第15話 偽りの再会
「ふふん。馬車の道程は御者を褒め称えたい程に快適だったね。修業の日々でまともに話せなかった分、たっぷりとお話できたし」
「何を白々しいことを言ってるんです? 馬車が揺れなかったのはいちごちゃんのスキルのおかげでしょうに。野盗に襲われなかったのも残骸院の威光ゆえで、別に御者が危ない地域を避けてたわけでもありません。実際――、いえ、止めておきましょう。お話できたのは私も嬉しかったですよ」
「はは。僕が白々しいのはいつものことさ。僕が誠実であろうとするのは、まじめにたんぽぽちゃんと相談している時だけさ」
「まったく、こんなにひねた子になってしまって......。一体どんな人が育てたのやら」
「面倒を見たのは君さ。そして、僕が勝手に育った」
「またそんなことを......。お父上の前では礼儀正しくしてくださいね」
「当然だ。僕は貴族の娘だぜ?」
「それもそうですけど......」
さて、入城だ。
骸刻城より余程派手だ。
もちろん、警備も凄い。
この僕でさえ正面突破でなきゃ厳しいな。
それはそれとて――
ち、面倒くさい。
城に着いた後は、お風呂に入れられて殺意を持ってるんじゃないかと思うくらいこすられた。
僕の体は汚れてねぇよ。
七面倒臭い下着も付けさせられた。
もっと簡素なものにしろよ、見えないんだから。
かと思ったらドレスはかなり簡素だ。
2重のフリルとかふざけているのかな?
僕のゴスロリは5段重ねくらいはあったぜ。
それも僕のは全身に施してあるけど、これにはスカートの縁くらいしかない。
というか、肩なんて丸出しだよ。
幼女に何を期待しているのやら。
あーあ。
あのゴスロリには色々仕込んであったのだけれど。
ゴスロリ自体を持ってかれたらどうしようもないな。
ま、暗器はただの趣味だけど。
あろうがなかろうが、僕が強いことには変わりない。
ま、暴漢に襲われた所で撃退するのは裸でも簡単なんだよね。
他人に裸は見られたくないけど。
むしろ見た人間は生かしておかないけど。
「残骸院いちご様。お父上とのご面談の準備が整いました。大広間へと参上ください」
「ふん。分かったよ。で、たんぽぽちゃんは何処だい?」
「たんぽぽ様は客室にてお休みいただいています」
「ふん――、お休みね。それにしても君たちは不気味な事この上ないね。忍者か何かかい?」
そう言って改めて表情を観察する。
うん、見事な能面だ。
人形みたいだね。
「忍者とは何でしょうか?」
「君が知る必要はないよ」
「そうですか。では、ご案内します」
「やはり、不気味だね。おぞましい」
何がおぞましいかというと、こんなことを言われても眉一つ動かさない事だ。
確かに理想的なメイドと言える。
まるで道具だ。
感情を持たない人形は裏切らない。
加えて、戦闘能力も有している。
それも暗殺特化と見た。
メイドも出来る忍者といったところだね。
化け物より人間離れしてるよ。
「行ってらっしゃいませ」
扉を開けて中に導く。
全く気落ちするね。
それというのも、僕は今此処に至るまで何も感じ取れはしなかった。
僕の父親は残念ながら普通の平凡な人物らしい。
「よくぞ参った、いちごよ」
声には威厳があると言えないこともない。
ま、普通相手なら十二分に通用するとは思うよ?
僕にはただのおっさん声にしか聞こえないけど。
「お呼びしてくれてありがとう、と言ってあげようか? 今更僕に何の用があるのかな。一応君でも僕の親ということで来てあげたけど。実を言うと、僕は君にそれ程の興味が無いんだ。君の言葉が面白ければ話を聞いてあげてもいい」
「今すぐに”アーカムシティ”へと結晶体の討伐に迎え。詳細はお前を案内してきたメイドに聞け」
「この僕にそんな命令をするとはね。命知らずな人間だ。でも安心したよ。僕の父が道理を知らない愚か者でね。度を超えた愚か者はときとして天才に勝ってしまう。異常者としては中々に安心できる事実だ」
「......」
これにすら反応がない。
大人の余裕、というよりフリーズしたパソコンのような。
困っているのではない。
困惑なら感知できる。
けれど、全く困らずに次の動作を決めかねているようだ。
ありえるか?
どうしていいかわからない――、そんなときですら困らないというのが。
まるで、これでは人形のようでは――?
「ん? お前――。そういうことか。そういうことなんだな、お前? お前、そういうことか! あはは。くすくすくす。実を言えば、とてもとても落胆していたんだけど――」
「......」
やはり、こんなことを言われても行動できないか。
僕は哄笑を上げ続ける。
そうか、そうか、そういうことね。
「あはは。あははははははは。これは面白い! 期待以上だ――。あははははははは」
「......」
全く、なんという面白い人だろう!
僕の父親!
『彼岸にて嗤う無貌』!
「僕の親がそんな人間だったなんてね。貴族としての能力か、才能かは知らないけど。残骸院グラファ! まさに異名のとおりだ。実の娘さえ疑うその精神性! くはは!」
「......」
ああ、面白い。面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い面白い。
――本当に傑作だ。
まさに、彼岸。つまり遠いところで安全に策略を練る。
実の娘の前ですら影武者を立てる。
「で、君は誰だい?」
「......」
僕はすとんと冷静になって疑問を投げかける。
父上殿の影武者だってことは分かったけど、なら君にだって名前はあるはずだ。
人形には人形の名前があるように。
「黙っていればこの場が流れると、そう――万が一にでも思っているとしたら、君は使えないね。君が影武者なのは分かった。偽物と知った上で聞いているんだよ。君の名前は? いつまでも黙っているようなら殺すよ。体格や顔まで一致させるのは流石に難しいことだろう? 変装ではなく整形してるんだろう。なら、そう易々と二人目を用意できるとは思えないのだけれど。そこらへんはどうなのかな? 君を殺したところで誰も困りはしないのかな?」
「......」
「ねぇ――。答えなよ、人形。僕が聞いている」
僕は目の前の男を流し見る。
そして、パチンと指を鳴らす。
その瞬間、男は4人の暗殺者に剣を突きつけられた。
すでに部屋に潜む暗殺者の体の制御は奪った。
わずかに剣を動かすだけで、皮膚が切れ肉が抉れる。
「私の名前はZH048だ。お前に残骸院グラファ 様に命令に従う気はあるのか?」
「うん? なんか変な会話だね。ま、人形なんてこんなもんか。お人形が自分の頭でよく頑張ったといってあげよう。で、答えだけど――、あるわけがないよ。なんでこの僕が父上殿のためになんて働かなくちゃならないのさ」
ため息をつきながら、肩をすくめてみせる。
いちごちゃんの3分教室 第15回『忍者メイド』
最初に謝らせてもらおう。
アレは僕が勝手に考えた呼び名だ。
集団としての名前は『殺戮忍法囚団』の4族の一つ、『病闇の使用人』の名無苑。いや、死属だったか?
ま、概要は理解できると思う。
使用人の技能を持つ暗殺者。
戦うメイド。いや、”殺す”メイド。
主人に絶対服従し、主人の敵を殺す。
『囚団』の中でも最大の勢力を持つ。
私情を所持せす、主人の命令によってのみ動作する。
一度決められた主人は変更不可能。




