第2話 お命頂戴
やあ、みんな。毎度おなじみ、残骸院イチゴだよ。
イチゴちゃんと気軽に呼んで......は欲しくないね。
残骸院様と呼びなさい。
.......いや、冗談だけどね?
まあ、漫画の登場人物を呼ぶみたいにフルネームで呼んでくれればいい。
まさか君たちはキャラや、もしかしたら歴史の偉人まで友達の名前を呼ぶように君付けなんてしてないだろうね。
それは止めておいたほうがいい。
君の品格が疑われてしまうからね。
わかったら君も僕のことを残骸院イチゴと呼びなさい。
親しみなんて込めずにね。
さて、本題に移ろうか。
実は悪い予感がするんだ。
具体的に言えば、5人ほど怪しい人物がこの別荘に向かっているのを感知した。
残念なことに、この別荘は外に向けての防御が壊滅的だ。
実を言うと僕をここから出さないためにかなり無茶な改造が施されている。
いや、改悪かな?
僕を縛り付けておくためだろうけど、無駄以前の問題。
涙が出ちゃうほど無様なことになっちゃっているのさ。
こんな結界、いくらでもすり抜けられる。
ま、壊すとなったら大事になるくらいの防壁ではあるんだけど。
ほら、ドームの骨組みだけなら、出るのは簡単でも壊すのは難しいでしょ?
なんて名前だったかな?
『要塞級戦略防衛用魔導障壁』だと思ったな、確か。
それを内側に向けてあるんだ。
傘みたいに裏返しに。
もちろん機能の余裕はたっぷりあったとはいえ、ぐるんと裏返しにしちゃったらねぇ。
裏返しだよ? 特定部分の強化や、形を少し変えるだけじゃなくて。
まあ、対象を外向きから内向きにしたんだ。
もう、ぼろっぼろのすっかすか。
窓の外を見るたびに朽ちかけたような結界が目に入って悲しくなってしまうよ。
そんなわけで、怪しい彼らは楽に入ってくるだろう。
両親に幽閉された赤子である僕を殺しに。
たぶん、依頼者は両親の対立者だろうね。
僕の親って貴族らしいから。
実の子供を幽閉するならともかく、他人に娘を殺されてしまうってのはそれはもう凄い醜聞なのさ。
自分の娘すら守れない能無しって罵られちゃうんだよ。
だからといって、自分で殺してしまうのも醜聞だ。
できることは幽閉くらいしかない――、世知辛いものだ。
だからといって、絶対に親の仕業じゃないかといっても、それも違う。
僕の力を恐れた両親が、僕を暗殺しようとしたという可能性は無きにしも非ずだ。
けど、その可能性はないって信じたいね。
だって、それじゃ他でもない僕の両親が僕の力をほんのわずかだって理解してないってことになってしまう。
こんな、強化した耳だけで簡単に所在が知れてしまうような暗殺者は。
いや、こんなのは暗殺者とも呼べないチンピラ。
こんな使えないチンピラを差し向けるなんて、僕は自分が弱者だったのかと勘違いしてしまいそうになる。
せめて、僕に合間見えようとするなら気配くらいは消して欲しい。
まったく、赤子である僕の五感を成人レベルまで補完するスキル『普遍感覚<ノーマライズセンス>』だけで存在がわかってしまうなんて。
侵入者の探知は五感に続く第六感のスキル『第六感<シックス・センス>』の役目だったのに。
ていうか、それのせいでチンピラどもの弱さが理解できてしまうよ。
なんて情けない。
こんな――、こんなにも哀れなほどに弱く、刹那的で、享楽的な愚か者に命を狙われるとは!
僕は特別で特例だ――
ゆえに、相応しい相手という者はあっただろうに。
惨めだよ。
全く惨めだよ。
絶望的に惨めだよ。
ああ、もう!
