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投げられたサイ

「・・・?ここは・・・?」

 何もない光の空間で、『勇者』・一生は目覚める。

 体は重ダルく、中々言う事を聞いてはくれない。ぼんやりとした頭で周囲を見渡すと、自分以外にも、3人の男女が、地面にころがされている。皆、年齢も性別もバラバラで、共通点は見つかりそうにない。

 確か、部下の横領の一件で自宅謹慎になり、やけ酒を飲んでいて・・・。

「・・・あれ?私は、あれからどうしたんだ?何でこんな所にいるんだ?」

 ここまで来た記憶を、必死に思いだそうとするが、まるでそこだけ抜き取られた様に、何一つ思い出せない。

「・・・うっ・・・」

 低く呻き、『吟遊詩人』・稔は目覚める。

 ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡してみると、一人の中年男が自分を見つめており、それ以外にも、細い不健康そうな男と、小太りなおばさんが、地面に倒れている。

「君は、誰だね?私は、井上 一生。ここにどうやって来たか、全く覚えていないんだが、君は何か知ってるかね?」

 一生は、困った様な表情で、目覚めた稔に問いかける。

「・・・俺は、花形 稔。っていうか、ここは何所なんですか?」

 本来なら、見も知らぬ他人と口も聞きたくはないが、非常事態なため、稔は渋々、一生の問いかけに答える。

 稔も、必死に記憶を掘り下げ、ここに来た経緯を思い出そうとするが、一生同様、何も思い出せない。部屋にいて、朝食を食べたまでは覚えているが、どう考えても、自分で好きこのんでこんな場所まで出向く筈はない。

「うわっ!何だここ・・・」

 『武道家』・文也も目を覚まし、自分の置かれている異常な状態に、驚き慌てている。

街を歩いていたところまでは覚えているが、その後の記憶は、奇麗さっぱり抜け落ちている。突然目覚めると、見知らぬ者達と、見知らぬ場所にいた・・・。

「・・・ううっ。酷い、目覚めだわ・・・」

 軽く頭痛を覚えながら、『魔女』・民子も目覚める。周囲を見渡すと、見知らぬ者達が、不思議そうにあたりを見渡している。勿論、民子にも、街を歩いていた以降の記憶はない。

「・・・そうですか。皆さん、ここに来た記憶がないと。私は、サラリーマンをしていました。井上 一生と言います。・・・まあ、ちょっとしたトラブルがあって、街を歩いていたんですが、それ以降の事はわかりません」

 一生達は、一つのところに集まり、膝を交え合い、自己紹介と、現在置かれている状況の分析に取り掛かる。

「私は、魚住 民子。旦那と喧嘩をして、むしゃくしゃして、街を歩いていた所までは覚えているんだけど・・・。ここ、一体どこなの?」

 何もない光の空間を見渡し、民子は、見剣にしわを寄せる。

「俺は、長居 文也です。同じく街を歩いてて、気づいたらここにいました。これって、何かの集団誘拐なんでしょうか?」

 青白い顔を、更に白くさせ、文也は不安そうに、肩を震わす。

「ちょっと、あんたも何か言いなさいよ!名前は?」

 一人だけ斜めに座り、誰とも視線を合わそうとしない稔に、民子が詰め寄る。

「・・・俺は、花形 稔・・・です。部屋にいたのに、気がついたらここに・・・」

 民子の迫力に押され、稔は消え入る様な小さな声で答える。

 この数年、家族とすら話していないのに、見知らぬ人間と話すなど、稔にしては戸惑う事ばかりだ。

「あんた、若いのに元気がないね。いいかい、声は腹から出しな!そっちのあんたは、やせ過ぎだ。もう少し、体を鍛えた方がいい。それから、そこのおじさん、あんたは太り過ぎ。少し痩せないと、メタボになるよ。まあ、私も言えた口じゃないけどね」

