第14話 父の手紙
「さて、3日で10年間の修行を終えた。これ以上の修行は必要ないね。もはや打ち止めだよ。これ以上は強すぎるほどに強い敵と出会わなくてならない」
「そんなに深刻になる必要はありませんよ。もう私たちは”神刀使い”に準ずるほどの力を手に入れました。まあ、力を手に入れたら入れたで別の問題が発生しますけど」
ちなみに、3日で10年間というのは比喩じゃない。
ま、俗に言う精神と○の部屋さ。
鏡の中の世界に入って、中の時間を加速させた。
ん? ならもう熟女になっているのかだって?
止めてくれよ、それでも僕は十代だ。
ま、安心か残念かは知らないけど僕は7歳の幼女のままだ。
成長は外の世界に合わせることに決めたんでね。
一方、たんぽぽちゃんは完全に成長は止めたようだ。
「強くなったことで生じる問題は今は考える必要がない。この力を外で使うのは余程のときだけさ。出してもわずかならば何も問題はない。連中は近くになんて来ないさ。丁度いい遊び相手がいるから」
「まあ、そうですね。では、次の問題です」
そう――、『最終の13人<エンド・オブ・サーティンス>』に目をつけられたらいくら僕らといえど、逃げることすらできないだろう。
この世にはそんな化け物がいる。
いや、居ないかな?
彼らが今僕らがいるのと同じ次元に居るとは思えない。
僕らが行けるのは精々が23次元世界程度になるだろう。
もっと上位の世界―ー、それこそ事象の境界面にでもいるだろうさ。
「そうだね。今の問題はとても眠いということだ。早いところお昼寝しよう」
「この十年間、お昼寝どころか眠る時間さえ惜しんだのはどなたです? 訓練密度は濃いに越したことはないですが、眠らないなんてのは反対だったんですよ」
ま、四六時中刀を振り回し続けたからね。
一日20時間は振り続けたかな?
そこまでしないと修行とはとても呼べない。
1日4時間程度ではお稽古の範囲だよ。
その甲斐あって、僕らは力を手に入れたけどね。
化け物としての才能に頼ることのない力だ。
「終わったことさ。実を言うと、昨日からお昼寝が恋しくてね。十年分の惰眠を柔らかいベッドの上で貪ろうよ」
「ええ、ですが硬い椅子の上でになってしまいますよ? シートは持っていきますが、馬車の揺れは酷いものですからね」
ちなみに、僕らが得た”剣闘士”としての力は1日2日休んだからといって鈍るような種類の力ではない。
もっとも、修行は1時間休むごとに効率が下がっていったけどね。
でも、別にお昼寝したいとは思わかったんだよね。
「......僕はこの屋敷の柔らかいベッドの上で寝る」
「ダメです。お父上に呼ばれたではないですか。そうやって誤魔化そうとしても、行かなくてはなりませんからね」
ち。ばれてる。
最近たんぽぽちゃんは僕が難しいこと言っても、屁理屈で一刀両断するからなぁ。
少しは悩んでくれても......
「ふん。それについては僕にも言いたい事がある。確かにあの男は生物学上、僕を作った遺伝子の片割れだ。一般的に娘は父の道具だということも知っている」
「いちごちゃん、そういう風に言うものではないです。それに、お父上のことはお父様とお呼びしてくださいと何度も言っていますよ」
「は。お断りだね。僕はあれを父とは認めない。あれは僕をこの屋敷に幽閉しただけの男だ。たんぽぽちゃんを監視役にしてくれたことには感謝してもいい。だけど、あの男は君にいざとなったら僕を殺すように命令してたはずだ」
「......お父上にもお父上なりの考えがあるんですよ」
「は、それこそ関係ない。何の考えがあったところで、どんな事情があったところで――僕はこの年になるまで僕はあの男と関わった覚えがない。声を聞かされたこともなければ、顔を見たことすらない」
「いちごちゃん......」
「別に恨んでいるわけではないよ。ただ、僕はそんなやつを父とは思えない。全く知らない彼には赤の他人という言葉がふさわしい。そして僕は赤の他人には興味がない」
「そんな言い方はありませんよ。顔を見たことがなくても、お父上なのですよ? 普通、親には会いたいと思うのが子供ではないですか」
「そう。僕は異常だ。普通であれば、放置されていても父親を愛するようにはなるだろう。いや、もしかすると放置、もしくは虐待されていたほうが父を愛するようになるかもしれない。元々子供は異性の親を愛するようにできているしね。ああ、もちろん同性の親だって愛することは大いにあるさ。ま、普通であれば子は親を愛するものだ。親が子を愛すかはともかくとして」
「お父上はいちごちゃんのことを愛していらっしゃいますよ。親子の再会の折角の機会なのですから、そう嫌がることもないでしょう」
親子の関係は心理学的に色々議論されている。
虐待されている子供が親を愛するのは珍しいことではない――、どころかそれが大多数であるのだ。
その事実は変えようがないね。
けど、僕は大多数でも少数でもない。
異常であるところの僕は愛しも憎みもせずに、無関心でいるのさ。
「ふん。僕が気に入らないのは自分でここに来ないということさ。僕を呼び出すなんて、何様のつもりだろうね? は。父上様のつもりか。僕はそういう傲慢が大嫌いだ。意味もなく放り出したくなってしまう。僕は権力なんて普通の世界の象徴は嫌悪せざるを得ない」
「......何を言おうと、連れて行きますからね」
「ま、それがたんぽぽちゃんの意思なら仕方がない。君の期待する対面にはならないだろうけど、行ってはあげるよ。やはり、異常者としては親のエゴを叩き壊さなくてはならないらしい」
「はぁ。難しいことばかり考えて、そんなに楽しいですか? 頭の悪い私から見れば、つまらないことにうじうじ悩んでいるようにしか見えないのですが」
「もちろん、楽しくないさ。けれど、これが僕の生き方だ」
いちごちゃんの3分教室 第14回『最終の13人<ハイエンド・サーティン>』
それはもう途轍もない奴らだ。
僕ですら、勝とうとか以前にどう命乞いしようか考えるほどの奴ら。
だからこそ人間の世界に姿を表すことはない。
現れただけでも世界が滅ぶかもしれない。
それほどの奴らだ。
具体的な強さなんて、言いようが無い。
規格外であり想像外――、くらいなら言えるか。
もっとも、何も言ってはいないのと同様だけど。
こいつらと物語が交錯しないことを祈る。




