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ドッペルンガー

 村の中を適当に見回った後で、一生達は森の中へと踏み込んで行く。そして、ある程度の場所で辺りに人がいない事を確認し、円陣を組み座る。

「どう思いました?」

 最初に切り出したのは、一生だった。

「怪しい。あれは限りなく怪しいね。悪代官みたいな奴だ」

 民子は自分が感じた村長達の印象を、ストレートに答える。

「怪物は本当みたいだけど、この話は、嘘なんでしょうか?」

 稔も村長の言動には、不自然なものを感じていた。

「でも、そうしたらリナは、嘘をついてるんでしょうか?俺には、とてもそうは思えなかったんですが・・・」

 リナの顔を思い出し、文也は考え込む。

 元・彼女とそっくりな人間がいて、自分と同じ名で同じ顔、似た境遇の人物まで存在する。文也の頭は、軽く混乱する。

「わからないけど、何かは知っているかも知れないね。それに怪物の襲来と共に、消えたという、せがれ1号のそっくりさん。何かが匂うね。大体、村長達は、せがれ1号を見ても、少しもその事には触れなかった。あまりに怪しい・・・。裏を探った方が良さそうだよ」

 顎に手を当て、民子は深く考え込む。

「それに、自分で言うのもなんですが、私は勇者には見えませんよね?それなのに、あの村長は、一目で私を勇者だと見抜いた。おかしいとは思いませんか?」

 どこから見ても、ただのおっさんにしか見えない自分を、勇者と呼んだ村長に、一生は疑惑の目を向ける。

「そう!それに名前も聞いてないのに、おやっさんの事を『井上さん』って、あの鑑定小屋の店主が呼んでましたよ」

 立ち去り際に、一生の事を、店主が『井上さん』と呼んだ事を思い出し、稔は店主の事も疑う。

「後は、村長の家だけ無事だったって事も、不自然です」

 文也は、傷一つなかった村長の家を思い出し、一同を見渡す。

 村の中で、唯一無事だった村長の家が、あまりに浮いていて怪しい。

「その事については、家に入る前から、私も怪しいと思っていました」

 文也の言葉に、一生も頷く。

「助けを求める村にしては、怪しい事ばかりだね。多数決を取るよ。村長と店主が怪しいと思う人?」

 民子の問いかけに、全員が、迷う事なく手を上げる。

「全員一致で可決だね」

 民子は、ニヤリと笑う。

「それで、どうします?」

 文也が、民子に尋ねる。

「ふん縛って、何考えてるか吐かせます?」

 一生を見つめ、稔が問いかける。

「いや、それはまずいでしょう。どちらにしても、怪物は退治しないといけないし、ここは一つ、騙されたままで通し、彼等の腹を探りましょう。目的がわからない内は、下手に動かない方がいい。これから二手に分かれて、情報を集めよう。民子さんと文也君は、消えたフミヤ君を探して下さい。私と稔君は、リナさんに話を聞きに行きます」

