未来に進む為に・・・
「・・・ここかな?」
一人宿屋に残った稔は、宿屋の中を探検し、目的の部屋を探しだし、3階の他の部屋とは隔離された扉の前に立っていた。
そこは、入り組んだ突き当りにあり、客室とは明らかに異なっている。どこか人間世界の自分の部屋に似ているところがある。
「・・・それじゃ。また来るから・・・」
部屋の中で、誰かの話し声がし、稔はハッとした様に身を翻し、近くの空き部屋に潜む。
その直後、食事を盆に載せ、一人の中年の女が部屋の中から出て来る。
「・・・母さん」
相手には聞かれない様な小さな声でつぶやき、稔は、今まさに部屋から出てきた人物を凝視する。
そこにいたのは、さっき街で自分の事を見ていた、母親そっくりのあの女だった。
母親は、外から部屋に鍵をかけ、手つかずの食事を下げ、稔の潜んだ部屋の前を通り過ぎて行く。
その後ろ姿は、毎日、自分に食事を運んでくれていた、母親と全く同じで、やりきれない寂しさで溢れていた。
稔の胸は、締め付けられ、苦しくなる。
あの頃は、自分の事しか考えられず、世の中のものは、全て異物に見えていたが、視点が変わった今では、閉じこもり、全てを拒否していた自分の方が、明らかにおかしい。
母親の姿が完全に消え、廊下に誰もいない事を確認した後で、稔は潜んでいた部屋を出て、問題の扉の前に立つ。
今まで通りなら、この中にいるのは、自分と同じ問題を抱えた、この世界の『ミノル』という事になる。
トントン・・・。
深く深呼吸した後で、稔はその扉を静かにノックする。
しばらく待ってみるが、中からは、何の応答もない。
過去の自分を思い返し、当然だと苦笑しながら、稔は再度ノックをする。
「・・・なあ、中にいるんだろ?」
返答がない事は気にせずに、扉越しに、稔は中の人物に話しかける。
「俺はさ、花形 稔って言うんだ。そう、あんたと同じ名前で、・・・同じ顔。それに、多分、同じ境遇・・・。あんたも、外の人間と自分との間に、埋められない温度差を感じるんだろ?だから、自分の世界にこもった。違う?」
中からは、何の気配も感じられない。
「あんたの考えてる事、俺には分かるよ。でも、それじゃ何の解決にもならいんだ。自分から出てこないと、先には進めない。ここに連れて来られて、仲間と知り会えた。あの人達が、変わる事の大切さを俺に教えてくれたんだ。だから、あんたもさ、ここから思い切って出てみない?」
稔は、しばらくは、相手の返答を待つが、相手からは何の答も返っては来なかった。
扉に耳をあててみるも、物音ひとつ、息使い一つ感じられない。
「答えたくなかったら、それでいいよ。また、話に来るから・・・」
部屋の中にいるであろう人物に、優しく話しかけ、稔は階下の自分の部屋へと戻って行く。
胸の中では、やりきれない思いが渦巻いている。
きっと、母や姉達も、何時も自分に、こういう気持でいたのだろう。
自分の言葉が届かないという事は、相像以上に、虚しいものだ・・・。
「ああ、おかえりなさい」
稔が部屋に戻ると、観光から戻った一生達が既にくつろいでいた。
「稔、何所に行ってたの?」
外には行かないと言っていた、稔の外出を文也は不思議に思い、問いかける。
「ちょっとね・・・。この世界の、自分に会って来た・・・」
文也の問いかけに、稔は寂しそうに微笑み答える。
「それで、会って話は出来たかい?」
「・・・ううん。それが会っては貰えなかったし、話しても貰えなかった」
稔は、民子に首を振って見せる。
「・・・そうかい。まあ、あきらめるんじゃないよ」
民子は、稔の肩を叩き励ます。
「はい。でも、それ以上に、何か不自然な気がして・・・」
全く気配のなかった部屋の中を思い返し、稔は胸の中に引っかかっていた疑問をつぶやく。
自分自身も、4年も部屋にこもりっきりだった。
だからこそわかるのだが、気配はどうやっても、殺しきれるものではない。
それに、姉や母のそっくりさんが、自分を見つめた時の表情も気にかかる。
まるで、幽霊でも見た様な、あの顔・・・・。
極めつけは、母は外から鍵をかけていた。
引きこもりならば、部屋に人は絶対に入れないものだし、鍵ならば、自分で部屋の中からかけ込む筈だ。
「・・・本当に、この世界に、もう一人の俺は存在するんでしょうか?」
一生達を見渡し、稔は胸の中の疑問を吐き出す。
「と言うと?」
「何か、上手くは言えないけど、とにかくおかしいんですよ」
一生の問いには、上手い事答えられず、稔は言いよどむ。
「ここにいなくても、体が悪くて、病院に入院しているとか?」
文也は、思い浮かんだ事を口にする。
「でも、母親が手つかずの食事を持って、部屋から出てきたんだ。『また来る』とも話していたし。だから、部屋にはいるとは思うけど・・・。それに、外からカギをかけていた。相手が病人なら、そんな事はしない筈だ」
病気で療養しているとしても、食事位には必ず手をつける筈だ。
もしかしたら、あの部屋は無人なのかも知れない。
では、何故?そんな演技をする必要があるのか?
