第7話 なかなおり
「ふん。僕は絶対に君がしてくれたことは忘れないよ」
「そんなこと言わないでくださいよぅ。ちょっとした出来心じゃないですか」
正当なる怒りを心の内に秘めて相対する僕と、おろおろするたんぽぽちゃん。
昨日はよくも僕の全力の一撃を軽くあしらってくれたね。
あの屈辱的な思いは絶対に忘れないよ。
.......ふん。
「......つーん」
「ほらほら。いちごちゃんの大好きなクッキーですよ。私が丹精込めて作ったこれを食べて機嫌直してください」
そう言って、見るからにおいしそうなクッキーをお皿に盛る。
僕はクッキーを取って、食べながら言う。
「ふん。この僕がクッキーなんかに釣られるとでも? ......もぐもぐ」
「そんなこといっても食べてるじゃないですかぁ?」
「こんなにたくさんあっても食べきれないだろう? ......もぐもぐ。残すのはもったいないから処理しているだけだよ。......もぐもぐ」
「こんなに食べておいて......。もう、一体どうすれば許してくれるっていうんですかぁ?」
「ふん。僕が君に許してないことなんて、何一つないよ。僕の言うことを聞いてくれた事なんて、初めから無いわけだしね。少しだけ、わだかまりを感じるだけさ」
「えー。お願いなら、良く聞いてあげてたじゃないですか」
「ふん。戦い方を聞いたとき、君は酷い断り方をしたじゃないか」
「え......と。ああ、あのときですか。大人になればわかりますよ、って言っただけじゃないですか。何が悪かったんです?」
「は! 何が!? 何がと来たかい? 無知だというのはつくづく罪だね。コウノトリじゃあるまいし、その言い方で誰が騙されてくれるって言うんだい!?」
「え? コウノトリって赤ちゃんを運んできてくれる鳥のことですか。コウノトリがどうしかしたんですか?」
ん? この言い方だともしかして......
「たんぽぽちゃん。ありえないと思うけど、一応聞いておくよ。うん、そんなことは在り得ないだろうしね。君、どうやって赤子ができるのか知っているかい?」
「何を馬鹿なこと言ってるんですか。前にも教えてあげましたよね。赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるんですよ」
その瞳はきらきらしていて、僕が恥ずかしくなってしまうほどに純粋な目をしていた。
ううっ!
まぶしい。
その純粋な瞳がまぶしすぎるよ。
「うん。たんぽぽちゃんは、その純粋なままで居てくれ」
「はい? わかりました。」
本当にわかってるのかな。
まあ、いいや。
僕にも純粋というものがどういうものなのか、本当の意味はわかっていないんだろうしね。
「さて、たんぽぽちゃん。いい加減に拗ねているのも馬鹿馬鹿しくなってきたよ。そこで、だ。たんぽぽちゃん。かねてより僕が知りたがっていたことを教えてくれるかい? それで手打ちとしようじゃないか」
「あうう。いちごちゃんには俗物的なことにはあまり触ってほしくはないんですけどねぇ。まあ、それで許してもらえるなら話しましょうか」
「よし。すぐに持ってきたまえ」
「あまり感心しませんけどね。刀を見たい、だなんて」
そう、剣だ。
あいにくと刀しかないらしいが。
一度この目でじっくりと見てみたかったんだ。
実は生まれてこの方、この世界の武器は見たことすらなかった。
ま、赤ん坊には見せられないな。
子供でも微妙なところだ。
こんな機会にでもなければ見れない。
「はぁ。召喚しますよ。『来たれ』」
何の音もなく呪符から刀が現れた。
演出が無いのはちょっとなぁ、なんて思う僕は贅沢だろうか。
ともかく。
一瞬のうちに刀は現れた。
この術はかなり使いやすいことだろう。
「ふむ、何の魔力も感じないね?」
