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新天地への旅立ち

 次の日からも、容赦ない怪物退治は続く。ただ、前日と違ったのは、チーム戦から、単独戦に変わり始めた事だ。

 それぞれの戦闘力を上げるため、1匹だけを残した後で、一騎打ちをするのだ。

 一生は、剣技の腕を上げ、今では、弱い怪物なら、複数を一人で倒せる様になっている。

 民子は、レベルアップと共に、魔法も覚え、今では立派な魔女に成りつつある。

 さて、今、一人で怪物に向っているのは、武道家の文也だ。彼だけは、今だに非力なままで、一人では怪物を倒せていない。

「ほら、しっかりやりなよ」

 少し離れた場所で、石の上に座り、民子が声援を飛ばす。

「文也君、良くなって来てるんだ。後は、リラックスですよ」

 怪物を逃がさない様に包囲しながら、一生は、文也に話し掛ける。

「文也、頑張れ!」

 一生とは、反対側で怪物を包囲し、稔は文也に声をかける。

 文也は、ただ1匹生き残った、怪物と向かい合う。

 今の敵は、ちょうどビーバーの様な感じだ。ただ、可愛い外見とは裏腹に、一口でも噛まれると、毒に侵されてしまう。

 気合いを溜め、文也は、ビーバーに飛びかかる。

 ビーバーは、その攻撃を、素早い動きでかわす。そして、そのまま、文也の首筋に噛みつこうと、踵を返す。

 その時、自然と文也の手が動き、突進して来たビーバーの額を、人差し指で軽く突く。

 軽く触れられただけなのに、ビーバーは動きを止め、その場に倒れこむ。覗きこんで見ると、口から白い泡を吐き、完全に気を失っている。

「・・・あれ、俺・・・?」

 何が起こったかわからず、文也は、自分の指先を凝視する。

「何だかよくわからないが、凄いじゃないか。これで、あんたも一人前だよ。せがれ1号」

 文也の頭を撫で、民子が嬉しそうに笑う。

「凄げぇ!ケンシロウみたいだ。技の名前は、秘技・秘孔突きでどうだ?」

 念も、自分の事の様に喜んでいる。

「凄い技だな。その技があれば、戦闘が楽になるね」

 ビーバーに、剣で止めを刺し、一生も微笑む。

「・・・ありがとう。おやっさん、民子さん、稔」

 初めて、人に心の底から褒められ、文也の胸の奥は、自然と熱くなる。

 思い返せば、今までこの性格と見た目の貧弱さのせいで、人から必要とされた事がなかった。訳の分らない世界に飛ばされたが、今は、自分が変わるチャンスをくれた事に、少し感謝したい気分だ。

「よし、負けてられない。次は俺の番だ」

 次の獲物をさがし出し、稔は、楽しげに笑う。そして、目で、皆に合図を送る。

 その合図を見て、全員が急ぎ、耳腺をする。

 今度の敵は、体の大きな犬が数匹だ。

 稔は、息を深く吸い、大声で歌い始める。

「・・・キャン!」

 その歌声を聴き、人の何倍も耳のいい犬達は、苦しみ悶えた後で、気を失い、地面に倒れる。

「今日も、いい歌いっぷりだったね。せがれ2号。せがれ1号、この犬は、金になりそうなものを持ってるかい?」

 耳腺を外し、白目をむき、痙攣している犬達を見下ろした後で、民子は 稔を褒める。そして、視線を文也に移す。

「えっと・・・。ああ、この犬はあんまり金にはならないですね」

 店主から買った本をめくり、民子の問いかけに、文也は答える。

「そうかい。それじゃ、金だけ頂いて、さっさと始末しよう」

 一生達は、犬の毛皮の中から、宝石を取り出し、直ぐに犬の側から離れる。

 その犬達を、民子の召喚した炎が、一瞬にして焼き尽くす。

「ちょうどいいし、ここらで昼御飯にしませんか?」

 稔の歌声で、地面に落ちていた鳥を指さし、一生が提案する。

 一行は、鳥の毛をむしり、村で買いそろえてあった調味料で味付けをし、民子が起こした火で、焼き始める。

 旅も半月目を迎えると、自然と手際も良くなってくるものだ。今では、ちょっとしたアウトドアの達人になっている。

「それにしても、人間、やってやれない事はないものですね」

 焼けた鳥を食べながら、一生は、感心した様につぶやく。

 ほんの半月前までは、自分達にこんな事が出来るなど、到底考えにも及ばなかった。逆境に追い込まれると、人は強くなると言うが、人間の順応力は素晴らしい。



「・・・本当に。ちょっとしたきっかけで、人は変われるものなんだ」

 ひきこもっていた、半月前の自分を思い返し、稔が、感無量に頷く。

あの時は、人生のどん底にいると思っていたが、もっと追い詰められた事で、生きる事に一生懸命になる事が出来た。今では人と話す事にも、全くの抵抗を感じる事もなくなっている。



