第1話 悲報
やあ、皆元気にしてたかい?
それはそうと、悲報だよ!
緊急悲報だ!
あ、僕はすでに生まれたよ。
今は0才児の赤ん坊だ。
名前もある。
残骸院いちごという名前だよ。
ピチピチの女の子以前の赤ちゃんさ。
どうも僕には赤ん坊の可愛らしさというものが理解できないんだけど君たちはどうかな?
ああ、それでも僕は自分の体をスキルを使って成長させることはしてないよ。
身体の保護はしてるけど、人外の成長はしないって決めてるんだ。
生まれたときには、おぎゃあ、おぎゃあ、って泣いたさ。
酸素を供給するスキル『潜水官<ダイバーズ・ノンブレス>』はあるけど、やっぱり初めてはちゃんと口を動かして息を吸わないとね。
ま、様式美ってやつさ。
話がそれてしまったね。
緊急悲報とか言ったのは僕なのに、情けないことだね。
まあ、いいや。
君たちもそんなことは気にしないだろう?
で、悲報ってのは僕が両親に嫌われたってことだ。
いや、嫌われてはいねぇな。
ただ恐れられてるだけで。
なんでも僕はとんでもない魔力を持っているらしいんだ。
ま、1京もスキルを持ってりゃ当然だな。
スキルを使うにも魔力は必要だ。
魔法を使うにもね。
ま、大抵は呪符型でどちらかというと魔道科学ってことになる。
もしかしたら陰陽術のほうが近いかね?
ちなみに呪文唱えても、火の玉は出やしないぜ。
ちゃんと呪符を用意しねぇとな。
ちなみにスキルっていや直訳すると技術になっちまうんだが、暴発だってするんだぜ。
それじゃ、スキルっていうよりエフェクトだろうって?
でも、スキルなんだよ。
僕も理由は知らないけどね。
そんなどうでもいいことを知るために物凄いスキルを使う気になんてならないし。
そんな理由で世界の理を知ろうとするなんて、あまりにも美学に欠ける。
で、暴発を恐れた両親は僕をこの別荘”骸刻城”に幽閉されたというわけだ。
幽閉といっても、いつでも出られるんだけどね。
さらに暴発なんて無様な真似は、決して起こさないと断言すらできる。
あの両親は内側に対して絶対的な防御を敷いたと思っているんだろうけど、僕から見れば付け入る隙はいくらでもある。
僕の魔力をもってすれば、力技でも破壊できる。
まあ、やらないけどね。
ちゃんと人間と同じように成長して、そうだな。12才くらいになったら出ようかな。
12才くらいなら旅してる子もいる。
ほとんど死んじゃうけどね。
日本とは違って、そういうところはシビアだ。
浮浪児なんていくらでもいる。
庶民の生活だって、あまり便利とは呼べない。
一方貴族ともなれば、生活の優雅さは現代以上に華やかだ。
うちの両親は貴族で、自由に使える別荘をいくつも持っている。
うだつの上がらない中間管理職なのにねぇ。
ちなみに僕にはメイドがついている。
食事も用意されてるんだけど、聞いてよ。
マズイんだよ。
普通の脱脂乳なんだけどさ。
これが、”牛乳2、氷8。ただし解凍済み”みたいな味なんだ。
一度口に含んだ後、二度とこんなもの口に入れるかと誓ったね。
だから僕は何にも食べてないし、飲んでもいない。
なんせ僕は周囲の魔力を食べるスキル『仙道輪廻<イモータル・ライフ>』があるからね。
だからカロリーなんてものを食事からとる必要がないのさ。
ほら、仙人は霞を食べるって言うだろう?
それどころか、僕は自身の生理反応すら消している。
だから僕は食事を取る必要もなければ、トイレに行く必要だってない。汗すらかかない。
どうだい? 凄いだろう。
とはいっても、やることといえば寝て過ごしているだけなのだけどね。
いくら僕でも、多数のスキルを同時に常時発動させているのは辛い。
『普遍感覚<ノーマライズセンス>』、『防御皮膜<ディフェンス・パック>』、『不接触移動<ポルターガイスト>』、『第六感<シックス・センシズ>』それとついでに『仙道輪廻<イモータル・ライフ>』。計5つかな。
スキルを使うにはかなりの集中力が必要なんで、大変な負担になっちゃうんだ。
まあ、普通は一人一つだからねぇ。
持ってない人も居るくらいだよ。
まあ、一人に一つって僕はどうなるんだろうと思うけど、1京もあるものは仕方ない。
あ、今更だけど京ってわかる?
