第30話 仕組まれた試合
さて、昨日はエージェント君と話し合った後は部屋でレポートをまとめていたわけだけど。
今日は試合の日だ。
単なる書類なら『自動書記<ゴーストライター>』が使えるから楽だけど、あれは考察とかを考えなきゃいけないから使えないんだよね。
まったく、研究者も楽じゃない。
『さあて、結晶祭も最終日! 前座は特別クラスの面々と特別ゲストとの試合だ! 特別ゲストが練り上げた腕に、特別クラスはどこまで噛みつけるか見ものです! 解説は私、『ノイジィメイカー』放送徒まつりがお送りします』
昨日もマイクを持っていた女だ。
とりあえず、美しく透き通る声は認めよう。
あまり知性は感じられないけどね。
『さあ、始まります。第一試合は地検和エドムラVS残骸院いちご。なんと残骸院いちごは“あの”残骸院家のお姫様。『深淵より這い寄る朱色』の異名を持つ無所属の研究者。赤いゴスロリがトレードマークの可憐な少女。多くのコレクションを持つとの噂ですが、戦闘能力は未知数! 我々に何を見せてくれるのか!?』
『おっと、地検和エドムラも負けていないぞ! 引退間際とはいえ、かの“地竜騎士団”のメンバー。ダンディな筋骨隆々のおじいさん。『不動の岩戸』の異名を持つ守護者。彼の防御を打ち崩せる者はどこにもいない! 未知の『深淵より這い寄る朱色』に対しても絶対防御を発揮できるのか!?』
説明ご苦労様。
『地竜騎士団』ねぇ。
聞いたことはないけど、学園生とはさすがにレベルが違うね。
それでも、僕のレベルには程遠い。
遠慮無くて加減して、魅せてあげよう。
この僕の力を!
『試合開始ぃ!』
さあ、匙は投げられた。
「僕は『深淵より這い寄る朱色』残骸院いちご。君に混沌を魅せてあげよう。思う存分に楽しむといい」
「『不動の岩戸』地検和エドムラ。貴様の無力を我が鉄壁にして証明しよう。思う存分に嘆け」
いいねぇ。
そんなことを言われたら笑みが止まらなくなっちゃうよ。
存分に楽しませてもらおうかな?
まずは『泡吹き笛人<バブルズ・ハーメルン>』だ。
口笛を起点に大量の泡を作り出す。
もちろんただの泡じゃあない。
触れれば爆発する。
殺傷力はあまりないけど、武器くらいなら場外まで吹き飛ばせる。
遅いけど、その分数がある。
さて、どうする?
『不動の岩戸』は笑みを浮かべたままで待ち構える。
よほど防御に自身があるようだね。
「これがお前の能力か? 貧弱だな。『地竜咆哮――震脚』!」
ガンと足を地に叩きつける音、そのすぐ後にシャボン玉が爆発する“パァン”という音。
シャボン玉が一気に炸裂なんてさせたら、爆心地の人間は壁に激突死してもおかしくないというのに。
10mくらい離れている僕ですら、吹き飛びそうになってしまった。
というか、普通の10歳児なら壁に叩きつけられて死んでるね。
「けれど、微動だにしていないとは。流石、騎士団メンバーだ」
そう――、彼はこの程度では眉さえ動かさないのだった。
ふふ、さすがに小手調べとはいえ手加減しすぎたかな?
外野も僕の力が通用しないとか騒いでいることだしね。
次を見せてあげようか。
さあ、エンターテイメントはこれからだよ。
「貴様の能力がこれだけというのなら、期待はずれだな。おとなしく研究室にこもっていたほうが良いのではないか?」
「ふふ。酷い言われようだね。そこまで言うのならペースを上げてあげるよ。予定では3個目か4個目に使うつもりだったんだけどね――」
「見せてもらおうか、貴様の本気をな」
「無理だね、君程度では。精々観客を楽しませるために踊ることだ――」
ぐおん、と鎌が出現する。
人間に倍する大きさの鎌が計5つ。
その漆黒は死を連想させる禍々しさ。
「『死神の舞踏会<ダンス・ウィズ・マリシャステイル>』。さあて、無様に逃げまわってみるかい?」
ニヤニヤと嘲笑う余裕な僕。
相手は愕然として口を閉じれないでいる。
「ば、馬鹿な。能力は一人一つのはず! 貴様――?」
「化け物さ。僕は1京のスキルを持っている」
「う、嘘だ。そんな人間が居るわけが……」
「現実を見なよ。君がこれから無様に悲鳴を上げて逃げまわるという現実をね」
回転する鎌が動揺する『不動の岩戸』に迫る。
とても戦闘できる精神状態には見えないけど――。
「ぐ……! ぬぉおおおおおおおおおお!」
一本目を弾き、2本目を弾き、弾き、弾き、弾き、弾く。
まさか、全て叩き落とすとは。
これは予想外。
足の一本くらいは持っていけると思ったんだけど、読み間違えたか。
「ぜあああああああああ!」
必死だねぇ。
僕の方に向かって来ちゃって。
ま、後ろから鎌が迫ってきているのだから正解だけど。
そう、これは鎌を操る能力。
叩き落としたところで時間稼ぎにしかならない。
変幻自在に動く鎌は当てるのにすら苦労する。
しかし、投げた鎌は瞬間的には引き戻せない。
「――『死神の舞踏会<ダンス・ウィズ・マリシャステイル>』。今出したので全部だと思った?」
更に二本の鎌が空中より出現、カウンター気味に『不動の岩戸』に襲いかかる。
それを、人間のものとは思えないほどの反射速度で弾く。
この動き、まさか――!
「まだだよ! これが全力の『死神の舞踏会<ダンス・ウィズ・マリシャステイル>』! 30の鎌に貫かれて死ぬがいい」
「がああああああああああああ!」
まさか、30の鎌を全て撃ち落とす――?
さすがに人間の所業じゃないよ。
とはいえ、カラクリもわかった。
わかったからどうこうというわけでもないのだけれど。
ともかく、今は退避――。
いくら反応速度が強化されているからといって、速さ自体は低い。
『不動』だしね――。
なに!? 足が動かない。
いや、動かないんじゃない。
地に張り付いている。
そうか、これが奴の……。
「が……!?」
殴られた。
これは、かなりの衝撃だ。
自分から飛んでダメージを軽減する格闘技技があったと思うけど。
これは――その真逆!
殴られても動けないから、衝撃が100%僕の体に通る。
そう、奴の力は地に物を縛り付けること。
『不動たる大地<アースボンド>』ね。
第二撃は喰らわない!
刃引きしてあるとはいえ、流石に剣は喰らいたくないからね。
『天を穿つ翼炎<フライング・スカイ>』
轟、と舞台のすべてを炎が包み込む。
「ふふ、僕もここまでする気はなかったんだけどね。ま、君だって悪いだよ。さすがに薬物を使って、無事に舞台を降りられると思っていたわけじゃないだろう? ま、舞台は傷つけてないから勘弁して貰いたいね。とはいえ、そこそこに楽しめはし……た……?」
剣が、僕の腹に……。
まさか、アレでも生きて――。
いや、殺すつもりはなかったけど。
『不動たる大地<アースボンド>』で無理やり体を留めておいたのか?
そんなことをしても消し飛ばないとは、呆れるほどに頑丈な体だ。
顔に灼熱が走る。
……殴られた。
本当に手加減しないね。
敗れた服を気にしていたら、踏ん張りが効かなかった。
「まだ戦える、と言いたいけど――」
「決着――! 勝者は『不動の岩戸』地検和エドムラだ!」
どうやら、場外負けらしい。