「努力をしなければ、こっちの世界も、人間世界も、何も変わらないんですね。そんな事、当たり前だったのに、すっかり忘れてました」

 自分の言葉や考えのみを正しいと信じ、相手を思いやる事もなかった、過去を思い出し、文也は唸る。

 傲慢だった自分は、理想ばかりを追い求め、本当の自分から目を背けていた。悪いのは、自分を受け入れない、社会だと決め込んでいた。別れた彼女が言った通り、確かに、あの時の自分には、未来はなかった。



「あんた達と出会って、私は思い出したよ。相手の気持ちを思いやる事を。相手の言葉に、耳を傾ける事の大切さを。自分の考えを押し付けてばかりじゃ、相手にも自分にも、苦痛なだけだって事をね」

 若い時の苦労を忘れ、いつの間にか傲慢になっていた自分に、民子は反省する。

 周りの人間も勝手だったが、自分も、彼等以上に身勝手だった。相手を思いやるつもりが、相手の人格を無視し、自分の意のままに操ろうとしていた。



 半月前の自分を思い出し、一同はそれぞれの思いを胸に、しばし黙りこむ。

「こうなったら、一刻も早く魔王とやらを倒し、自分達の世界に戻らないと駄目ですね」

 そう自分にも言い聞かせ、一生は笑う。

「おやっさん。俺、考えたんだけど、そろそろ次の場所に移動してみない?レベルも上がって来たし、お金も貯まった。隣り村の怪物とやらを、倒しに行こうよ」

 戦闘力に自信がついてきたため、稔は、胸を張り提案する。

「確かに、この場所にいても、これ以上のレベルアップは難しいです。明日にでも、旅立ってみませんか?」

 稔の提案に頷き、文也は、一同を見渡す。

「いいねえ。丁度、私も、そう考えていたところだ。明日にでも、隣の村に行ってみようよ」

 民子も頷く。

「そうですね。でも、そうなったら、店のおじさんは寂しがるでしょうね・・・」

 旅立ちには大いに賛成だが、何かと世話を焼いてくれている、店主夫妻を思い、一生は寂しそうに笑う。

「仕方ないよ。出会いと別れは、人の世の付き物さ。世界が平和になったら、また会いに来ればいいだけの事だよ。きっと、あの人達なら分かってくれるさ」

 そんな一生に、民子は、微笑んで見せる。

「そうですね。では、今夜にでも話してみましょう。それと、必要な物資は、今日中に買い揃えましょう」

 立ち上がり、一生は、一同に話しかける。

「そうと決まれば、もう少し路銀を稼ぎに行きましょう。文也、さっきのアレ、また見せてくれよな」

 稔も立ち上がり、文也に笑いかける。

「任せといてくれ。今度こそ、自分で止めを刺して見せるから」

 稔に笑顔で答え、文也は、先程の感覚を思い出す。

「それじゃ、晩御飯までに、もうひと働きしようか」

 火の始末をし、民子は、立ち上がる。

 そうして一行は、夕方まで、修行とかこつけた、殺戮と略奪に精を出す。

 彼等の言葉通り、今では、この辺りの怪物では、彼等の相手にはならなくなっていた。

 夕方、寝床にしている宿屋に帰ると、店主夫妻が、今日も笑顔で出迎えてくれた。

 夕飯の席で、一生達は、明日の旅立ちの事を切り出す。

 店主は、残念そうにしていたが、餞別だと言い、この世界の地図をプレゼントしてくれた。それによると、この村は辺境の地にある、本当に小さな村の様だった。目指す魔王の城までは、かなりの距離がある。



「気をつけて行けよ」

 次の朝、旅立つ一生達に、店主はおかみさんの手料理を持たせてくれた。

「ありがとうございます。途中で大切に食べさせて貰います」

 店主の心遣いが嬉しくて、一生は、深々と頭を下げる。

「この世界には、時勇者を名乗る連中はたくさんいるが、正直言って、お前さん達みたいに、弱そうなパーティーは初めて見た。でも、わしはお前さん達には、何か違うものを感じたよ。何かを成しえる!買いかぶりかも知れんが、初めて会った時から、そんな気がしていた。世界に平和が戻ったら、友人として、またかみさんの飯を食べに来てくれ。それが駄目な時は、一緒に店をやろう。お前さんには、勇者より、商人の方がむいとるからの」

 一生に手を差し出し、店主は微笑む。

「必ず、また戻って来ます。おかみさんにも、よろしくお伝え下さい」

 店主の手を握り返し、一生も微笑み返す。

「ありがとうございました」

 一行は、見送ってくれる店主に手を振りながら、半月を過ごした村を後にする。

 そうして、地図に従い、次の村へと旅を続ける。


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