第8話 王冠天使メタトロン
「さて、どうしようかねぇ。たんぽぽちゃん」
「はい。この気配は魔物ではありません。ましてや人間でも」
僕たちは優雅に紅茶など嗜んでいる。
とてつもなく大きな、敵意のある気配が近づいてくる中で。
冷静そのものだ。僕も、たんぽぽちゃんも。
「ま、来るものはしょうがない。歓迎してあげようじゃないか」
「あっさりと......。大丈夫ですか?」
「大丈夫だろうと、そうでなかろうと。落ち着くに越したことはないさ」
「それで、いざというときにパニックになられたら困るんですけどね......」
「は。この僕を何だと思ってるんだい」
「小さくて可愛い、いちごちゃんです」
「おいおい。人の身体的特徴を悪い意味に取られるような使い方で言ってくれるなよ。僕の体は小さくても、器のでかさは大陸並みだぜ」
「はいはい。いつもの冗談は流すとして。来ますよ!」
”それ”は何も壊すことなく、音すら存在させずに侵入してきた。
魔力で編んだ結界どころか、実物の壁まですり抜けてしまった。
透過能力、というより”それ”自体が力場そのものかな?
「へぇ。灰色の王冠。そして黄金の体、単なる楕円とは言うまいよ。とてつもない力を秘めているね。神様、いや――天使様と呼んだほうが正しいか。灰色の王冠ってのは知らないけど、強そうではあるね。どうだい? 僕としては住居を壊されるのはごめんだからね。場所を変えようじゃないか?」
黄金の光の中に無数の荒唐無稽な図形が浮かぶさまは目を奪われずにいられない。
たんぽぽちゃんに下がるよう目で指示する。
僕だけで終わらせる。
それも、まともな戦いなんてせずに。
異界に引きずり込んで、圧倒的物量の飽和攻撃で押し潰してやる。
技能も何もない力押しが、技術のない僕には最善策。
「......」
「話すつもりはないか。それとも意思の疎通手段がないのかな? どちらにせよ、君にその気がないのなら無理やり引きずり込むまで――」
『炎天・玉座目指す翼』
城どころか、この町すら焼き尽くしてしまう炎の波動が広がる。
その広がる様は翼に似て。
遥か天上の玉座を目指していた。
「ふう――。やれやれ。いきなりとんでもない攻撃をしてくれるね。防御が間に合わなかったよ」
そう言って、いちごは焦げ付いた服を見せる。
ダメージはわずかたりとも受けていない。
熱さすら感じている様子はない。
「ふふん。熱を光に変えるスキル『熱光変換<ヒートダウナー>』そして、対象を鏡の中に閉じ込めるスキル『鏡の国<ミラー・イン・アリス>』だよ。さて、この鏡の中の世界ならいくら壊されようと問題ない。仮想空間だから現実の物質に影響は出ない。閉じ込めるのに間に合わなかったさっきの攻撃も、結果としてはすごい光が放たれただけで終わらせたしね」
「......」
「おやおや、相変わらずだんまりかい? これじゃ、いよいよしゃべれないって説が濃厚になってきたね」
「いちごちゃん!」
言われなくとも!
『熱光変換<ヒートダウン>』
そして、『絶対防御<アイギス>』!!
『炎天・玉座目指す翼』
目に写る世界全てが焼き尽くされた。
く!?
『熱光変換<ヒートダウン>』による威力低下を受けてもこれか!
さっきと比べて威力が段違いだ。
.......手加減していたのか?
けど、『絶対防御<アイギス>』なら受け止められる。
「今度は僕の番だ。せいぜい必死に生き残ってみるんだね!」
『刀剣作成<ソードメイカー>』、『蒼天落下<スカイ・ダイビング>』、『磁力指定<マグネティカ>』。
3つのスキルを並列起動!
これぞ必殺『刀山剣樹』。
無数の剣を蒼き天空に作成し、天と共に落とし、磁力で対象を追跡させる。
無数の剣の圧倒的大質量は受けきることなど不可能だ!
