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因果は電車の輪の如し

作者: ミスタ〜forest
掲載日:2006/10/25

 ドアが開き、その男は電車に乗り込んだ。

 二十歳前後の今時な若者で、髪も少し脱色している。

 片手には、駅前の店で買ったであろうハンバーガー。

 装着しているヘッドホンからは、大音量のロックが漏れ出していた。

 周囲を見渡して座れない事を確認すると、舌打ちをして、閉まったドアに寄り掛かる。

 ヘッドホンから音が漏れだし、ケチャップの臭いが車内に充満する。

 周囲の白い目を意に介さず、男はハンバーガーを食みながら到着を待っていた。

 唐突に鳴った携帯の着信メロディも、その男のものだった。

 何食わぬ顔で携帯を取り出し、彼は電話に応じる。

 食事の最中に電話で話す様の見苦しさは、説明に及ばないだろう。

 やがて、電車が目的の駅に着き、男は何食わぬ顔で電車を降りていった。

 滴り落ちたケチャップの跡と、乗客の不快感を残して。



 とある朝。

 男は、自室のベッドで目を覚ますと同時に面食らった。

「な、何なんだよこれ……!?」

 部屋一杯に敷き詰められた、スーツや学ランやセーラー服を纏った人々。

 室内のベッド、テーブル、腰を下ろせる場所全てに、人が座っていた。

 座れない人は、ひしめき合う様にして立っている。

 男は、その異様な光景を、暫く口をあんぐりと開けて眺めていた。

 驚きの余り、起き上がる気にさえなれない。

 一体、何がどうなっているのだろうか。

 折角のバイトの休みに、何故この様な状況に遭遇しなければならないのか。

 やがて、男はこれを夢だと断定した。

 対して広くもない、一介の若者の部屋に、こんなに人が詰め寄る訳が無い。

 男は、再び目を閉じた。

 現実から目を逸らす為ではなく、夢から醒める為に。

 試しに、頬を抓ってみる。

 ――…………痛い。

 こうして、男の一縷の望みは絶たれた。男は悩む。

 何分、この様な状況は生まれて初めてだ。

 もし、他に同じ体験をした人が居るなら、今すぐ連れて来て欲しいぐらいである。

 ……否。やはり止めて欲しい。

 こんな状況が他所でも繰り広げられているなんて、考えたくもない。

 取り敢えず、男は上体を起こした。そして、更なる事態に気付く。

「な、何で土足で入ってんだよ!?」

 思わず、男は声を荒げた。

 自分を除く、この部屋に居る全員が、靴のまま部屋に侵入していたのだ。

 お陰で、フローリングの床は砂塗れである。

 だが、彼らは詫びる態度一つさえ見せず、逆に、男に白い目線を浴びせる。

 まるで、男こそが咎められる立場の様だ。

 異様な状況で孤立を感じ、男はたじろいだ。

 解らない。何故、自分の方が引き下がらなければならないのか。

 ここは、日本のアパートの一室だ。

 アメリカの様に、土足で入って良い訳が無い。

 自分は間違っていない筈なのに。

 それとも、やはり、間違っているのは自分の方なのだろうか。



 少し経って、急に何人かが出口に向かった。

 ドアを開けて、彼らは出て行く。

 男は、ホッと胸を撫で下ろした。

 人が詰め寄り過ぎて、ベッドから降りるのも儘ならないのだ。

 減ってくれて困る事は何も無い筈。

 取り敢えず、空いたスペースに割り込んで、外に脱出しよう。

 だが、そんな男の希望は、すぐに崩れ去る。

「……何で増えるんだよ……」

 減った数と同じくらい、もしくはそれ以上の人が、入れ替わりで入って来たのだ。



 それから暫く、人の入れ替わりを繰り返し、少しずつ人の数は減っていった。

 それでも、男はベッドから降りる気さえ起こらない。

 もちろん、このまま放っておきたくはない。

 だが、自分以外の全員が、この異常を『正常』だと思っているのだ。

 何をしても、恐らく無駄だろう。

 民主主義は数の暴力だとどこかで聞き流した覚えがあるが、まさにその通りだ。

