パーティーの結成・冒険1日目
「・・・うわっ!本当に、ゲームの中みてぇ・・・」
光の空間から、一歩出たところで、稔が感嘆の声を上げる。
そこは、古い遺跡の様な場所だった。苔むし、半分くちはてかけた神殿に、あの扉は通じていた。
試しに柱の1本に触れてみると、それは確かに、冷たい石の感触がした。
「・・・本当だ。信じられない・・・」
同じくゲーム世代の文也も、何とも言えない表情で、薄暗い空間の中を見渡している。
「あっ!扉が消えている!」
後ろを振り返った一生の目には、先程までの扉は消え失せ、映らなかった。
「そんな事より、これからどうしたらいいか、考えた方がいいんじゃないのかい?」
神殿の中の倒れた柱に腰かけ、民子は、男達を見渡す。
「君達、こういうゲームには詳しいよね?私達は、これからどうすればいい?」
同じく、一生も別の柱に座り、稔と文也に尋ねる。
「そうですね。こういう世界では、怪物を倒して、経験値と金やアイテムを手に入れて行くものなんです。あと、村や町で話を聞いて、情報を得るのも大切な手段です。」
昔やったゲームを思い出しながら、文也が答える。
「町や村に行けば、宿屋や武器・防具屋もあるし・・・。ただ、今の俺達には、金は一銭もないですよね・・・」
立ったまま、稔が答える。
「・・・金か。こんな訳の分らない場所に来てまで、聞きたくない言葉だな・・・」
人間社会で、理不尽に耐え、踏みつけられてきた日々を思い返し、一生はうなる。金がなければ何も出来ないのは、どちらの世界にも共通している。
「あんた達、そんな事より、もっと大変な問題があるんじゃないの?」
男達を見渡し、民子が口を開く。
「大変な事?」
「一番、大切な事だ。皆、戦えるんだろうね?怪物を倒して、日銭を稼ぐにしても、闘えないと話にならないよ。命のやりとりをするんだ、相手だって必死でかかってくるよ」
首を傾げる一生を、民子が覗きこむ。
一生は、腰に下げられた剣と、飛びだした自分の腹に目をやり考え込む。
こんな事になるのなら、もっと早くにダイエットをしておけば良かった。このままでは、脂肪が重すぎて、満足に動けそうにない。
稔も、自信なさげにうつむく。
自慢ではないが、殴り合いの喧嘩でさえした事がない。ゲームをしていた時は、キャラクターを操り、簡単だと思っていたが、いざ自分の手でとなると、相像を絶する。
文也は、細い自分の手足を見つめていた。
確かに、小学校の時に通信教育で、空手の基礎はかじったが、喧嘩の経験もない。はっきりいって、怪物を殴れば、自分の腕の骨の方がやられてしまいそうだ。
「黙ってても、仕方がないだろう。皆で、職業と特技の紹介をしようじゃないか。まずは井上さん、あんたからだよ」
民子は、黙っている男達を見渡し、自分達に出来る事の確認をしようとする。
「えっと・・・。私は、確か勇者です。大学時代まで剣道をしていました。竹刀は振れますが、実際の剣はわかりません」
「それだけ出来れば、現状では十分だろう。竹刀も剣も、大差ない筈さ。後は、根性だけだからね。次は、稔君」
一生の返答に、満足そうに頷き、民子は、次に稔に視線を移す。
「・・・俺は、吟遊詩人。でも、実際は殺人的な音痴で、歌なんか歌えません。喧嘩もした事もないし・・・。こんな事になるんだったら、もっと真面目に書いておけば良かった」
パソコンのメールに、ふざけて返事を返した時の事を思い返し、稔は頭を抱える。
「いいんじゃないのかい。吟遊詩人が、歌が上手くないといけないという訳じゃないだろう。殺人的に下手なら、逆にいい武器になるかも知れない。それじゃ、花形さんあんたは?」
民子は、今度は文也に視線を移し、問いかける。
「俺は、武道家です・・・。でもご覧の通り、殴ったり蹴ったりすれば、俺の方がやられてしまいそうで・・・。小学校の時に、通信教育で空手を習いましたが、実戦の経験はありません」
そう答え、文也は、うなだれた様に、肩を落とす。
「確かに。この中じゃ、あんたが一番使えそうにないねぇ。私は、魔女。とは言っても、魔法なんか使った事もない。でも、根性だけなら誰にも負けるつもりは無いよ。あと、包丁は使い慣れてるから、多少刃渡りが長くなっても、剣は使えるかも知れないね。何にしても、どこの誰だか知らないが、ひどいメンバーを揃えてくれたものだよ・・・」
そう言い、民子は、深くため息をつく。
ここにいる連中は、戦いに慣れていない上に、お世辞にも切れ者揃いとは言えない。
むしろ、負け犬集団だ。