『炎天・玉座目指す翼』
相殺しようと!?
力比べか。
今更そんな技で――!
無数の剣が焼失していく。
馬鹿な!!
まさか、まだ威力が上がるなんて――!
周囲を気にする必要がなくなったのは、むしろ奴のほうだとでも!?
「は。いいさ。そっちがその気なら」
僕は一度目を閉じる。
そして、ゆっくりと開ける。
「僕と君のタイプは似ている。僕は壁を維持するだけ維持して攻撃を行い、君は敵の攻撃ごと焼き尽くす。回避なんてのは考えすらしない。あえて言うなら殲滅型。それも要塞並の防御力と攻撃力を併せ持つ」
「だから、僕達の戦いは力比べだ。わずか程度の傷など気にすらせず、ひたすらに攻撃を繰り返す。相手の防御を破ったほうが――勝つ!」
「さて、天使様――。炎翼の用意は十全かい?」
相手の攻撃は攻防一体。
だから攻撃ごと防御を吹き飛ばす。
炎には――
――水を!!
『無限水流<ジェリーフィッシュ・オーバーラン>』、『濁流滝龍<ウォーター・ドラグーン>』、『水氷支配<ウンディーネ>』、『氷点雹天<アイスエイジ>』、『速度倍加<ダブルアクセル>』。
5つのスキルを並列起動。
”圧倒的な水量で押しつぶす”。
ただ、それだけ。
それだけだが――
――これで十全!!
受けろ、天使!
『ノアの洪水』
『炎天・玉座目指す翼』
「いっけぇぇぇぇ!」
激突する。
凄まじい爆音。
視界を遮断する水蒸気。
世界は音の亡い白色に満ちる。
「やったか――?」
気配は感じられない。
「僕の勝、ち――!?」
『炎天・玉座目指す翼』
な!?
間に合え――。『絶対防御<アイギス>』!。
ちぃ......。きゃん!
く、油断してたようだね。
あれでも倒しきれなかったか。
流石は天使。
けれど、僕にだってダメージはそれほどない。
『絶対防御<アイギス>』のおかげで、少し火傷をもらった程度だ。
『簡易治療<ショート・ポーション>』ですぐにでも治しちまえる。
治さなくとも、戦える。
さて、そろそろ立ち上がらないと――?
あれ?
おかしいな?
足に力が入らないぞ?
『精査星砂<スターダスト・リサーチ>』
僕の周りに生んだ星砂が僕の体の異常を調べる。
光るから位置の特定がしやすいという欠点を持つ調査スキルではあるけど、今はその欠点は影響しない。
敵は既に僕を認識している。
さっさと異常を見つけて治さないと......!
天使が再びの攻撃を放つ前に。
調査終了。
異常なし......だと......!
馬鹿な――
なら、何故!
何故――、僕は動けない!?
『炎天・玉座目指す翼』
一撃ごとに、まだ熱量を増し続ける。
どれだけ攻撃力を上げ続ければ気が済むのか。
もしや、大陸を焼失させる気でもあるのか。
これじゃ、『絶対防御<アイギス>』では防ぎきれない――!
いちごちゃんの3分教室 第8回『生命の樹の天使』
僕達を襲ってきた天使は生命の樹において王冠を司る天使だ。
天使とはいっても、全てを一括りに出来るわけじゃない。
だからここではあくまで王冠天使の紹介をさせてもらおう。
とはいっても、本編では僕は名前すら知らない。
知ってるはずのないことを説明するのはスピンオフってことで勘弁してくれ。
さて、尺稼ぎもできた。
おっと、言っては不味かったかな。
実際僕もそれほど情報を渡そうと思ってるわけではないから。
最後にちょろっと。
分類としては生体データで出来た機械というのが一番近い。
元々は『ノア』の破壊を目的としたものではなく、あくまで生命の樹の一部でしかない。
完全転生機能を持っているから、存在抹消は絶対に不可能だ。