さっさと終わらせてしまおう。
あんな雑魚が五匹ばかり。
スキルを使うことすら惜しいぜ。
スキルを使わなければ動かすことすらおぼつかないこの体に、初めて殺意を覚えちまった。
スキルさえ使えればあんなやつらなんて、赤子の僕でも楽勝だぜ。
さあ、入って来い。
この別荘から外に向けてスキルを使うのは、知覚系スキルでもなきゃ余計な力を喰っちまう。
だから、足を踏み入れたときが貴様らの最期だ。
覚悟もなく、未来もなく、運命に顧みられることもなく、死んでいけ。
「おいおい、けっこうぼろ家じゃねぇかよ。こんなところに貴族様のご子息が居るってのかぁ?」
「へへ。そうは言ってもよ、アイネズさん。オレらはきっちりと依頼人から、この耳で聞きましたぜ。ガキ一匹殺すだけで、たっぷりと金がもらえるという話っす」
「おうよ! とっとと片付けて、酒でも飲みにいこうぜ! 野郎供ォ」
「「「ヒャッハァー」」」
5人のごろつきは別荘へと向かう。
その足取りは軽く、相手が容易に殺せるガキだと疑っていない。
何の躊躇も警戒もなく、扉を開ける。
普通であれば、とっくに殺されているはずなのに。
貴族の家に無断で侵入したら殺されるのは当然のことだ。
ここだけは、内側に向けた対策しかない例外中の例外であったから死なずに済んだものの。
しかし、悲しいことにこれがスタンダードだった。
もちろん彼らは冒険者などではなく、俗に冒険者崩れと呼ばれる犯罪ギルドの人間は大抵がこのレベルだった。
世が世ならマフィアとも呼ばれるような彼らは、愚か者でしかなかった。
それも後ろ暗いことを引き受けて糊口をしのぎ、都合が悪くなれば切り捨てられる程度の。
だからこそ彼らに罪悪感なんてものはなかった。
大抵の人間は、赤子を殺せなどという依頼を受けることはできない。
けれど、所詮使い捨てでしかない彼らは、容赦というものをされない分、赤子にすら容赦することがなかった。
だから簡単に赤子の殺害依頼なんてものを引き受けてしまった。
今日飲むための酒代のために。
命の価値なんて、彼らには分からないのだ。
なんせ、自分の命が使い捨てでしかないのだから。
自分の命の価値が低いのに、他人の命の価値を理解しろというほうが無理。
彼ら自身の命も大切?
......まさか。
使い捨ての命が大切なものであるはずがない。
けれど、そんなことはいちごには関係がない。
いちごはただ殺すだけだ。
こんな愚か者を差し向けた白痴を恨みながら。
そんな深い考察など、及びもつかない彼らは扉を開けた。
扉を開けたら、中に踏み込む。
ガヤガヤと騒々しく入っていく。
最後の一人が中に入ったところで、全員死んだ。
あっさりと。
苦悶の表情すら残すことなく。
死という異常が、日常的な気楽さでもって放置されている。
相対家アイネズ、 裏地線カーキ、形見冷コウバイ、水彩羽セピア、暗然項ヒワダの5人の骸が適当に放置されている。
「『無色の毒<オキシジェネイト>』ってスキルさ。能力は酸素を操ること。ま、君たちみたいなのが教養を持ってるはずがないからはしょるけど。っていうか、死んでるから聞けないだろうけど。酸素ってのは人間が常に吸っていなければ死んでしまうくらい大切なもので単に空気と言っちゃう人も居るわけだけど、吸いすぎても死んでしまうのさ。だから君たちがこの屋敷に足を踏み入れた時点で君たちの周囲の酸素を濃くした。一呼吸で死に至るまでね」
いちごは宙に向かって話しかける。
そもそも彼女は現場にすら来てすらいないのだった。
いつも居る寝床で、うっすらと目を開いている。
「ま、めんどくさいから現場には行かなかったけど。死体は処理しとかないといけないよね。たんぽぽちゃんに処理させるのもあれだし。そこらへんに放っぽりだしときゃ、いいのかな? ま、適当に森にでもワープさせとこ」
ワープさせるってのも楽じゃないんだけど。
というか、この質量のワープははっきりきつい。
空間操作系統は負荷がきつい。
酸素を操るよりも余程。
「ああ、眠たくなってきた。まだまだ僕の脳は発達途上のようだね。それにしたって、こんなに睡眠を求めることもないだろうに。一日に2、3時間しか起きてねぇんじゃないか? 僕」
こんなんじゃ、まともに漫画すら読めやしない。
僕の『脳内図書館<インサイド・ライブラリ>』が宝の持ち腐れだぜ。
まだめ○かボックスですら10巻も読んでいねぇのに。
ま、読み手と書き手がいりゃ、それで十全なんだけどね。
「さすがに、無駄に眠る1秒ですら世界の損失クラスだとか自惚れてるわけじゃねえけどさ。僕にも、もうちょっと、楽しく考え事をする時間をくれても良いんじゃないか。なあ、僕?」
「ああ、もう限界。......眠い。漫画の一冊すら読めねえよ。これでも僕は1才を超えたんだぜ。もう少しくらい時間があっても......」
ふわぁ、と欠伸する。
その姿は年齢相応のそれだった。
「ああ......。眠い......。おやすみ」
いちごちゃんの3分教室 第2回『貴族』
今日はいわゆるお偉いさんについての話だ。
まあ、イメージどおりに汚職とか、権力争いの世界だね。
良い人も居ないわけではないんだけど絶対的に少数派、というより下っ端だね。
ちなみに戦争中であるのに倒れる国は小国ばかり。
だから昇進に必要なのは裏切りに手柄の横取り、要するに相手をけり落とさなければ上に上がれないシステムだ。
だからこそ人類全体が萎縮してしまうんだよ――、なんて僕あたりは思ってしまうのだけど。
まあ、僕としては足を引っ張られないようにしなくてはね。
僕は絢爛豪華にはそれほど興味が無いし。
でも、大貴族になると凄いぜ?
黄金の像やら壺やらがおびだたしいほどに飾ってある。
何が楽しいのかね?