「確かに、何かがおかしいね」
稔の言葉を聞き、民子は考え込む。
「どうでしょう?一度、ここの宿屋の人達に、直接聞いてみては?答えて貰えない時は、自分達で調べればいいだけですし。どちらにしても、このままだとすっきりしませんしね」
一生は、稔に提案を持ちかける。時間もそろそろ夕飯時だし、話を聞くにはちょうどいいだろう。
「・・・そうですね」
一生の言葉に、稔は頷く。
そうして一行は、下の食堂に降り、ゆっくりと食事をとる。
混雑が引いた頃、稔は食器の片付けをしていたナミに近づく。
「・・・あの。ちょっと、聞きたい事があるんだけど・・・」
「・・・!」
突然、話し掛けてきた稔に、ナミは驚いていたが、直ぐに微かな微笑を浮かべる。
「・・・お客様、何でしょう?」
「あっ、いや・・・。その、さっき言っていた、俺とそっくりな弟さんが気になって・・・。良かったら、会わせて貰えないかと思って。ほら、自分とそっくりな人って、中々会えないものでしょ」
しどろもどろになりながら、稔はナミに話しかける。
「・・・それは・・・」
稔から視線を逸らし、ナミは返答に詰まり、困った様子。
「・・・それは、出来ません」
スズカが現れ、稔の頼みをぴしゃりと跳ねのけ、ナミに助け舟を出す。
「どうしてですか?もしかして、体調でも崩されているのですか?それでしたら、是非、お見舞いをさせていただきたいのですが」
椅子から立ち上がった一生が、スズカに尋ねる。
「確かに、病気と言えば、そうかもしれません。お恥ずかしい話ですが、弟は決して、人とは会おうとはしないんです。私達家族とさえも、満足に口を聞こうとはしません。ですから、お会いしていただく事は無理かと・・・」
スズカは、言い辛そうに、それだけを答える。
スズカの言葉を聞き、稔は軽くショックを受ける。
大体の予想はしていたが、姉とそっくりな人の口から、自分を否定する言葉を聞くのは、思っていたよりもきつかった。
「ちょっと、そんな言い方は、ないんじゃないかい?確かに、褒められた行為じゃないが、弟さんには、弟さんの考えがあっての事だろうに・・・」
うなだれ、うつむいている稔を見かね、民子が口を開く。
「・・・それは、そうかも知れませんけど・・・。他人にはわからない、家族の問題というものもあると思います」
軽く民子を睨み、スズカは答える。
しかし、その視線は怒りというよりも、悲しみが勝っている様に感じられた。
「あなた達、お止めなさい。お客様、娘達が失礼をいたしました」
2人の娘を諌め、母親が一生達の前に姿を現す。
「ですが、息子の・・・ミノルの事は、そっとしておいてやって欲しいのです。時が経てば、きっと、あの子自身で、解決策を見つけ出すと思いますから・・・」
母親は穏やかに微笑み、一生達に頭を下げる。
「・・・そうですか。こちらこそ、立ち入った事を聞いてしまい、すいませんでした」
それ以上は何も聞けなくなり、文也は、そこでこの話を打ち切る。
結局、この日はこれ以上の話は聞けず、一生達は自分達の部屋に大人しく引き上げて行く。
肩を落とし、去って行く稔の背中を、母親と2人の娘は、見えなくなってもじっと見つめていた。
「お母さん。私、ミノルかと思っちゃった・・・」
スズカが、母を見つめ、話しかける。
「私も・・・。他人の空似なんてレベルじゃないよ・・・」
立ち去って行った稔を思い出し、ナミも頷く。
「何、言ってるの、2人共?ミノルなら、今も自分の部屋でいるでしょ?あの子は、自分の将来の不安を抱えているだけよ。今の人は確かに似てはいるけど、私達のミノルじゃないわ」
母は娘達を見つめ、笑顔で答える。
「・・・そうだったね」
何かを言いたそうにしていたが、スズカは、母の笑顔に何も言えずに言葉を飲み込む。
「お母さん。後は、私達が片づけておくから」
ナミは母の背を押し、食堂を後にする。
スズカはそんな2人を見送り、やりきれない様なため息を漏らした。
「やっぱり、何か変です」
部屋に戻った後で、文也が一生達に話しかける。
「確かに不自然だ。本来なら、人の家庭のデリケートな問題。こっちだって、首は突っ込みたくはないが、せがれ2号の事が絡んでいるとなると、知らんふりは出来ないだろうさ」
稔に視線を移し、民子も頷く。
