表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

未来に進む為に・・・

「・・・ここかな?」

 一人宿屋に残った稔は、宿屋の中を探検し、目的の部屋を探しだし、3階の他の部屋とは隔離された扉の前に立っていた。

 そこは、入り組んだ突き当りにあり、客室とは明らかに異なっている。どこか人間世界の自分の部屋に似ているところがある。

「・・・それじゃ。また来るから・・・」

 部屋の中で、誰かの話し声がし、稔はハッとした様に身を翻し、近くの空き部屋に潜む。

 その直後、食事を盆に載せ、一人の中年の女が部屋の中から出て来る。

「・・・母さん」

 相手には聞かれない様な小さな声でつぶやき、稔は、今まさに部屋から出てきた人物を凝視する。

 そこにいたのは、さっき街で自分の事を見ていた、母親そっくりのあの女だった。

 母親は、外から部屋に鍵をかけ、手つかずの食事を下げ、稔の潜んだ部屋の前を通り過ぎて行く。

 その後ろ姿は、毎日、自分に食事を運んでくれていた、母親と全く同じで、やりきれない寂しさで溢れていた。

 稔の胸は、締め付けられ、苦しくなる。

 あの頃は、自分の事しか考えられず、世の中のものは、全て異物に見えていたが、視点が変わった今では、閉じこもり、全てを拒否していた自分の方が、明らかにおかしい。

 母親の姿が完全に消え、廊下に誰もいない事を確認した後で、稔は潜んでいた部屋を出て、問題の扉の前に立つ。

 今まで通りなら、この中にいるのは、自分と同じ問題を抱えた、この世界の『ミノル』という事になる。

 トントン・・・。

 深く深呼吸した後で、稔はその扉を静かにノックする。

 しばらく待ってみるが、中からは、何の応答もない。

 過去の自分を思い返し、当然だと苦笑しながら、稔は再度ノックをする。

「・・・なあ、中にいるんだろ?」

 返答がない事は気にせずに、扉越しに、稔は中の人物に話しかける。

「俺はさ、花形 稔って言うんだ。そう、あんたと同じ名前で、・・・同じ顔。それに、多分、同じ境遇・・・。あんたも、外の人間と自分との間に、埋められない温度差を感じるんだろ?だから、自分の世界にこもった。違う?」

 中からは、何の気配も感じられない。

「あんたの考えてる事、俺には分かるよ。でも、それじゃ何の解決にもならいんだ。自分から出てこないと、先には進めない。ここに連れて来られて、仲間と知り会えた。あの人達が、変わる事の大切さを俺に教えてくれたんだ。だから、あんたもさ、ここから思い切って出てみない?」