兆の次の単位だよ。
千、万、億、兆と続いて京だ。ケイだよ。キョウでもいいんだけど。僕としてはケイと呼ぶのを進めたい。
そっちのほうが優雅だろ?
でもそんな単位、日本じゃ使わないよねぇ。
普通は十の何乗とかって言う。
ま、覚えておいてね。
役には立たないだろうけど。
「あーー! また飲んでない。もー。飲んでくださいよぅ。栄養失調で死んじゃいますよー?」
ああ、うるさいのが来た。
とりあえず紹介しておこう。
彼女がこの”骸刻城”二人目にして最後の住人、再生烙たんぽぽだ。
ま、小うるさいメイドと覚えておいてくれればいい。
さて、追い払うとしよう。
......ゴゴゴゴゴゴゴゴ......
空気を振るわせる。
普通の人間であればプレッシャーに負けて逃げ出すだろう。
そして、さらに!
―去れ、人間。ここは貴様に踏み入れてよい場所ではない―
威厳を込めて、宣告する。
もちろん、僕の声帯はまだ発達してないからスキル『弓震の琴―サウンド・トラック―』を使ったんだけどね。
けど、だからこそ恐ろしい声が出来上がった。
人を脅かすには、これで十全。
...やば。
ちょっと疲れちゃったよ。
常時発動させている5つに加えて6つ目は頭に負担をかけすぎてしまう。
意識がブラックアウトする。
まあ、単に眠るだけ。害はない。
じゃ、みんな。おやすみ。
やっぱり何度やっても、6個目を使うと眠っちゃうなあ。
「あらあら。また、こんなことを。お嬢様は仕方ないですねぇ」
一方、声を向けられたたんぽぽは全くひるんだ様子を見せない。
彼女が部屋に入ったときにするこれは、もはや恒例行事となっていたがそもそも彼女は最初から恐れるということをしなかった。
とてつもない胆力。
「さて、いちごちゃんが寝てる間にお部屋のお掃除をしちゃいましょう♪」
主人が寝たと悟ると同時に呼び方を変えてしまうおちゃめさからすると、単なる天然なのかもしれない。
掃除する様子に無駄はなくて、有能さが伺われる。
顔自体はドジっ子の権化とでもいうべき可愛さなのだが。
ほんの十分ほどで掃除を終わらせてしまう。
まだ0才のいちごに部屋を散らかすだけの筋力はないのだ。
......そんなスキルはあるが。
まあ、とにかく。
いちごは世話する面白みがないまでに、手のかからない子供だった。
食事を与える必要すらないほどに。
「けど、なんでいちごちゃんはミルクを飲んでくれないんでしょう? あの様子では、餓死することはなさそうとはいえ、良くはないですよねえ」
こくり、と首をかしげて愚痴をもらす。
やはり、赤ん坊は世話をしてあげたくなるもので。
それは化け物じみたいちご相手ですら例外ではなく。
いや、たんぽぽの方が化け物にまで気を配る脳天気さんなのかもしれないが。
とにかく、彼女はいちごに食事をしてもらいたいと思っていたし、できる限りのお世話もしたがっている。
食事をしていなくても衰弱する気配はないイチゴ相手であろうが。
「ま、気長にやるとしましょうか。お掃除も終わりました! でも、やることはいっぱい残ってます。ああ......何でこの広い城を一人で管理しなくちゃいけないんでしょう。理不尽です」
がっくりと肩を落として、山ほどある仕事を一つずつかたずけていく。
この際、世話相手が異常なほどに人の世話を受けないイチゴだったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
そもそもイチゴが幽閉されなければ、彼女もここに来ることはなかったのだが。
いちごちゃんの3分教室 第1回『スキル』
今日のお題はスキルだよ。
まあ、読んで字のごとく。
魔力と集中力を使って発動する、限定された能力のことだ。
もっとも、1京もあったら出来ないことを探すほうが難しいんだけどね。
でも、ま。1つのスキルの使い道、というか使い方はかなり限られてしまう。
感覚としては魔法というより武道に近いのかな?
机に向かって勉強しても、スキルを強くは出来ないしね。
誰もが共通して出来るとしたら、強弱のコントロールくらいかな。
他の、例えばタイミングやらルートやらは能力しだいでコントロールできるか決まる。
だからスキルの使い方を人に教えるってのは、とてつもなく難しい。
能力自体が千差万別な上に、操作方法でさえバラバラだというんだから。
この辺で、今日は勘弁してもらおうか。