「気のせいでしょうか?私には、この世界のミノル君よりも、あのお母さんの方が、何故か気にかかりましたね」
一見すると普通だが、どこか現実を見ていなかった母親を思い出し、一生はつぶやく。
「あの・・・。俺ちょっと、散歩して気持ちの整理をして来ます」
それだけを言い、稔は夜の街へと一人でかけて行く。
「いいんですか?稔を、一人で行かせて?」
稔の足音が遠ざかった後で、文也が一生達に尋ねる。
「仕方ないだろう。こういう問題は、自分と向き合うしか、解決方法はないからね。そんな事よりも、私達の方は、こっちの世界のミノルについて、探ってみようじゃないか」
「そうですね」
民子の言葉に、一生は頷く。
一方、夜の街に出た稔は、賑やかな人ごみの中を、目的もなしに歩いていた。すれ違う人々の姿も、賑わう街の声も、今の稔には邪魔でしかなかった。
しばらく、ぼんやりと歩いていると、稔はうっかり誰かとぶつかってしまう。
「・・・あっ、ごめん」
稔は顔を上げ、ぶつかった相手に謝る。
「・・・!ミノル・・・・。」
始めは、ムッとしていた相手だが、稔の顔を見て、見るみる内に顔色が変わっていく。
そこに立っていたのは、稔と大して年恰好の変わらない青年だった。
「・・・?会うのは、初めてだけど、俺の事知ってるの?」
青年の顔を覗き込み、稔が尋ねる。
「・・・いや。ミノルの筈はないよな・・・。だって、あいつは・・・。本当に、心臓に悪いぜ。あんた、昔の知り合いに、生き映しなんだよ」
人違いである事に、安心した様に笑い、青年は胸を撫でおろす。
「あんたの言うミノルって、この先の宿屋の息子の?俺、実はそこに泊まってるんだけど、皆が俺を見て驚くんだ。良かったら、あんたの知ってる事、聞かせてくれない?何か俺、凄く気になっちゃって」
青年が何か知っている事に気づき、稔は人懐っこい笑みを浮かべ頼み込む。
「いや、でも・・・。俺が、話したとなると・・・」
青年は困った様に、口をもごもごさせ、目を泳がせている。
「大丈夫。あんたから聞いたとは言わないし。それに、一杯おごらせて貰うから」
懐から、この国の貨幣である宝石を一粒取り出し、稔はすぐ近くにあるパブを指さし、微笑む。
「・・・絶対に、俺が言ったってのは、内緒にしておいてくれよ」
パブから洩れて来る、肉を焼くいい匂いに喉を鳴らし、青年は稔に念を押す。
「分かってるって。それに俺はただの旅人だから、直ぐにいなくなるよ」
承諾をした青年の手を引き、稔はパブの中に一緒に入って行く。
そうしてそこで、相像していなかった話を、青年から聞かされる事になる。
宿屋に残った一生達は、それぞれに別れ、ミノルの情報を集めていた。
そこに息を切らせ、稔が駆け戻って来る。
「・・・わかりました」
肩で息をしながら、稔は一生達を見渡す。
「私達も、大体は調べがついたよ」
稔を見つめ、民子は静かに話す。
「それで、どうする?このままにしておいてあげた方が、いい事もあると思うけど・・・」
知り得た事実の重さに、文也は秘密は秘密のままがいいと、提案する。
「確かに、文也君の言う事にも、一理あります。どうしたいかは、最後は、稔君が決めて下さい」
一生は、最後の選択を、稔自身に委ねる。
「おやっさんや、文也の言う通り、何も知らないふりをしておいた方が、あの人達には、幸せなのかも知れない・・・。でも、明日に進むためには、お互いに乗り越えなきゃならない壁があると思います。だから俺は、やっぱり・・・」
決意の決まった瞳で、稔は一生達に頷いて見せる。
「あんたがそれでいいなら、私達は協力するよ」
民子は優しく微笑み、稔の頭を撫で、その顔を覗き込む。
「ありがとうございます。明日、あの人達と話します」
その心遣いが嬉しくなり、稔は一生達に頭を下げる。
「何を言ってるんですか。どんな事があっても、一緒に乗り越えて行くのが、仲間というものです。今までもそうして来た様に、これからもそうして行くだけの事ですよ」
優しい瞳で稔を見つめ、一生は微笑む。
民子と文也も、無言で頷く。
そうして夜が明け、次の日の朝を迎える。
母親は、今日も食事を乗せた盆を手に、3階にある例の部屋へと入って行く。
「ミノル、おはよう。ほら、朝ごはんの時間だよ」
カーテンを閉め切り、薄暗い部屋の中で、母親はベットに向かい、笑顔で話しかける。
シャッ・・・!
