第24話 『また勝てなかった』
「で、規則やらを説明してもらおうか? 今際弱わすれな教師」
「は、はははい! これに全部書いて有りますです。はい」
受け取る。
ここに来る前に渡しておけよ。
というか、口で説明しろよ。
ま、口より紙のほうがわかりやすい。
「あ、ああああの! あまり学園とか、人とか壊さなくてくださいね?」
「へぇ?」
今更……。
まあ、言わないで済ませはしないか?
既に壊れまくっているというのに。
「ひぃ! ご、ごめんなさい。許してください。わ、私に出来る事ならなんでもしますから。お、怒らないでくださいぃ」
「……別に怒ってないさ。君も大変だね。そんな性格で生きていくなんて」
「え?」
「さようなら。まあ授業にはできるだけ出てあげるよ」
教室を出る。
先ほど一瞬で読み終えたが、別に大したことは書いてなかった。
ここで書くとつまらなくなるから、機会ごとに書いていくよ。
ほとんど自慢やら、イベントやらしか書いていなかったから。
僕達の部屋は上。
一人につき一室ずつ与えられている。
特例に集団生活を要求するのは無理だ。
すぐに殺しあい始めるに決まっている。
さて、これから暮らすことになる部屋はどんなものかな?
「ん?」
「あら、これは……」
『果たし状だね。ひゅー、いちごちゃん格好いいー。“屋上にて待つ、奇異坂クロガネより”。だってー』
……行動が早い。
でもなぁ――
「僕は疲れているんだよ。この学園の構造の把握はかなり大変だったからね。特に地下施設なんて、どれだけ隠蔽すれば気が済むんだよ。構造自体は把握できても、何が研究されているかまでは分からなかったぜ」
『そんなことしてたんだ。あの、オカネとかいう人との戦いは何だったのさ?』
「あれは息抜きだ。そこそこに遊べた。まあ、支配剣シロガネが戦い方というものをわかっていたら、戦えたかもしれないが――。奴は全力を出せてはいなかったよ」
『へぇ。いちごちゃんって、やっぱり格好良いね。僕も“奴は全力ではなかった”キリ、とか言ってみたいなー』
「はいはい、じゃあ奇異坂クロガネとの対戦は譲るからそこで言ってごらんよ。僕は寝る」
『え? 僕にそんな力はないよ』
「よろしくお願いしますね、クロズミ君」
『え? あの……』
僕は寝てしまった。
たんぽぽちゃんはお部屋を整える。
引っ越してきたばかりだから。
大物は僕のスキルで転移させてしまったけど。
『あれー? 僕が行かなきゃならない雰囲気?』
あーあ。
なんてついてない。
まあ、負け続きの僕の人生で初白星を上げるのも悪くない。
いちごちゃんに押し付けられた決闘、やってみようか。
「来たか。残骸院いちご……? いや――、貴様は……」
『僕の名前は霊神負クロズミ。いちごちゃんの代理さ』
はは、戸惑ってやんの。
まったく嫌になっちまうぜ。
人が約束を守るなんて甘っちょろいことを考える奴は――。
「まあ、いい。貴様も腐った目をしている。汚泥が腐ったかのような暗い目だ。その根性、私が叩きなおしてやろう」
『おいおい、僕の根性の曲がり具合は叩いて直せるほどに甘くはないぜ?』
「ほざけ。私は誇りを軽んじるものを許さない」
『最低たる僕に誇りなどない――。惨めで、悲惨で、不幸な最低の化身たる僕は日々のいらだちをお前にぶつけてやる』
「私は奇異坂クロガネ。誇りを胸に、光の道を説く者なり。目の前の外道を更生させる者なり。神よ、私にちか――
『なげぇよ』
杭を手に特攻する。
だが――
「貴様、名乗りの最中に手を出すとは。獣よ、名乗りとは神聖なるもの。手を出してはならない、覚えておけ!」
『が、は!』
いつの間にか手に握られていたナイフに止められていた。
さらに拳で殴りつけられる。
獣に言うことを聞かすときのように。
「そして、決闘は誇りを胸に戦うものだ! 正々堂々と、不意打ちなどもっての外だ!」
『は、隙見っけ』
足に飛びついて杭を突き刺そうとする。
実際問題、クロズミの『奈落落とし<アビス・イン・ナイトメア>』なら少しでも相手を傷つけた時点で勝ちが決まる。
「ふん!」
『ぎゃん!』
踏みつけられた。
もちろん、クロガネには傷ひとつない。
「獣にはお似合いの格好だな。いいか? そもそも――」
似たような話を始めてしまった。
まるで校長の長い話だ。
似たり寄ったりの話を何度でも繰り返す。
ただし、こちらは洗脳行為だ。
圧倒的強者に踏みつけられながら話を聞かされる。
それに影響されないとしたら、そいつはどんな最低だ?