 稔、文也、一生の順に、言いたい事をいい、民子は、自分の腹を叩き、豪快に笑う。

 初対面の人間に、言いたい放題言われ、しかも的を得ているため、男達は黙り込む。

「・・・民子さん。おじさんって、私はあなたより年下ですよ」

 自分より明らかに年上の民子に、おじさん扱いされた上、おまけにメタボ呼ばわりまでされ、一生は少し気分を害す。自分をメタボ扱いした民子の方が、見るからに太っている。

「井上さん。男は細かい事は気にしない。そこの2人に比べれば、私はおばさんで、あんたはおじさんに間違いはないんだから」

 一生の非難の眼差しを、何気なくはね返し、民子は取り合おうとはしない。

「そんな事より、これからどうするんですか?ここがどこで、何のために連れてこられたのかわからないんじゃ、身動きが取れませんよ」

 文也が、悲鳴の様な声を上げる。ここにいる中で、一番混乱しているのは彼だろう。

「確かに、わからないんじゃ、動けないね」

 民子は、冷静に答える。

「こういう時は、動かない方がいいと思いますよ。ゆっくり考えれば、いい考えも浮かんでくるかも知れませんし」

 一生も頷き、民子の意見に同意する。

 3人の会話を聞きながら、稔だけは、この空間に居心地の良さを感じていた。普段から閉じこもっている彼には、この広い空間は、理想的な場所だ。

『ようこそ、いらっしゃいました。あなた方は、この世界に平和をもたらすため、この世界に招かれた勇者様御一行です。』

 何もない空間から、突然、澄んだ女の声が響く。

「平和をもたらす?勇者?」

 声の主を探しながらも、一生は、女の言葉に首を傾げる。これではまるで、聡がはまっているゲームの世界だ。

 色んなショックのせいで、遂に頭がおかしくなってしまったのだろうか?

「ちょっと、あんた!訳の分らない事言ってないで、姿を現しなさいよ!」

 民子は、姿の見えない相手に、怒鳴りつけている。

「・・・これって、何かの宗教の勧誘ですか?お願いですから、俺を元の場所に返して下さい。誘拐なんかしても、俺は金になりませんから・・・」

 文也は、声だけの人物に怯え、取り乱し哀願する。

 稔は、事態が把握出来ないため、黙って様子を伺う。

『ご安心下さい。私達は、あなた方に危害を加えるつもりはありません。それよりも、この世界を支配する悪しき魔王を倒し、私達を救って頂きたいのです。望みを叶えて頂ければ、必ず元の世界にお送りいたします』

 動揺する彼等を余所に、声の主は、一本調子で話し続ける。まるで、アトラクションで流される、録音されたアナウンスの様だ。

「ねえ、これって遊園地でよく流れている、アナウンスなんじゃないですか?」

 思いついた様に、文也が一同を見渡し話す。

「ああ、確かに。子供が小さい頃に、よく連れて行った遊園地で、こういうアトラクションがあったな」

 少し安心した様子で、一生も頷く。

「でも、遊園地なら、ここはミラーハウスの中?あまりに何もなさ過ぎるし、壁らしいものも見当たらないわよ?」

 眩しい何もない空間を見渡し、民子が話しかける。

 民子の言う通り、例え鏡を使って広く見せているにしても、あまりに広すぎる。

「・・・もしかして、本当にゲームの中かも?」

 小さな声で、稔がつぶやく。

『残念ながら、ここは遊園地でも、ゲームの中でもありません。あなた達、人間世界と並行して存在する、もう一つの現実世界です。ですから、ここで体験する事は、すべてがリアルに存在します。傷を負えば、痛みを伴いますし、死ぬ事があれば、あなた達は、生きて元の世界に帰る事は出来なくなります』

 静かな女の声は、一生達の疑問に、今度も感情のない様子で答える。

「死ぬって、あんた・・・!」

 女の声に目をむき、民子は抗議の声を上げる。

『大丈夫です。そのために経験値を稼ぎ、レベルを上げて行くのです。まずは皆さんは、レベル1から始まりますが、仲間と力を合わせて、悪しき怪物(モンスター)を倒して行って下さい。そして、最終的に魔王を倒し、平和を取り戻して頂いた暁には、この世界のどこかに存在するという、『時空の魔女』が、皆さんの願いを何でも一つだけ叶えてくれます』

「はははっ・・・。あなたが、どこの誰か知りませんが、大人をあんまりからかうものじゃありませんよ。子供じみた悪戯は止めて、早く私達を家に帰して貰えませんか」

 女が話す内容が信じられず、一生は呆れ、笑い飛ばす。冗談にしては、手が込み過ぎている。

『悪戯ではありませんよ。何でも願いを叶えるという事は、時間を戻す事も思いのままという事です。皆さん、それぞれに思い当たる節があるでしょう?『戻りたい時間は?』・・・』