「・・・!」
その時、部屋中のカーテンが開かれ、部屋の中が一瞬にして光に溢れる。
窓の側には、一生、民子、文也が、それぞれに立ち、母親とベット中を、じっと無言で見つめている。
母親は、突然の出来事に驚き、ただ立ちつくしていた。
「・・・な、何をするんですか!出て行って下さい!」
ベットの中の息子を背に庇い、母親は一生達を睨みつける。
「あんたは、一体、誰を守っているんだい?」
空っぽのベットの中を指さし、民子が静かに問いかける。
「誰って・・・。息子のミノルです」
何もないベットを指さし、母親は叫ぶ。
現実には何も存在はしないが、母親の瞳には、確かに息子の姿が映っているのだろう。
「・・・ねえ、もう止めようよ」
ドアから入ってきた稔が、寂しそうに母親を見つめる。
その後ろに、ナミとスズカの2人も続く。
「・・・ミノル。ああ、勝手に出かけては駄目でしょ。あなたの事は、私が守ってあげるから・・・」
自分に、ゆっくりと近づいて来た稔を抱きしめ、夢と現実の区別がつかなくなった母親は、安心した様につぶやく。
ナミとスズカ、一生達は、いたたまれなくなり、視線を逸らす。
「・・・母さん。俺は、残念だけど、あなたのミノルじゃないよ。だって、あなたのミノルは、もうここにはいないんだから・・・」
母親の腕の中から体を離し、稔は言い辛そうに、静かに話しかける。
「・・・何、言ってるの?ミノルは、ここにいるじゃない・・・。だって、あなたはミノルでしょ?」
稔の頬を撫で、母親は不思議そうに首を傾げる。
「違うよ。俺は花形 稔。顔は一緒でも、あなたのミノルじゃない。ミノルはもう死んだ。その事は、あなたも本当は知っている筈だ!」
昨日、街で聞かされた話を思い出しながら、稔は母親に話しかける。
「違う!違う、違うっ!あの子は、今もここで生きている!」
稔の言葉を聞き、母親は激しく取り乱し、頭を抱え込み、床の上にしゃがみこむ。
「・・・お母さん。もう、お終いにしようよ。その人が言う通り、ミノルは、もういないんだよ。あの日、森で死んじゃったでしょ。私、もうこれ以上は、そんなお母さんを見てるのは、耐えられないよ」
両目に一杯涙を溜め、スズカが母親を覗き込み、話しかける。
彼等の弟のミノルは、一か月前に、森で命を落としていた。
それまでは、稔と一緒の引きこもりで、滅多と部屋から出る事はなかった。
この世界の母親も、ミノルを何とか立ち直らせようと、とにかく必死だったのだ。
毎日の様に息子を説得しては、外に連れ出そうとしていた。
しかし、ある日、事件は起きてしまう。
何時もの様に、2人が口論していると、ふとした弾みで、ミノルは母親の体を突き飛ばしてしまう。 その拍子に、母親は窓ガラスにぶつかり、額と肩を切る怪我をしてしまった。
ミノルは、自分のした事が怖くなり、母親を放置したまま、森へと逃げて行った。
そして、そこでしばらく過ごした後で、冷静さを取り戻し、母親のために薬草を採って帰ろうと考える。
そして、帰る途中に怪物に襲われ、瀕死の重傷を負う。
宿屋に運びこまれた時、彼には、まだ意識があった。
「・・・・かあさん・・・、これ・・・」
ミノルは、心配そうにのぞき込む母親に、最後の力を振り絞り、採って来た薬草を手渡した。薬草は血にまみれ、強く握られていたため、元気なく枯れていた。
「・・・ミノル・・・」
母親は、震える手で、それを受け取る。
「・・・ご・・・め・・ん・・・」
最後に微かに微笑み、ミノルは永遠の眠りにつく。
その瞬間に、母親の中で時間が止まる。
自分の傷のせいで、息子が命を落としたと思い込んでしまい、心が凍りついてしまったのだ。
