第20話 入学
僕たちは学園の前に来ていた。
本当に広い。
普通人は一日で回り切れないんじゃないかな。
まあ、踏み込ませたくない施設が色々あるからだろうけど。
とはいえ、ここから見える学園はほんとうに普通っぽい。
茶色いレンガの校舎は真新しいけど、別に魔法反射装甲が使われているわけでもない。
建物の間も広いし、運動場もとてつもない広さだね。
「広いね。学園の全体像を把握できる人間がどれだけ居るのだろうね? 中々に入り組んだ作りをしている」
「見ただけで分かるんですか? 私にはさっぱり。いざとなれば飛べばいいわけですし」
飛べば全体が見回せる上に、そのまま目的地まで飛んでいける。
便利な話だ。
最も、座標軸を設定してワープできる僕が何言ってるんだという話になるけど。
さらに遠視プラス透視で見通した場所に直接跳ぶことも出来る。
まあ、空間把握能力もかなりのものと自負しているがね。
「そうだね。これでも教授陣と肩を並べていたんだ。これくらいはね。それに、その縁のおかげで入学がスムーズに進んだ」
「そうですね。ちょうど入学の時期と重なり合いましたし。私達が通うのは特例クラスでしたっけ?」
特例クラス、それは化け物を集めたクラス。
無法者どころか、法を理解できない連中の集まり。
一応、僕たちは知ってるけど従う気がないだけということを明言しておこう。
「そう。特例クラスは1クラスしかないがゆえに、年齢に関係なく1クラスに押し込められる。ほかは年齢別に分かれている。その上で能力別にもね」
「で、能力が違い過ぎたら特例クラスにですか。......異名が知られていないと良いのですけど」
とはいえ、例年特例クラスの人数は数人から十数人という話だけど。
もちろん進級もない。
先輩と後輩が1クラスに押し詰められてるってわけだ。
まあ、上下は武力で決める以外にないけどね。
「同感だけど、それはないよ。僕たちは一部であまりにも有名すぎる。どうせ奴もその名を出したろうしね」
「奴? ああ、入学の手引きを頼んだ人ですか。しかし、嫌ですね。『慈悲深き鳳凰』」
「僕も嫌だよ、『深淵より這い寄る朱色』。だから、一刻も早くインパクトの有る演出でもぶってやろう」
「では、一刻も早く講堂に向かいましょうか。入学式はそこで始めるのでしょう?」
「うん? 言ってなかったかな。僕たちは入学式には行かないよ。特例クラスはこれからホームルームだよ。異常者ばかりだから締め出されているんだ」
「なにか、そこはかとなく悪い予感を感じるのですが」
妥当な判断だ。
流石に無関係なやつを殺したがるような真似をする奴は居ない。
異常者ってのは手を出されさえされなければ、危害を加えることはないよ。
「僕は楽しみだよ。どんな子たちが待っているのだろうね。でも僕たちはその前に校長室だ」
「ああ、呼ばれていましたか」
そのまま歩いて行く。
たんぽぽちゃんは初めから僕についてきただけで、道をわかっていない。
かなり綺麗に整備されている。
木々や芝生も手が行き届いている。
特に注目するべきなのは道。
魔導工学を用いて作られた特製のものだ。
一体いくらかかったんだろうね?
人類の希望とはいえ。
「こんにちは。僕は残骸院いちご、こちらは再生絡たんぽぽだ。これからよろしく。よろしくされようがされまいが、僕にとってはどうでもいいことだけどね」
僕が手で促すとたんぽぽちゃんは頭を下げる。
僕は頭を下げない。
僕達の関係性は3年でよくわからないものになったが、こういうときはメイドとして行動するようだ。
「お待ちしておりました。会えて嬉しいものです。『深淵より這い寄る朱色』、『慈悲深き鳳凰』。お噂はかねがね」
「その噂は恐らく間違っているよ。僕達が善意に溢れていると思ったら大間違いだ。僕達が手伝うときには対価以上のものをもらうよ」
相手は初老。
髪は薄くなっていないが、小太りだ。
趣味の良い服を着ているし、髪も黒々として若者に負けないほどに気力は充実してそうだ。
一見すると人のよさそうな柔和なほほ笑みを浮かべている。
しかし、その細められた瞳には暗い光が宿っている。
「お二方に手伝ってもらえるのならば、どのような対価でも受け入れられます。あなた方の協力は何を犠牲にしても余りある。期待していますよ」
「ふん、思った以上に曲者だね。まあ、精々気をつけることだ」
くすくす嗤う。
『深淵より這い寄る朱色』と呼ばれているのは、残念ながら伊達ではない。
「何をですかな?」
「僕達を利用するのは構わない。止めようと思って止められるものでもないし、そこまで意地っ張りなわけではないからね。けれど、僕達に手を出した時。その果てに君を待っているものは――」
「ふむ。怖い、怖い。一体何が待っているのですかな?」
「ここでは言わないことにしようか。その方が怖いだろう?」
「怖いといっても、この歳になれば慣れますからな。さて、クラスでは今際弱先生が待っていますよ」
「では僕はお暇させてもらおう。気にせずに僕を頼ってくれたまえ。僕を頼りたいときは”漆黒”でも携えてね」
くくく。
胆力のある老人だ。
僕を前にして心臓麻痺を起こさないどころか、牽制まで。
「『深淵より這い寄る朱色』が”漆黒”を集めている話は本当でしたか。何を企んでいるのです? ”黄金”ならともかく」
「ただのコレクションさ。不可侵なだけでは面白く無い。禁忌でなければ。ま、”黄金”も集めてはいるのだけどね」
とはいえ、誤解は解いておこう。
流石に呪詛を集めて世界を滅ぼそうとしているなんてふうには、万が一にも思われてはならないから。
世界の敵に認定されたら、ほとんど動きが取れなくなる。
「ほう? そちらの噂は聞きませんでしたが」
「そちらの収集は難しくてね。”漆黒”を差し置いて、そちらに全力を出すというのも変な話だしね」
というわけで、”黄金”集めのアピールは欠かさない。
集めていないのは別の理由があるからといってもね。
「そうですか。心に留めておきましょう」
「別にどうでもいいけどね。それで便宜を図るつもりもないし。そろそろ行くよ。ホームルームに遅れ過ぎるのもどうかと思うしね」
「ああ、一ついいですかな? この学園について、どう思いますかな?」
「心地良いほどに最悪だね」
さあ、今度こそホームルームに行こう。
いちごちゃんの3分教室 第20回『慈悲深き鳳凰』
アーカムシティを守っている間についたたんぽぽちゃんの異名だ。
別に怪我人を助けたりしてたわけではないそうだけど。
絶体絶命の危機を助けられた人間は多いのだろう。
たんぽぽちゃんが1秒に数体のペースで屠るのに対し、普通人が4人がかりで1体を何分もかけて倒してればね。
助けを求められそうで嫌です、とか言っている。けれど、散々に求められているのだろう。
こんな異名を付けられてしまっては。
引き篭もりの立場が逆転したね。