「何時までもここにいても、おまんまにもありつけない。ここはひとつ、弱そうな怪物を、皆で襲って、経験値と金を頂く事にしよう」
しばしの重い沈黙を破り、民子は立ち上がる。
「ちょっと、民子さん。それじゃ、あんまりに卑怯なんじゃ・・・。仮にも私達は、勇者一行ですよ」
民子の卑怯な提案に、一生は抗議をする。
「卑怯?馬鹿を言っちゃいけないよ、井上さん。それじゃ聞くけど、このメンバーで、強い相手と戦えると思うのかい?さっきの女が言ってた事が本当なら、ここで死ねば、元の世界には帰れなくなるんだよ。かっこつけて死ぬか、無様でも生き残るか、あんたの好きにすればいい」
一生の言葉を、民子は、鼻で笑い飛ばす。
「俺は、民子さんの意見に賛成です」
稔は、民子と一生の2人を見比べた後で、民子の意見に同意する。民子の言う通り、一対一が無理でも、皆でかかれば、敵も倒せるだろう。
「俺も」
文也も、民子の意見に一票入れる。今、この中で、一番戦えないのは、間違いなく自分だ。個人戦では無理でも、チーム戦ならば、自分も戦えるかも知れない。
しばらくの間、一生は、民子の言葉を考えてみる。その脳裏に、残してきた家族の顔が蘇る。妻には、自宅謹慎になった事も話せていない。子供達の、成人もまだ見届けてない。それに、まだまだ家のローンが残っている。
民子の言う通り、こんな所で、家族に何も言えないまま、一人で死ぬ訳は行かない!
「・・・わかった。民子さんの言う通りだ。無様でもいいから戦って、経験値と金を稼ごう。そして、さっさとこんな訳のわからない世界から、おさらばさせて貰うんだ」
「言ったね。流石は、男だよ。それじゃ、今から出来るだけ弱そうな怪物を探して、私達の為に、貴重な犠牲になって貰おう。腹一杯、飯が食いたかったら、しっかり働くんだよ」
一生の、決意の籠もった目に微笑んだ後で、民子は、建物の外へと出て行く。
一生達も、その後に続く。
一生は腹の中で、聡が聞いたら、勇者に幻滅するなと思ったが、現実社会もゲームの世界も、実際は こんなものだろうと、一人で納得する。
結局のところ、生きるという事は、無様でもあり、かっこ悪い事なのだ。
しばらく森を彷徨い、一生達は、角が生えた小さなウサギを3匹見つけ出す。普通のウサギと比べて体も大きいし、間違いなく怪物だろう。見るからに弱そうだ。大した経験値にも金にもなりそうにないが、背に腹は代えられない。
一生達は、目配せをし、気配を消して、囲む様にして獲物に近づいて行く。
そして、一気に距離を詰め、一生は剣を片手に飛びかかる。
草むらをかき分ける音に、怪物達は素早く振り返るが、それよりも早く、一生は怪物の1匹に剣を突き立てる。
剣を突き立てられた怪物は、凄まじい叫び声を上げ、貫かれた腹部を軸に暴れまわっていたが、やがて、絶命し動かなくなる。
稔は、他の2匹を追うが、思いのほか動きが早く、素直には捕まらない。
文也は、ウサギの腹を捉え、蹴り飛ばそうとするが、軽くかわされ、逆に木に激しく足をぶつけてしまい、地面の上に転がっている。
「・・・全く、情けないねえ・・・」
思った以上に使えない男達に、民子は、ため息をつく。
「お前達、止まりな!でないと、酷い目に合わせるよ!」
逃げまどう2匹の前に飛び出し、民子は、怪物達を正面から睨み据える。
民子に睨まれた怪物達は、恐怖のあまり、蛇に睨まれた蛙の様に、一瞬で動きを止める。
「今だよ!」
民子の言葉を合図に、稔は、持っていたハープでウサギを殴り倒し、文也は、近くにあった石で怪物の頭に一撃を加える。最後の止めは、一生が剣で突き刺した。
「・・・私、この年になって、初めて動物を殺しました・・・」
動かなくなった怪物達を見下ろし、一生がつぶやく。
手にはっきりと残る、肉を突き刺し、骨を絶った感覚は、嘘でもいいものとは言えない。
「何言ってんだよ。あんた達が毎日食べてた、魚や肉だって、どこかで誰かが殺していたんだ。たまたま、あんた達にさばく機会なかっただけで、私等は、毎日何かの命を奪って生きている。そんな事より、金目のものを探しておくれ」
一生に静かに言った後で、民子は、怪物の死骸を探り始める。
稔と文也も、民子に促され、探しものに加わる。
「民子さん。この角使えませんか?」
稔は、怪物の立派な角を、民子に向かい指さす。
「ああ、いいかも知れない。井上さん、悪いけどそのでかい包丁で、いっちょぶった切ってくれるかい。」
「わかりました」
一生は、予想以上に立派な角を、剣でぎこぎこと切断し始める。