葬儀を終え、何事もない様に思われたが、ナミとスズカは、次の日から、母の奇行を目撃する事になる。
母は、ミノルがいなくなった事実に蓋をし、今は誰もいなくなった部屋へ毎日食事を運び、無人のベットに向かい話し続けた。
どうする事も出来ず、ナミとスズカは、この1か月、母親に合わせ続けて来た。
いつかは、母が正気に戻る日を信じて・・・。
「・・・して。どうして、そっとしておいてくれなかったの!あなた達には、何の関係もなかったでしょ・・・!」
両目に涙を溜め、母親は一生達を激しく睨む。
一生達には、かける言葉は見当たらない。
「・・・訳ないよ・・・。ほっとける訳ないだろ!息子が死んだ事より、引きこもりでも生きてる方がいいなんて、悲し過ぎるじゃないか!」
母親の前にしゃがみ込み、稔は母親の両肩に手をかける。
「俺だって、元の世界では、外の世界が嫌でずっと逃げてた。その事で、家族には凄く迷惑をかけて来たよ。でも、今ではそれは大きな間違いだったと思っているし、元の世界に戻れたら、ちゃんとやり直したいと考えてる!現実から逃げたって、辛いのは家族で、惨めなのは自分自身だけだ。母さんだって、本当はもう分かってるんだろ?」
母親を覗き込み、稔は話しかける。
「・・・でも、私のせいで・・・」
母親の瞳から、涙が伝い落ちる。
「違う、誰のせいでもない。母さんが受け入れてあげないと、家族がバラバラになるよ。それに、ミノルが採って来た薬草だって、無駄になってしまう。生きているんだから、前を見ないと駄目だ!母さん達の時間は、今も確かに動いているんだから・・・」
稔は、母親の手の上に、ナミとスズカの手を重ね、微笑む。
「・・・ごめん・・・。ごめんね・・・」
母親は2人の娘を抱きしめ、涙声で言い続ける。
「お母さん、もういいよ・・・。今度、ミノルのお墓参りに行こうね・・・」
母を抱きしめ返し、ナミも涙を流す。
母親は、ただ無言で頷く。
稔は涙を浮かべ、3人の様子を見守る。
一生達も、ようやく息子の死を受け入れた家族を、静かに見つめる。
部屋に差し込む暖かい光に、稔の心の氷も、この家族の凍てついた心も、解かされて行く様だった。
その日は、この街にもう一泊し、次の日の朝、一生達は次の場所を目指して旅立つ。
母親とナミとスズカは、ミノルの墓参りの後で、一行を見送ってくれた。
「それじゃ、行ってきます」
母親と握手をし、稔は照れ臭そうに告げる。
「元気で・・・。そして、ありがとう。早く、あなたも帰れるといいわね。何も出来ないけど、あなた達の旅の無事を祈っておきます。また何時でも、ここに立ち寄ってね」
母親は、稔に微笑みかける。
「はい」
稔は元気に返事をし、満面の笑みを浮かべる。
「お世話になりました」
一生は3人に頭を下げ、歩き始める。その後に、民子、文也、稔の3人も続く。
「・・・俺も、生きてたこっちの自分と会いたかったな。まあ、どうせ冴えない引きこもりだったろうけど」
旅を続けながら、稔がつぶやく。
「あんまり、薦められないぞ。自分を見るのは、鏡の中だけで十分だって」
そんな稔に、唯一、自分のそっくりさんと遭遇した、文也が話しかける。
始めてフミヤと会った時は、あまりの情けなさに、涙が出そうになった事が思い出される。
「でも、自分の墓参りみたいで、何か複雑だった。やっぱり、どんな自分でも生きていて欲しいよ」
稔は、空を流れる雲を仰ぎ見る。
「だったら、何が何でも生きて帰って、家族を安心させてやりな」
後ろを振り返り、民子が笑う。
「さあ、次はどんな場所なんでしょうかね」
延々と続く道の先を見つめ、一生は思いを巡らせる。
一行は、自信に満ちた足取りで旅を続けて行く。




