第13話 出会いでも再開でもあり
『鳳翼転輪』の炎が僕を包み込む。
熱くはない。
それどころか、心地がよい。
――ああ、そうか。
たんぽぽちゃん、なんだね。
そういうことか。
ふふ、うれしいな。
実は僕、君にはもう会えないかと思っていたんだ。
でも、違った。
そこにいたんだね――
さあ、早く僕に姿を見せて。
炎を吹き上げる灰がこそりと動く。
その炎は発火点である灰自身を燃やし尽くし、人の体が再生されていく。
体が完成され、最後にふわりと衣服が形作られる。
そこから現れた人はにっこりと微笑んで言った。
――ああ、僕の愛しい人。
頬がだらしなく緩むのを止められない。
「ただいま、いちごちゃん。お待たせしちゃいましたか?」
「ううん、良いタイミングだったよ。また会えて、とっても嬉しいよ」
.......抱きしめてくれる。
僕も抱きしめ返す。
「ふふ、変な子ですねぇ。帰るって言ったじゃないですか」
「でも、君は義理や人情が大事だって言ってたよ。......この僕を差し置いても」
「嫉妬ですか? ふふ、いちごちゃんに嫉妬されちゃうなんて罪な女です」
「本当だよ。君が居なくなったら僕はどうやって人間らしい生活を送ればいいんだい?」
「そこはちゃんとしてください」
「お断りするよ。僕はたんぽぽちゃんの作ってくれた料理じゃなきゃ食べないし、たんぽぽちゃんが用意してくれたベッドじゃないと眠らない。スキルで人としての生活を省略するよ」
「困りました。いちごちゃんは私がいなくてはダメダメさんです。これでは、一生離れるわけにはいきませんね。これからもずっと、よろしくです」
「僕こそ。ずっと、できれば永遠に。願わくば死ぬときまで。よろしくね」
言葉に反して晴れ晴れとした笑顔。
――ああ、僕にはたんぽぽちゃんさえ居れば十全なんだね。
「で、全滅させちゃったけど、どうするの? 僕は手を出してないからね。ま、単なる自業自得だけど。でも、村一つの全滅程度なら大事と呼ぶには不足かな?」
「そうですね。わりとどうでもいいですけれど。まあ、他も大変っぽいんで大丈夫ではないかと......」
「ん? あんなにもしがらみを大事にしてたのに。村が全滅しても気にならないのかい?」
「はい、全く。うーん......。本当に生まれ変わった気分です。なんか感じ方が変わったと言いますか......。でも、大切なことは死ぬ前と同じです。私はあなたのたんぽぽちゃんです」
「うん。うれしいよ......。でも」
「なんですか?」
「いや、なんでもないよ」
でも、しがらみを大事にするのもたんぽぽちゃんだった。
この方が都合がいいとはいえ。
僕には前とほとんど変わっていない様に見えるとはいえ。
これで、いいのかな?
「安心してください。私のスキル『鳳凰転輪<フェニックス・リジェネイト>』があれば、いくら死んでもへっちゃらです」
力瘤を作って見せてくれる。
腕を曲げたところに瘤なんて見えないけれど。
まるで力強くは見えないけれど。
微笑ましくしか見えないけれど。
でも――
「......たんぽぽちゃん」
「はい?」
僕は押し殺したような声を出す。
たんぽぽちゃんは気圧されてしまったようだけど、言わなければならないことがある。
「二度と、死んでもいいなんて言わないで」
「え? はい。わかりまし――」
わかっていないようなので、説明してやる。
「君のスキルは厳密に言えば、生き返るスキルなどではないんだよ。死んだら、誰だって生き返ることはできない。この場合の死ぬとは、魂の消失を指している。比喩的なものならともかく――、本物の死から逃れることは神にだって出来ない」
「――魂。気を生み出す元ですか。あまり意識したことはありませんでしたが、それが命の本質なのです?」
「そう、肉体なんて単なる容器だ。もちろん、容器からぶちまけられた魂は世界に拡散し消失する――、いわゆる死だ。けど、それは防げる。というより、”それ”こそが世に言う不老不死だ。肉体なくして魂を保つ法。君のスキルは容器が壊されたら、魂の保存だけでなく容器の再生までしてくれる優れものだけどね」
「やっぱり私のスキルはすごいんですね」
「うん。ものすごいよ。けれど、魂を壊されたら終わりだ。魂を壊す攻撃を――呪いを防ぐ法なら存在する。けれど、失われた魂を取り戻せる法則は在り得ない。死んだら終わり......。『死』とは究極の虚無――、無いという概念すら存在し得ない」
「いちごちゃん......」
「だから、不死であっても、油断しちゃいけない。不死ですら、容易に殺されてしまうのだから。首を切られたら死ぬお笑いみたいな不死者もいるそうだけど、多かれ少なかれ不死者というのはこの延長線上でしかないからね」
「はい。いちごちゃんを残して死ぬつもりはありませんよ。それに、簡単な話でもあります」
「へぇ? 簡単? 『死』という概念の把握はこの僕にすら能力の限界だというのに。わかると言うのなら、言ってごらんよ」
「ええ。要するに、勝ち続ければいいのでしょう? 敵を抹殺し、生き残る。これこそが”生きる方法”です」
「......!? そうだね。そういうことになるか。勝ち続ければ、何も問題はない――!」
「ええ。けど、勝てそうもない相手には逃げることも必要ですけどね」
全く、驚きだよ。
あのたんぽぽちゃんがそんなことを言い出すとは。
けれど、彼女はあんなにも強い刀剣士だ。
それを考慮すれば、この発言はむしろ当然。
ま、いざとなったら逃走するというのもまた、たんぽぽちゃんらしい。
「ふふ。それもそうだ」
「そうです。いちごちゃんは戦いにおいては素人さんですからね。気をつけてくださいよ。どんなに強い力を持っていても、あなたはまだまだ弱すぎる」
率直に言われてしまったね。
いくら多くのスキルを持っていたところで、戦闘技術を持っていなかったらただの便利屋に過ぎない。
洗練された戦闘技術、それは”敵”に打ち勝つには不可欠なものだ。
......僕には全く足りていないのだけれどね。
「ならば、ご教授願おうか? 絶華流刀剣士」
「もちろんです。スパルタで行くから、覚悟してくださいね?」
もちろん、技術を得るには修行と実践しかないのだろう。
いくら天賦の才を持っていたところで、磨かなければ高みには到達し得ない。
磨くにはスパルタでなければ意味は無い。
適当なところで切り上げるつもりはないのだから。
「当然だ。僕の根性を見せてやろう」
「ふふ。楽しみにしてますよ」
僕たちは焼き尽くされた村を一顧だにせず後にする。
僕の十全に村人は必要ない。
いちごちゃんの3分教室 第13回『死』
死んだ人は生き返らない、これは絶対の原則だ。
この僕ですら変えられない。
”世界”において使われてはならないスキルを使ったところで、無理だ。
とはいえ、頭を潰されても死なない人間は居る。
そういった人間が頭部や心臓を再生させることを生き返ると言ってしまう場合がある。
ま、厳密性を求められすぎても、それはそれで生き辛い。
慣用句として、死んでなくても死んでいると言うことを許してほしい。
不死だろうが、何度でも生き返ろうが、完全に『死』んでしまえば終わりだ。