 その言葉を聞き、先程まで失しなわれていた、ここに来るまでの全員の記憶が蘇る。

『井上 一生さん。あなたは、部下の横領が行われる前に戻り、人生をやり直したいと願った。花形 稔さん。あなたは、引きこもる前の生活に戻りたいと願った。長居 文也さん。あなたは、大学の進学前に戻り、自分の理想の人生を願った。そして、魚住 民子さん。あなたは結婚前に戻り、自分の人生を、取り戻したいと思った。違いますか?』

 全員が、それぞれに思い当たる事があり、押し黙る。しばしの間、沈黙が空間を支配する。

「・・・本当に、何でも願いを叶えてくれる?」

 最初に沈黙を破ったのは、稔だった。メンバーの中で一番若いため、こういうシュチエーションへの、順応力は高い。

『はい。『吟遊詩人』さん』

 女の声が、少し嬉しそうに弾む。

「まだ、訳わかんないけど、嘘ついたら許さないよ」

 続いて民子が、何もない空間を睨みつける。

『約束はたがえませんよ、『魔女』さん』

「戻る方法が、それしかないのなら、仕方なさそうですね」

『よろしくお願いします。『勇者』さん』

 渋々承諾した一生に、女は声を和らげる。

『皆さん、こうおっしゃっていますが、あなたはどうしますか?長居 文也さん?』

 何時までも困惑したまま、黙り込んでいる文也に、女が尋ねる。

「・・・わかりましたよ。皆さんが行くのなら、俺も行きます」

 まだ不承不承ながらも、文也は諦め、ため息を漏らす。

『あなたの活躍も期待していますよ。『武道家』さん。では、これは旅立つ皆さまに、私からのささやかなプレゼントです』

 次の瞬間、今まで来ていた服は消え去り、4人が全員共に、見慣れない服装に変えられた。

 一生は、頭に木製の額当てをして、身をぴったりと覆う、ゲームに出てくる勇者の衣装をまとっている。腰には、剣がぶら下げられている。

 稔は、女の様な長い上着にズボン。手には、ハープが収まっている。

 文也は、映画に出てくるピッタリとしたカンフースーツを身にまとっていた。

 民子は、すその大きく広がった足首までの黒のロングドレスに、手には木の杖が握られている。

「・・・・」

 全員が全員、無言のまま、自分以外の服装に目をやる。そして、腹の中で思う。

 不自然な位、似合わない・・・と。

 一生は、不自然に腹が飛び出しているし、稔は、一歩間違えれば、おかまバーで働く青年だ。それに、文也にいたっては、ピッタリした服が、彼を余計貧相に見せている。その中で、唯一似合っていたのは、民子だけだった。最も、彼女の場合は、正義の味方というよりも、敵の怪物の中にいそうに見える。はっきり言えば、悪の魔女だ。何も知らない人が、暗闇で彼女に出会うと、きっと恐怖のあまり、気を失ってしまうに違いない。

「・・・あの。頂いといて何なんですが、どうしてもこれじゃないとダメなんですか?」

 メタボな自分の体型が惨めになり、一生は、姿の見えない声の主に尋ねる。見渡してみると、他のメンバーも、今の服装には大いに不満そうだ。

『この世界では、その服装が当たり前です。人間世界の服装では、逆に怪しまれてしまいますよ。直ぐに慣れます。皆さんが無事に帰られる時には、服も元に戻しますから。さあ、お行きなさい。この世界の住人が、あなた達の助けを待っています』

 一生の問いに答えた後で、女は、一つの出口を出現させ、冒険の旅に出るように促す。

 まだ聞きたい事は山程あったが、それ以降は、何を聞いても答えてくれなくなったため、一生達は、渋々、出口から外に出る。

 その途端、扉は音もなく、姿を消す。

「さあ、さいは投げられた。ゲームは始まったが、何とも心もとない・・・」

 一生達が、先程までいた空間に、4人をこの世界に連れて来た、あの女が姿を現し、妖艶な笑みを浮かべている。

「折角の退屈しのぎ、少しは私の事を楽しませておくれ。健闘を祈る」

 旅立った4人にエールを送り、女は、空間から姿を消す。


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