 一生は、これからの作戦を提案し、一同を見渡す。

「わかったよ。何かがわかれば、夕方にここで落ち合って、情報の交換をしよう」

 民子は頷き、文也を連れて立ち上がる。

「民子さん、文也、また後で」

 一生と一緒に立ち上がり、稔は2人に話しかける。

「おやっさんも、稔も気をつけて」

 文也は2人に手を振り、民子と共に森の中へと消えて行く。

 それを見送り、一生と稔は村へと引き返す。



 村の中は相変わらず、無人で静まりかえっていた。

 目的の人物の家を探し出し、一生はドアをノックする。

「・・・はい」

 少しして、警戒した様子のリナが、薄く開けた扉から顔を覗かせる。

「こんにちは。怖いとは思うんですが、少し話を聞かせて貰っていいですか?」

 リナの警戒を解く様に、一生は、優しく話しかける。

「・・・はい、どうぞ」

 戸惑いながら、リナは一生達を家の中に招く。

「稔君、どうだろう?天気もいいし、一曲歌って来ては?きっと、気持ちいいと思うよ。君の歌声は最高だしね」

 自分達を伺う気配を感じ取り、一生はあくまで爽やかに稔に提案し、悪戯っぽく笑う。

「そうですね。丁度、俺も歌いたい気分だったんです。では、ちょっと失礼して・・・」

 一生に、悪戯っぽく笑い返した後で、ハープを手に、稔は村の中央に歩いて行く。

「・・・えっ?あの・・・?」

 事態が呑みこめず、困惑しているリナに、一生は耳打ちをし、彼女の手に耳腺を渡す。そして、自分の耳にも素早くはめる。

 リナは、訳がわからないまま、一生に言われた通りに、同じ様に耳にはめる。

 彼等の様子を、影から見張っていた店主は、稔の突然の行動に首を傾げる。

「こんな時に、呑気に歌?」

 そして、アイツ等は相像以上に馬鹿だと、声を殺しせせら笑う。

 次の瞬間、軽くハープを奏でた後で、稔は何時も以上の大声で、高かに歌い始める。

「・・・!!?」

 そのあまりに殺人的な歌声に、店主は悲鳴もあげぬまま気を失い、地面の上に無様に伸びる。

 その他にも、家の中に隠れていた村の住人達も、余波をまともに食らい倒れこんで行く。家畜も地面の上に伸び、空を飛んでいた鳥達は一斉に地面に墜落した。

 後に残ったのは、一生と稔、そしてリナだけだった。

「もう、いいですよ」

 耳腺を外しながら、一生は、にこやかに微笑む。

「あ・・・あの、今のは一体?」

 耳腺を外し、今の事態が呑みこめず、リナは一生に問いかける。

 目の前に広がる光景は、結構凄惨なものだ。

「ああ、彼は天性の殺人的な音痴なんですよ。その歌声を聴いた者は気を失い、下手をすれば気が狂ってしまう。素晴らし才能の持ち主です。まさに、生まれながらの吟遊詩人。稔君、今日も素晴らしい歌声だったよ」

 リナに事態の説明をし、一生は帰ってきた稔を、拍手で暖かく迎える。

「そう思います?皆さん、感激してくれたみたいで、吟遊詩人冥利に尽きるというものです」

 少し離れた場所で、気を失っている店主を指さし、稔は本当に満足した様に笑う。

「さて、これで邪魔者はいなくなりました。安心して、話をする事が出来ます。あなたの知ってる事、話して貰えますね?」

 真剣な表情になり、一生はリナを正面から見つめる。

「・・・はい。私の知っている事は、何でもお話しします」

 一生の言葉に、力強く頷き、リナは2人を家の中に招き入れる。

「実は、私もあまり詳しくは知らないのですが、生贄というのは、表向きの事で、嘘なんです。村長に、勇者が現れたら、そう演じるように言われていました。でも、怪物が毎日村を襲って来る事と、婚約者のフミヤが姿を消したのは、本当の事です」

 席に着いた一生と稔に、お茶を出しながら、リナは静かに話す。

「そのフミヤさん。何故、消えてしまったか、わかりますか?」

「いいえ・・・。ただ、消える前に、とんでもないものを見てしまったって、私に話していました。彼が姿を消したのはその夜の事で、それ以降はどこを探しても彼は見つかりません。何を見たのかも、私には話してくれませんでした・・・」

 一生の問いに答え、リナはうつむく。

「そのフミヤさんって、どんな人だったの?」

 少し間を開け、稔がリナに問いかける。

「店主さんが言う様に、堪え症がなくて、何時も人と揉めていました。その上、プライドは高くて、自分の仕事が上手くいかないのは、人のせいだと・・・。本当にしょうがない人です。村の人達も、フミヤは村を捨てて逃げたと信じています。でも、私は・・・」

 リナは、そこで言葉を区切り、天井を仰ぎ見る。

 一生と稔は、リナの話を聞き、益々、昔の文也にそっくりだと、彼女には気付かれない様に、静かに顔を見合す。

「でも、私は、彼の事を信じています。どうしようもない弱い人だからこそ、私が側についていてあげないと、彼は駄目になってしまいます」

 そう言い、リナは寂しそうに微笑む。

「彼の事、大切に思っているんですね。任せて下さい。私達も、ミノルさんを全力で探します」

 リナを励ます様に、一生は、笑いかける。

「ありがとうございます。後、良くはわからないんですが、村長の狙いは、怪物を倒す事ではなく、あなた方を、生贄として差し出す事の様な気がします。十分に気をつけて下さい」

 先程の村長達の話を思い出し、リナは、2人に忠告をする。

「大丈夫です。俺達も、そんなにバカじゃないんで、何となくは勘付いてたし。でも、俺達は何も知らないという事でお願いします」

 自分達を気遣うリナに、稔は穏やかに話しかける。

「それでは、私達は失礼します。明日は何も知らない振りで、よろしくお願いしますね」

 リナに軽く一礼し、一生達は村を後にし、森の待ち合わせ場所へと向かう。



 一方、別行動をとっていた、民子と文也は、森の奥で洞窟の前で見はりに立つ、2人の男を目撃する。

「民子さん。こんな何もない場所で見はりって、何か怪しくないですか?」

 文也は声を潜め、民子に話しかける。

「こんな場所に隠すとすれば、宝物か、もしくは人目に触れては困るものと、昔から相場は決まっている。せがれ1号、ここはひとつ探りを入れてみよう。私が気を引くから、あんたはその隙に一人ずつ片づけておくれ」

