第9話 王冠の割断
『炎天・玉座目指す翼』
天使の攻撃の前に――、たんぽぽちゃんが踊り出る。
まるで僕の盾になろうとでも言うかのように。
「私が戦うしかないようですね......!」
「な!? たんぽぽちゃん、駄目だ。君では適わない! 遠距離攻撃主体の相手に剣術使いの君がどうやって戦うと言うんだ!!」
あの、全範囲攻撃の前に剣士は無力だ。
攻撃をかわすことも出来ず、攻撃を届かせることも出来ない。
それでは――、勝てるわけがない。
「いちごちゃんは安心して見ていてください。すぐに――、やっつけちゃいますから」
「駄目だ! たんぽぽちゃんでは荷が重過ぎる。天使に対応できるのは化け物の僕だけなんだよ!?」
その笑みは別離を覚悟した瞳だった。
死ぬつもりかい!? と焦りに焦る。
けれど、それは勘違いだった。
たんぽぽが覚悟していたのは、いちごに恐れられること。
いちごが怖がって遠ざけられるのを怖がって、しかしそれを守るために受け入れた。
「化け物、ですか――。よく言われましたよ」
「何を......。たんぽぽ、命令だよ! すぐに僕の後ろへ隠れるんだ。たんぽぽ!」
「いちごちゃん。あなたと過ごしたこの7年。とても楽しかったです」
「そんな......! 遺言みたいなこと言わないでよ! くっ。この足さえ動いたら......!」
炎が翼のように広がって、全てを飲み込まんと迫る――。
その炎の海をたんぽぽはキッと睨み付けて。
「『絶華流、零部咲き・斬』!」
斬った。
燃え盛る炎の海を。
物質たりし刀で実体亡き物を絶つ。
それこそ、世に化け物と名高き 絶華流の所業。
絶華流――、その名を知る者は限られている。
だが限られた者、すなわち大貴族や王族なら知っている。
その比類なき天災性を。
彼らの通った後には、何一つ残らない。
全てが斬られ、何もない空虚にされてしまう。
炎だろうが、魔力だろうが、魂だろうが切る。
例え”何”が相手でも切ってしまう。
忌まわしき剣術使いにして、畏怖そのもの。
か弱き人間は、彼らと共にあることは出来ない。
強すぎるがゆえに、誰も受け入れられない。
それこそ――絶華流である。
「馬鹿な......! 炎を刀で切るなんて。きみはどれだけ......? たんぽぽちゃん」
たんぽぽはいちごのささやきを受けて。
ああ、まだ私のことをたんぽぽちゃんと呼んでくれるのかと、そう思って。
かすかに口の端を歪めて――
「絶華流、再生烙たんぽぽ。押して参る!」
『炎天・玉座目指す翼』
『絶華流、零部咲き・斬』
「いくら威力を高めようと、全てを切り裂く絶華流の前には無意味。遠慮なく、甲斐もなく、刹那が過ぎ去る前に――死に行け、天使!」
炎を切り裂いたたんぽぽは前へ。
『絶華流、零部咲き・走』
人間ではありえない速度で走る。
空間をどうにかしたかとしか思えない走り振りであるが、彼女はただ走っているだけだ。
最速のフォームで、”気”によるブーストをかけて。
『炎天・玉座目指す翼』
それでも距離が離れすぎていた。
天使は動揺することもなく、次の技を繰り出した。
流石にそろそろ鏡の世界が崩壊しそうな威力になってきていた。
万が一、この威力がわずかにでも漏れ出て村人が死滅したら天使はどうするつもりなのか。
いや、関係ないのだろう。
役目を果たす、それしか考えていないはずだ。
そもそも感情があるかは怪しいところだが。
「あ......?」
たんぽぽは呆けた声を出す。
十分に間に合うと思っていたのだ。
だが、予測を間違えてしまった。
これは、長く戦闘行為から離れすぎていたためだろう。
本当に 絶華流の者であったならば一度も剣を振らぬ日が、傷つきも傷つけもしていない日があることに絶えられないだろうが。
たんぽぽはメイドとして、人に仕えてしまっている。
それでは強さを保つことなど望めようはずもない。
たんぽぽは圧倒的強者の前にあっさりと殺される。
それは逃れようもない運命で、今更どうにもできなくて。
そっと目を閉じた。
「『異次元孔<ミラーゲート>』プラス『氷の世界<アイス・ワールド>』! たんぽぽを殺させはしないよ――、『氷鏡幻想』!!!」
そこに、いちごが飛び出した。
たんぽぽの後ろにいつの間にか出来ていた鏡状の氷の中から。
動けなかったはずのいちごが動く。
そして、たんぽぽを引っ掴んで浮遊鏡の中へ逃げ込む。
爆心地に近い鏡はいちごが入っていった鏡を含めて全て溶解されてしまったが、離れている鏡は無事。
その溶けなかった鏡の中からいちごがたんぽぽをつかんだまま出てくる。
「やれやれ――。情けないことだ。まさか、この僕がブルって動けなくなっちまったとはね。勇敢なたんぽぽちゃんの雄姿のおかげで目を覚めたぜ」
「ま、実戦経験どころか、戦闘訓練さえ受けてないんだ。そこのところは大目に見て欲しいもんだ」
「い、いちごちゃん......?」
「何を呆けてるんだい? たんぽぽちゃん。僕一人でも、たんぽぽちゃん一人でも奴には敵わなかった。けれど、二人でなら倒せる。違うかい?」
「いいえ......いいえ......! 私たち二人でなら......! 二人、いっしょなら......! いっしょに、戦ってくれますか?」
「もちろん。僕と君は二人で十全――。どちらか一人が欠けても駄目なんだ」
「「なら、いっしょに奴を」」
「ぶったおしちゃいましょう」
「さくっと倒してしまおうか」
『炎天・玉座目指す翼』
「待っててくれたわけではないだろうけど――。良いタイミングだ!!」
『絶華流、零部咲き・斬』
たんぽぽの斬撃は炎を絶ち――
『氷鏡幻想』
絶った炎の間にいちごが鏡を滑り込ませる――
「さあ、僕にできるのは君をここまで運ぶことだけだ。防御までやらせてしまって申し訳ないね。ここからも君の出番だ!!」
「はい! お任せください。いちごちゃん!!」
『絶華流、零部咲き・斬』
斬った。
天使を。
真っ二つに。
王冠が音を立てて落ちる。
天使の体は見る間に灰になって消えていく。
後に残るのは勝者のみ。
「勝った、ね――。たんぽぽちゃん」
「勝ちました、ね――。いちごちゃん」
どちらからということもなく、二人してくすりと笑って。
「帰ろっか?」
「帰りましょう」
いちごちゃんの3分教室 第9回『絶華流』
気を扱う武術としてはポピュラーな流派だ。
もっとも、気を知る人間なんてほとんどいないけれど。
まあ、滅茶苦茶な武術だね。
どんなに強いスキルでも、絶華流の前では形無しだ。
まあ、この僕としては強いなんて通り越した絶対のスキルで殺し尽くすだけだけど。
もちろん、スキルの効果も斬るよ。
風だろうが、重力だろうがね。
本気で倒したいと思う誰かが居るのなら――。
ああ、この僕でも思いつかないね。
軍隊に頼るとか、返り討ちにされちゃうからね。
普通の人間が出会ったら諦めるしか無いと思うよ。
この世界では最強と云うよりもどう仕様もないといったほうが相応しい最終の13人<ハイエンド・サーティン>の中にも1人使い手がいる。




