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起。

私はインドア派だ。しかし、「引きこもり」ではない。

社会との関係を絶つ為に、部屋に閉じこもっている訳ではないからだ。「引きこもり」とは、人間関係や社会との摩擦によるストレスや精神疾患から生じるものとされているが、私には思い当たる節がない。確かに、現代の社会問題である就職難を経験し、結果その象徴とも言えるフリーターの身となってしまったが、周囲が思う程の悲観的な考えは持っていない。社会を拒絶する程のストレスではないのだ。

では、何故外出を避けるのか___。

例えば自宅の食料が尽きたとして、私は買い物の為に外へ出るという選択肢は選ばないだろう。しかし、それは先程説明したように「引きこもり」のような生真面目な心的要因がある訳ではない。

___単純に面倒だからだ。

詰まるところ、私は極度の面倒臭がりなのだ。何をするにしても、面倒だと感じることが多い。特に他人のこととなると顕著に現れる。面倒事に巻き込まれて良かったことなど一度もないし、時間と体力を浪費しただけの無駄な結果となる場合が多いことを知っているからかも知れない。


~~~♪


唐突に、私の好きな曲が流れ始めた。私は携帯電話を新しくすると、そのときに一番好きな曲をフル着うたでダウンロードし、次の携帯に変えるまでそれ以外をダウンロードすることはない。しかし、前回までの携帯電話と違い、今回の携帯電話はサビ部分を着信音に設定出来ず、イントロしか流れないまま留守番電話に切り替わってしまうという落とし穴があった。やむなく、サビ部分のみの着うたをダウンロードしたのだが、数百円の無駄に対する後悔は丸一日続いた。落とし穴は意外に深かったようだ。

好きな曲はいつまでも聴いていたいものだが、着信を無視する訳にはいかない。例え、その着信相手が面倒事を持ち込むスペシャリストでも、だ。だから、無視ではなく出られなかったことにする。30秒程して、電話が静かになった。私は携帯電話を開き、着信通知を確認済みにする為にボタンを押そうとした。


~~~♪


「!!」

ボタンを押してしまった。画面には「通話中」の文字。こうして携帯電話を恨むこと5、6回目。

「・・・・・はい、もしもし。」

「おはようございまぁす。水嶋でぇす。」

知っている。恨めしい携帯電話の画面に表示されているのだから。

「偶には名乗っておこう、と思って。」

フリーターである私と面倒事を持ち込むスペシャリストである水嶋ななかは、過去に同じ職場で働いていたアルバイト仲間である。私が働いていた某レンタルショップに新人として入ってきたのが彼女だ。年齢的には彼女の方が上だが、職場では上の立場であった私が彼女のトレーニングを担当したことから、プライベートでも連絡を取る仲になった。その頃から彼女がとても個性的であることは理解していたが、私がそのアルバイト先を辞めてから1年経った現在まで振り回されることになるとは思っていなかった。

「例の東城さんの話なんですけど、またマリから1000円借りたらしいんですよ!!もう6回目ですよ!?今迄、借りた分も返してないらしいし。」

『例の東城さん』というのは、彼女の友人であるマリさんの職場の同僚の東城という女性のことだ。つまり、私にとっても彼女にとっても赤の他人である。そんな赤の他人の名前が、最近の彼女の口からよく発せられる。

連日に渡って彼女から聞いている『例の東城さん』の話をまとめると、マリさんとその東城という女性は、プライベートで会う程ではないが職場ではそこそこ仲が良いらしい。しかし、最近になって「財布を忘れたから金を貸してほしい」と東城が頻繁に言い出すようになった。昼食を食べられないのは可哀想だからと、マリさんは金を貸すのだが、それが返ってきた試しはない。少額なこともあり、マリさんも最初はおごっていると考えるようにしていたが、6回目ともなると我慢の限界に達し、彼女に不満をこぼすようになったようだ。

普通に考えれば、金銭に困っている女性が気の良さそうな同僚にタカっているだけのことなのだが、この東城という女性、社内では「お嬢様」として知られているそうなのだ。東城の父親が輸入家具会社の社長で、幼い頃から一般家庭とはランク違いの生活を送ってきたらしい。本来は働く必要などないのだが、社会勉強の為に働いているそうだ。(嫌味な理由だ。)東城の逸話は数多く、100万円をシュレッダーにかけてしまったり、ポケットに入れておいた10万円を落としてしまったという話は社内では有名らしい。

「絶対、東城さんはお金持ちじゃないと思う!!」

彼女は何の根拠もなしに物事を決めつける節がある。本人曰く『女の勘』らしい。

「確かに大袈裟に言っている可能性はありますが、多少とも裕福でなければ、そんな嘘は吐かないと思いますよ。」

「じゃあ、何で借りたお金を返さないんですか??」

そんなことを私に聞かれても困る。マリさんは毎回1000円か2000円を貸していたそうだから、6回となると10000円程度だろう。私でも返せる額だ。それを返さない理由となれば、返せない程生活が切迫しているか単に忘れている、というところだろう。しかし、東城は金持ちだと言うのだから、自然と後者の理由になる。

「単に忘れているだけではないですか??」

「6回も借りてるのに??」

「それは・・・・・」

「絶対、お金持ちじゃない!!」

彼女は金持ちに対して恨みでもあるのだろうか。私だってひがむくらいはするが、恨みはしない。

「こうなったら、本当にお金持ちがどうか調べてみましょう!!」

「・・・・・は??」

「今から迎えに行くので、準備しておいて下さい。じゃあ、また後で!!」

彼女は私が答えなくても、1人で話を進めることが出来る。そういう特技だろう。


水嶋ななか。彼女の過度とも言える好奇心や積極性から生じる突拍子もない発言は、私を振り回す。

何度でも言うが、私はインドア派だ。例え食料が尽きても、外出する面倒に比べたら空腹を耐える方がマシだと考える程のものぐさ故のインドア派だ。その私が赤の他人の生活水準を調べるなどという面倒をしたいはずがない。何の役にも立たないし、何より面倒だ。

では、何故私は外出の準備をしているのか___。


___答えを探すのも面倒だ。

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