「こんなものを持ってました」
怪物の毛皮の下から、宝石の様なものを見つけ出し、文也は顔を輝かす。
「でかした。これは金になりそうだ。後、この目も持って行こう。キラキラしていて、まるで水晶の様だ。いい金になるかも知れない。
そう言うが早いか、民子は、怪物の目をくりぬき、近くの地面の上に擦りつけ、血を落とす。
「さあ、今日はこれを、後、10セットはやるよ」
戦利品を手にニッと笑い、民子は、森の中を歩き始める。
一同は、その民子の凄惨な笑みに、本物の魔女だと確信を深める。
結局、この日は夕方まで、怪物退治に勤しみ、30匹程を倒した。宝石の様な石は、この世界では、お金に当たるという事も分かった。
その戦利品を手に、近くにある村に入る。一同はその足で、村の鑑定小屋に、戦利品を持ち込む。
「どうですか?」
営業部長をしていた一生が、交渉係に立つ。
「ふ~む、いい品だが・・・。こんなものでどうじゃ?」
算盤を弾き、店主が、油断のない瞳で、一生を覗き込む。こんな調子で、もう1時間は、押し問答を繰り返していた。
この世界での金の価値はわからないが、長年の勘で、もっと高く売れそうだと感じ取っていた一生は、ここで止めの行動に打って出る。
「ちょっと、ご主人。こっちは命はってるんですよ。ここはもう少し、こうなりませんかね・・・?」
一生は、カウンターをまたぎ、直接、算盤の桁をいじる。
「・・・お前さん。やられたわい、お前さんの勝ちじゃ。いいじゃろう、商談成立だ」
少し絶句した後で、店主は肩をすくめ、商品の引き取り、代わりに代価の宝石を、一生の手に乗せる。
「どうも」
笑顔でそれを受け取り、一生は笑う。商談がまとまった時の様で、何だか気分がいい。
「それにしてもお前さん、中々の商売上手だね。わしが競り負けるなど、珍しい事じゃ。何で、勇者なんかしとるんじゃ?お前さんなら、いい商人になれるじゃろうに」
飛びだした一生の腹を見つめ、店主が問いかける。
「はあ、実は私もそう思うのですが・・・。なんと言いますか、成り行きで勇者という事になってしまいまして・・・」
アンケートに、勇者と書いてしまった時の事を思い出し、一生は苦笑する。
「おじさん、このあたりで、変わった噂とか聞かない?何でもいいんだけど」
後ろで、一生達のやり取りを見ていた稔が、2人の間に割って入る。
「変わった噂ねえ・・・。何せ、この通り辺鄙な村じゃしな。そう言えば、山の向こうの村が、最近強い怪物に襲われて、困っているらしい。後は、明かりの消えていた城に、再び魔王が戻って来たという、噂も広まっておる」
眼鏡の奥から、一生達を見つめ、店主は答える。
「強い怪物に、復活した魔王・・・。どちらにしても、今の私達には、たちうちは出来ないね。しばらくは、この村の付近で、レベルと金を稼ぐ事に専念しよう」
店主の言葉を聞き、しばらく考えた後で、民子は一同を見渡す。
「そうですね」
民子の提案に、一生は頷く。
「おじさん、その棚の本を売って貰っていいですか?」
文也は、店主の後ろに飾られていた本を指さす。それは、古びた本だった。
「いいが、こんな本どうするんじゃ?」
「その本には、怪物の性質や、特技なんかが書かれているでしょう。それを持っておけば便利だし、何がお金に変わるかもわかりますしね」
「いいアイデアだ。井上さん、さあお金を払って」
文也の言葉に、民子は目を輝かせ、店主の手から本をもぎ取る。
「お幾らですか?後、私達は疲れているので、休める宿と、食事の出来る場所も教えて貰いたいのですが?」
店主に本の代金を払いながら、一生が尋ねる。
「それなら、話は早い。こんな小さな村では、宿屋はここ1軒だけじゃ。飯なら、うちのかみさんの作るものが最高じゃ。お前さんが気に入ったから、特別に安くしておくよ」
揉み手をしながら、店主は微笑む。
「それじゃ、4人でお願いします」
一生から、宿代を受け取ると、店主は店の奥の妻に、客の到着を知らせる。
しばらくして、人良さそうな小太りな女が出て来て、一生達を客室に案内する。
それから4人は食事を取り、風呂を済ませた後で、それぞれの部屋に引き揚げて行く。部屋は、民子は1人部屋で、後の3人は同室だった。
疲れきっていたため、一生は、直ぐに眠りにつく。
稔は、眠れないのか、村の中の散歩に出かけた。
文也は、さっき買ったばかりの本をめくり、真剣に読みふけっていた。
こうして、冒険1日目の夜は、ゆっくりと更けて行く。