「分かりました」

 民子の言葉に頷き、文也は気配を殺し、見はりに近づく。

「さて、山火事にならない程度で・・・」

 民子は、意識を集中し、見はりから離れた場所に、小さな火の玉を出現させる。

「・・・?おい、あれを見てみろ!」

 見はりの一人が、ほのかに明るくなった、離れた場所を指さす。

「なんだ?もしかして、山火事か・・・?おい、お前はここを離れるな。俺が見てくる」

 相方にそういい、もう一人の見張りが、民子の起こした火に警戒しながら近づいて行く。

 文也は、見はりが一人になった所で、残った男の背後に素早く回り込む。

「・・・なっ!」

 少し遅れて、男は文也の気配を感じとるが、文也に軽く額を小突かれ、そのまま気を失い、地面に倒れこむ。

 それを見届けた後で、文也はもう一人の後を追う。

「・・・?何だ?何にもないじゃないか・・・。気のせいだったのか?」

 既に、民子が火を消してしまっているため、何も発見する事が出来ず、男は首を傾げた後で、元の場所に戻ろうと振り返る。

「・・・!」

 後ろに立っていた文也に驚き、男は声をあげようとするが、文也に額を突かれ、仲間と同様に、地面の上にのびる。

「片づいたみたいだね。それじゃ、中を拝ませて貰おうか」

 文也の肩を軽く叩き健闘を称えた後で、民子は男達が守っていた洞窟の中へと足を踏み入れる。

 薄暗い洞窟の中を、民子と文也は、数分歩き続ける。やがて、少し開けた、明るい場所に辿り着く。

 そこには、松明が灯され、奥には鉄格子がはめられた、牢屋の様なものがあった。薄暗くてよくは見えないが、牢屋の中に誰かが押し込められている。

「・・・何も言いませんから、俺をここから出して下さい」

 近づく民子と文也の足音に、中の人物は、哀願する様に話しかけてくる。

 文也は、その声に、聞き覚えがある様な気がし、更に近づく。

 中にいたのは、文也とよく似た、文也よりは少しだけ肉付きのいい男だった。

 声に聞き覚えがあったのは、当たり前の事だった。何故なら、牢の中の人物の声は、文也とよく似ていたから。

「・・・!あんたは・・・?」

 突然、現れた、自分と瓜二つの男に、中の男は驚き、言葉を失う。

 それは、文也も同じだった。

 そっくりだと聞いてはいたが、目の前にいる男は、まるで鏡に映ってた自分そのものだ。

「・・・これは、驚いた。まさか、ここまで似ていたとはね・・・」

 鏡の様に、向かい合った2人の男を見つめ、民子は目をみはる。

「・・・あの、あなたは誰なんですか?」

 文也を見つめながら、中の男が問いかける。

「あなたは、リナさんの婚約者のフミヤさん?俺は、武道家の長居 文也といいます。この村に出没している怪物を倒すために来ました」

 まるで、鏡に映った自分に話し掛ける様な複雑な心境で、文也は、中で囚われているフミヤに話しかける。

「俺と同じ名前?それじゃ、あなた達が例の勇者様御一行様?」

 フミヤは、自分そっくりな文也と、民子を見つめ、意味深につぶやく。

「例の?あんたは、何かを知ってそうだね。村では、あんたが怪物を恐れて、逃げ出したという事になっているけど?」

 何かを知っていそうな、フミヤを覗き込み、民子が尋ねる。

「逃げただなんて、とんでもない!見ての通り、村長達に捕まっていたんです!」

 鉄格子を両手で掴み、フミヤは叫ぶ。

「それじゃ、ここから出してあげるから、知っている事を話して貰うよ。2人共、危ないから鉄格子から離れな!」

 2人にそう声をかけ、民子は、自分の両手に炎を召喚し、鉄格子を掴み歪ませ、人一人が通れる隙間を造り出す。

「・・・凄い・・・」

 息を呑みながら、フミヤは、牢から外に出る。

 文也は、一旦洞窟の外に出て、さっきの見張りの2人を縛り上げ、再び中に戻って来る。そして、民子が造った隙間から、2人の体を中にほり込む。

 民子は、まだ柔らかい鉄格子を、再び元通りに戻す。

「・・・あの2人、死んでるんですか?」

 自分に代わり、牢にほり込まれた2人が、全く動かないため、フミヤが、不安そうに民子と文也に尋ねる。

「大丈夫。眠って貰っているだけです。少なくとも、後1日は、起きてこないですよ。さあ、今の内に、ここから逃げましょう。あなたには、聞きたい事がありますし」

 フミヤの問いに、文也は微笑み答え、外へ出る様に促す。

 3人は、足早に、一生達との待ち合わせ場所へと急ぐ。


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