『ははっ。クロガネちゃん、優しいね。わざわざ無駄話をして僕が回復するのを待ってくれるなんて――』
もっとも、クロズミこそは世界最悪の最低。
そんな洗脳が効くはずもなかった。
めげることもなく、足に杭を突き刺そうとして――
「このっ! まだ痛められ足りんか? ならば、話が神の裁きを受けよ、『破滅的幻想<ブレイク・ザ・ファンタズム>』」
『なに!? これは――、ナイフが!』
クロズミが床を見ると、十数本ものナイフが刺さっていた。
単に踏みつけられた時にばら撒かれたのを気付かなかっただけだ。
逃げられない。
身体能力という点では学園生の中でさえ最低のクロズミでは。
「馬鹿が! 周囲の確認すら出来んとは――。何にしろ、私のスキルを受けては立ち上がれるはずが――」
『ん? なにか言ったかい? まさか、最も弱い生き物で、何処を狙われても急所で、雑魚と言ったら魚が可哀想とまで言われるこの僕を倒したことで調子に乗っているのかい? はは。君は本当に馬鹿だなぁ。僕を倒すことなんて、そこらへんのガキにでもできるぜ』
ぬらり、と立ち上がる。
その姿は吐き気を感じるほどに醜悪で――
気を失いたくなるほどにおぞましい。
「き、貴様。何故私のスキルを受けて立ち上がれる? いや、何故立ち上がる?」
『はは。しらねぇよ』
杭を携えての突撃。
突然のように殴り飛ばされる。
「お前は弱い! いくら向かおうと無駄なのはその身でしかと体験したはず! 倒れていれば良かろう! 私の話を聞くふりだけしていれば殴られなくて済むのだぞ!?」
殴られては立ち上がるクロズミを殴りながら言う。
何度だって殴る。
何度だって立ち向かって来られるのだから。
クロガネは杭を持って突撃する人間を受け入れられるほど聖人ではない。
『何を言ってるのやら。人を殴るのに気に入らないから以上の理由が必要なのかい? 誇りとかほざく君ってさ、気持ち悪いよ』
突撃、殴られる。
「この……! 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も! もう来るな! 私に近寄るな! この――『混沌よりも這い寄る劣悪』が!」
『へぇ、いいね。気に入っちゃったよ。嫌いな奴の付けた異名なんて、大嫌いに決まっているけど――。大嫌いな異名を名乗る最低も悪くない』
「ぐ……。何故、お前のような劣悪が世界に存在する? 貴様は奈落だ――。神が創りたもうた世界に存在する欠陥だ! そのような最悪で――、何故生きていられるのだ!?」
『はは。なんで、か――。人間、生きてられれば、生きていられるさ』
何度目かはわからないけど、これで最後だ。
僕は――勝つ!
杭を貴様の心臓に打ち込んでやる。
『奈落落とし<アビス・イン・ナイトメア>』
「黙れ!」
殴りつけられる。
あっさりと当然のように――必殺を期した攻撃は潰された。
「死ね、死ねぇ!」
馬乗りになって殴りつける。
ただし、追い詰められているのはむしろ殴っている方。
「此処から、居なくなれ! 化け物」
放り投げた。
ここは屋上。
5階の高さから落ちた。
『また勝てなかった』
つぶやいて、墜ちた。
いちごちゃんの3分教室 第24回『奇異坂クロガネ』
正義を盲信している白髪だ。
支配剣クロガネに対して異常なほどの忠誠を捧げている。
それゆえに彼の意に反するものを叩き潰すという暴挙に出ることが多い。
人を助けるためなら死も厭わない、というのが彼の言い分。
もちろん彼は貴族だ。
奇異坂家と支配剣家とはかなり繋がりが深い。
彼の父の収める領地は馬鹿みたいに治安が良いけれど、発展はしていないみたいだね。
支配剣家の支援でかろうじて経営が成り立っている状況らしい。