 人口密度が下がるにつれて、一人一人の行動が目に付くようになる。

 スポーツ新聞を読むサラリーマン。

 英単語の暗記に勤しむ学生。

 立ったまま眠っている中年親父。

 誰も彼も、他人の部屋に居座っているとは思えない振る舞いだ。

 その中でも、男が特に苛ついたのは、

「おい、他人の部屋で化粧すんなよ! 粉とか飛ぶだろ!」

 化粧をしている女子高生だった。

 いくら何でも、それはないだろう。

 綺麗に見られたいのなら、まず、その醜態を晒さないで欲しい。

 周囲の視線が、男と女子高生に集まる。

「はぁ? マジムカつくんですけど」

 女子高生は化粧の手を止め、言葉通り不機嫌な様子で応えた。

 反省の色など、飛散しているパウダーの一粒程も見せない。

 ――これが、いわゆる一つの逆ギレか。

 自分も数年前はそうだったとは言え、学生はマナーが悪い。

 色々な物に守られたり縛られたりしているうちに、何か勘違いしてしまうのだろう。

 そうでなくても苛立ちを募らせていた男は、とうとう激憤した。

 ベッドから降り、彼女の眼前へズカズカと移動する。

「ふざけんなよ! 自分の事ばっかり考えやがって! 自由とか権利とかほざく前に、もっと他に」

 その時、男の話を遮る様に、携帯電話の着信音が鳴った。

 周囲が騒ぎ始めて数秒後、その音がベッドの上から聞こえてくる事が判る。

 それは、男の携帯の音だった。

 女子高生にも向けられていた目線が、全て男に集中する。

 それらのどれもが、突き刺す様なそれだった。

「な、何なんだよ……俺の部屋なんだぞここは……」

 自分の部屋で、自分の携帯が鳴る事の何がおかしいと言うのだ。

 男は戸惑いながら、辺りを見渡す。

 一人でも、敵意の無い目を向けてくれている人を捜す為に。

 だが、そんな人は、一人も居なかった。

「アッハハハハハ! お前、他人の事言えないじゃん! マジウケるんですけど!」

 女子高生が、男を蔑む様に笑う。

 そんな声も、男には殆ど聞こえていなかった。



 やがて、室内に居た全ての人が出て行った。

 床は砂塗れになり、空き缶が幾つか転がっている。

 テーブルには、覚えの無いスポーツ新聞が置きっぱなしになっていた。

 男は一人、ベッドで横になっている。

 マラソンを終えた直後の人から、達成感を抜き取れば、今の彼の表情になるだろう。

「一体、何がどうなってんだよ……」

 誰にでもなく、男は弱々しく呟く。

 砂漠で遭難した人が、水を求める時の声に似ていた。

 見覚えの無い人が大勢部屋に詰めかけてきて、数分毎に一部が入れ替わる。

 全員が土足で、殆ど無言で、なのにそれぞれが勝手に振る舞っていた。

 そして、大声を出したり、携帯が鳴っただけで、冷たい目線を浴びせられる。

 ここは自分の部屋なのに。自分が家賃を払って住んでいるのに。

 ……一体、何がどうなっているのだろうか。

「あれじゃまるで、ここが俺の部屋じゃないみたいじゃねえかよ……」

 そう。あの時、ここは自分の部屋ではなくなっていた。

 あの時のこの部屋は、まるで……。

「――――!?」

 その時、男は一つの結論に至った。

 一番信じがたいが、一番しっくりくる結論だ。

 電車の車内を、自分の部屋の様に扱った自分。

 そんな自分に裁きが下るのであれば、その方法は恐らく……。



 何もかもが嫌になって、ベッドに寝そべっていた男に、車掌が言った。

「車庫入れするんで、下車して頂けませんか?」

目には目を、歯には歯を、マナー違反にはマナー違反を。

次にこうなるのは、あなたの部屋かも知れませんね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日頃感じていたイライラをバッサリ斬ってもらって実に痛快でした(^^)
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