と言わざるを得ない。
「あ、そうでした。そんなことを言われてました。あらら、私ってばうっかりさんです。でも、今日こそは――」
「ああ、それはもういいよ。まえにもいったけど、なんできみはぼくをいちごちゃんなんて、きやすくよんでいるんだい?」
雇用主としちゃあ、舐められるわけにはいかないよねぇ。
ま、すでに散々舐められてるんだけどさ。
そもそも本当の雇用主は父だし。
「え? それはほら、なんとなく。そっちのほうが可愛いじゃないですか?」
「そのいけんには、ぼくも、どういするところだけど。けれど、めいどがしゅじんを、ちゃんづけでよぶのは、おかしくないかい?」
いちごちゃんという呼び名は可愛い。
それは僕も両手を挙げて賛成しよう。
可愛い服も着てることだし。
ゴスロリだぜ? 赤いけど。
こいつを選んでくれたやつはわかってると言わざるを得ない。
良い趣味してるぜ。
「ええと、そうですね。でも、いちごちゃんも気に入ってるじゃないですか? ならそう呼ばせてくれてもいいじゃないですかぁ?」
「ふむ。そこらへんは、いちどじっくりとかんがえてみなよ。じぶんのへやで。ゆっくりと、メイドはどうあるべきかを、ね」
これで誤魔化す。
さっさと、この部屋から出てけ。
そんなに目をうるうるさせても、可愛いなんて思っちゃいないぞ。
うん。思ってないとも。
たぶん思ってないはずだ。
思ってないといいなぁ。
いくら可愛くお願いされたって、僕は必要もないのに運動なんてしたくないんだよ。
「うーん。いつも、いちごちゃんのお話はわかりにくいです」
「うーん。それは、ねぇ。ぼくのことばは、たどたどしいからじゃないかな?」
ま、こんなひらがなじゃ分かりづらいよな。
ごめんね。
でも、しゃべれるのにスキルを使うのはどうにも、ね。
かんべんしてくれよ。
どうせ、この喋りが続くのは多くても後1話くらいのものなんだから。
メタ発言?
そんなことは知ったこっちゃないねぇ。
「うう。よくそんなに弁が立ちますねぇ。前は変な声出してたくせに」
「しらない」
あれは僕の黒歴史だ。
相手が怯えてもないのに、お化けだぞー、みたいなことをやってたなんて恥ずかしすぎる。
効果音なんて出しちゃってさ。
ゴゴゴとか。
.......はっ。
お笑いでしかないよ。
笑いたきゃ笑えばいいさ。
若気の至りなんだよ。
「あれ? いちごちゃん、恥ずかしがってる?」
「しらない」
ぷい、っとそっぽを向く。
ふん。
僕は子供だから拗ねてもいいんだよ。
「そんなに拗ねなくても」
「しらない」
正論言われると腹たつな。
もう今日は口聞いてあげない。
「またやってくださいよ。結構面白かったですよ?」
「なんのことだか、さっぱりだよ」
あーあー。
聞こえなーい。
ニポンゴ、ワカリマセーン。
ここの言語に名前はついてないけどね。
「あらら。そういうこと言っちゃいますか?」
「なんのことか、わからないね。はなしがおわったのなら、でていってくれないかな?」
ちょいちょいと、扉を指してやる
僕は今、怒っているんだ。
ほら、頬だってぷくっと膨らんでる。
「うふふ。また明日ね? いちごちゃん」
「またあした。たんぽぽちゃん」
さて、今日もまたたんぽぽちゃんを煙に巻くことができたわけだ。
黒歴史を暴露されてしまったわけだけど。
いや、あれはさっさと忘れたいものだよ。
さて、僕が2年に少し届かない人生で得た知識を少し披露しようか。
とはいえ、常識どころか物価さえ知らないわけなんだけどな。
ほら、僕って深窓の令嬢だからさ。
ま、令嬢というにはちと、いやかなり年齢が足りないんだけど。
こんな状況で外の状況を知るには、たんぽぽちゃんの話くらいしかない。
ま、チンピラどもを拷問してもよかったんだけど。
殺しちゃったからさ。
あれ以降殺し屋は来てないよ。
僕の実情が知れたのか、準備をしているのか。
不気味なことには変わりないね。
ま、誰であろうとも僕を脅かすことなんてできやしないんだけど。
ああ、また話がずれた。
話を横道にそらしてしまうのは僕の悪い癖だね。
わかったことというのは、他でもない僕の両親のことだ。
他の事は教えてくれなくてね。
国の数と国名くらいは教えてくれてもいいだろうに。
おっと、話をそらさないよう気をつけなきゃね。
僕の両親は貴族、それは前にも話したと思う。
管轄は魔導課だ。
ちなみに、魔導課の他には兵士課と王政課があるらしいんだよ。
王が直接管理する王政課、その下に魔導課と兵士課。
結構かぶってる部分もあるらしいんだけど。
それは重要ではない。
重要なのは魔法関連を扱う魔導課、その中でもお偉いさんが僕の父ってことさ。
母も名門出身の魔導士だ。
起爆符を作るのが上手いらしいぜ。
手っ取り早く名家の名を保つには武勲を挙げるのが早いからな。
ま、密告という手もあるが。
それに関しちゃ父は負けてる。
魔法使いを率いて戦争に行ってるが、勝ったり負けたりしてるからなぁ。
ちなみに魔法使いってのは切った張ったが得意な魔導士ってところか。
とにかく、父は魔法について広範な知識がある。
名門ってのは、そういうことだ。
だから、僕は何かされてる可能性もある。
そんな知識は腐るほどあるだろう。
洗脳に呪い、それができないって考えるほうがおかしい。
我が娘にそんなことができないということもね。
僕に防げないものなどない。
それは真実ではあるけど、実行する気はなくてね。
今僕が使っているスキルからして弱点はある。
ま、身辺には気をつけようって話さ。
君も何かされてからじゃ遅いから、身の回りには気をつけてね?
適度に気をめぐらせて、十全に行こうじゃないか。
じゃあね、また次回。
いちごちゃんの3分教室 第3回『学園』
たぶん僕が学園に通うことはないだろうね。
僕みたいな例外な化け物が歪んだ教育システムの中に居られるわけがない。
僕が壊れるか、システムを潰すか、どちらか一つだろう。
教育とは型に当てはめることだ。
個性を潰し、社会に適応させる。
もちろん、個性などは潰しきれたものではないけど。
それでも社会人と呼ぶに足る程度には同一化させる。
できない者は壊される。
ま、宗教学校というのがイメージに近いかな。
通っている子供にしてみれば、人間関係のためだけに行くのだろうけど――。
僕は暴君か虐められっ子にしかなれないだろうね。