「当たり前ですよ。これはただの刀ですから。”黄金”でも”漆黒”でもないんですから」
「”黄金”やら”漆黒”やらってのは何かな? 武器というのはわかるけど」
「大人になればわかりますよ」
「いつもそう言って誤魔化すんだ、君は」
「いちごちゃんはいらないことを知りすぎです」
「ふふん。それは僕が僕である以上仕方ないことさ。そう、人が人を殺すくらいに当然のことだよ。だからこそ――、人は力を持たなければならない」
「誤魔化そうとしているでしょ?」
「何のことかな? ところで、ちょっと振ってみても?」
「ダメです! そんな危ないことはさせません」
「ちぇ。ちょっとくらい、いいじゃないか。じゃ、代わりに叩き折ってみてもいいかな?」
「ちょ!? ダメに決まってます!」
「あ、そ。ま、聞いてみただけだよ。ま、強度なら『刀剣鑑定<アパレイザ>』でわかるよ。ふぅん、前に僕の作ったものと比べて20倍以上の強度がある。これが普通だったりするのかい?」
「そんなわけがありませんよ。それこそ一山いくらの剣なら、いちごちゃんが前に作ったものよりずっと脆いです。これは最高級クラスの一品です。最低でもお屋敷が一つ買えちゃうくらいの値段はします」
「へぇ。これがそんなにも、ね。オーラといったものは何も感じられないけど」
「ま、そんなものです。名のある刀剣工が最高級の素材を使って制作したものといっても、所詮は量産品ですから」
”名”のある名刀ではないですよ、と微笑む。
「で、誰にもらったの? まさか、たんぽぽちゃん個人の所有物かな?」
「あはは。そんなことあるわけないですよ。こんな刀なんて貴族の方か超一流の冒険者でもないと。いちごちゃんのお父様にいただいたものです」
そりゃ、ここまで高価な物を他人にあげられるのは大貴族に限られるだろうけど。
僕の父、ね。
そりゃ、なんというか。
「へぇ。僕は父のことなんてぜんぜん知らないけど。人を見る目がないわけではないようだね」
「自分の父親をそういう風に言うものではありません。それに知らないって......。前から機会があるごとに武勇をお話していたじゃないですか」
「ああ、ごめんね。聞き流してた。なんか嘘っぽかったから」
「酷いです! 一生懸命お話してたのに!?」
「だってさ、一度も負け話を聞いたことがないし。在り得ない逆転をしでかしたりしてるしさ。そんなことができるなんて、どれだけ父の相手は阿呆だったのさ」
「何言ってるんですか。本当の話ですよ。国の正式な歴史書にもちゃんと書いてあります」
「本当かなぁ。僕としては、色々といらない勘繰りをしてしまいそうだぜ。例えば、そうだね――。簡単なところで、八百長もしくは嘘っぱち」
「......旦那様。申し訳ありません。いちごちゃんは悪い子に育ってしまいました」
「おいおい。どういう意味だい?」
「そのままの意味です」
「そのままの意味ね......」
「はい」
「もういいよ。口喧嘩は僕達の十全には必要ない。仲良く遊ぼうじゃないか?」
「そうですか。では、運動の時間ですよ」
「またかい? 上達なんてしやしないよ」
「運動することが大切なんです」
「はいはい」
いちごちゃんの3分教室 第7回『呪符』
魔法を使うために必須な呪符の紹介。
専門の知識を持つ人間が特別な道具を用いて、特殊な状況下で作成しなければならない。
特殊な状況かとは例えば、満月の夜だったり、月が映る湖の上でだったりするね。
攻撃用のものもあるけれど、それは弱い。
だから専ら防御用だね。
結界を作ったり、邪悪な力を弱めたり。
そうそう、要塞級戦略防衛用魔導障壁もこの類だったりする。
物凄い量の呪符がいるけどね。
まあ便利だけど、高価すぎるのが欠点といったところか。
結界だと50枚、100枚は普通に使っちゃうから。