 稔は、しばらくは、相手の返答を待つが、相手からは何の答も返っては来なかった。

 扉に耳をあててみるも、物音ひとつ、息使い一つ感じられない。

「答えたくなかったら、それでいいよ。また、話に来るから・・・」

 部屋の中にいるであろう人物に、優しく話しかけ、稔は階下の自分の部屋へと戻って行く。


 胸の中では、やりきれない思いが渦巻いている。

 きっと、母や姉達も、何時も自分に、こういう気持でいたのだろう。

 自分の言葉が届かないという事は、相像以上に、虚しいものだ・・・。


「ああ、おかえりなさい」

 稔が部屋に戻ると、観光から戻った一生達が既にくつろいでいた。

「稔、何所に行ってたの?」

 外には行かないと言っていた、稔の外出を文也は不思議に思い、問いかける。

「ちょっとね・・・。この世界の、自分に会って来た・・・」

 文也の問いかけに、稔は寂しそうに微笑み答える。

「それで、会って話は出来たかい?」

「・・・ううん。それが会っては貰えなかったし、話しても貰えなかった」

 稔は、民子に首を振って見せる。

「・・・そうかい。まあ、あきらめるんじゃないよ」

 民子は、稔の肩を叩き励ます。

「はい。でも、それ以上に、何か不自然な気がして・・・」

 全く気配のなかった部屋の中を思い返し、稔は胸の中に引っかかっていた疑問をつぶやく。

 自分自身も、4年も部屋にこもりっきりだった。


 だからこそわかるのだが、気配はどうやっても、殺しきれるものではない。

 それに、姉や母のそっくりさんが、自分を見つめた時の表情も気にかかる。

 まるで、幽霊でも見た様な、あの顔・・・・。

 極めつけは、母は外から鍵をかけていた。

 引きこもりならば、部屋に人は絶対に入れないものだし、鍵ならば、自分で部屋の中からかけ込む筈だ。


「・・・本当に、この世界に、もう一人の俺は存在するんでしょうか?」

 一生達を見渡し、稔は胸の中の疑問を吐き出す。

「と言うと?」

「何か、上手くは言えないけど、とにかくおかしいんですよ」

 一生の問いには、上手い事答えられず、稔は言いよどむ。

「ここにいなくても、体が悪くて、病院に入院しているとか?」

 文也は、思い浮かんだ事を口にする。

「でも、母親が手つかずの食事を持って、部屋から出てきたんだ。『また来る』とも話していたし。だから、部屋にはいるとは思うけど・・・。それに、外からカギをかけていた。相手が病人なら、そんな事はしない筈だ」

 病気で療養しているとしても、食事位には必ず手をつける筈だ。

 もしかしたら、あの部屋は無人なのかも知れない。

 では、何故?そんな演技をする必要があるのか?

「確かに、何かがおかしいね」

 稔の言葉を聞き、民子は考え込む。

「どうでしょう?一度、ここの宿屋の人達に、直接聞いてみては?答えて貰えない時は、自分達で調べればいいだけですし。どちらにしても、このままだとすっきりしませんしね」

 一生は、稔に提案を持ちかける。時間もそろそろ夕飯時だし、話を聞くにはちょうどいいだろう。

「・・・そうですね」

 一生の言葉に、稔は頷く。

 そうして一行は、下の食堂に降り、ゆっくりと食事をとる。



 混雑が引いた頃、稔は食器の片付けをしていたナミに近づく。

「・・・あの。ちょっと、聞きたい事があるんだけど・・・」

「・・・!」

 突然、話し掛けてきた稔に、ナミは驚いていたが、直ぐに微かな微笑を浮かべる。

「・・・お客様、何でしょう?」

「あっ、いや・・・。その、さっき言っていた、俺とそっくりな弟さんが気になって・・・。良かったら、会わせて貰えないかと思って。ほら、自分とそっくりな人って、中々会えないものでしょ」

 しどろもどろになりながら、稔はナミに話しかける。

「・・・それは・・・」

 稔から視線を逸らし、ナミは返答に詰まり、困った様子。

「・・・それは、出来ません」

 スズカが現れ、稔の頼みをぴしゃりと跳ねのけ、ナミに助け舟を出す。

「どうしてですか?もしかして、体調でも崩されているのですか?それでしたら、是非、お見舞いをさせていただきたいのですが」

 椅子から立ち上がった一生が、スズカに尋ねる。

「確かに、病気と言えば、そうかもしれません。お恥ずかしい話ですが、弟は決して、人とは会おうとはしないんです。私達家族とさえも、満足に口を聞こうとはしません。ですから、お会いしていただく事は無理かと・・・」

 スズカは、言い辛そうに、それだけを答える。

 スズカの言葉を聞き、稔は軽くショックを受ける。

 大体の予想はしていたが、姉とそっくりな人の口から、自分を否定する言葉を聞くのは、思っていたよりもきつかった。

「ちょっと、そんな言い方は、ないんじゃないかい?確かに、褒められた行為じゃないが、弟さんには、弟さんの考えがあっての事だろうに・・・」

 うなだれ、うつむいている稔を見かね、民子が口を開く。

「・・・それは、そうかも知れませんけど・・・。他人にはわからない、家族の問題というものもあると思います」

 軽く民子を睨み、スズカは答える。

 しかし、その視線は怒りというよりも、悲しみが勝っている様に感じられた。

「あなた達、お止めなさい。お客様、娘達が失礼をいたしました」

 2人の娘を諌め、母親が一生達の前に姿を現す。

「ですが、息子の・・・ミノルの事は、そっとしておいてやって欲しいのです。時が経てば、きっと、あの子自身で、解決策を見つけ出すと思いますから・・・」

 母親は穏やかに微笑み、一生達に頭を下げる。

「・・・そうですか。こちらこそ、立ち入った事を聞いてしまい、すいませんでした」

 それ以上は何も聞けなくなり、文也は、そこでこの話を打ち切る。

 結局、この日はこれ以上の話は聞けず、一生達は自分達の部屋に大人しく引き上げて行く。



 肩を落とし、去って行く稔の背中を、母親と2人の娘は、見えなくなってもじっと見つめていた。

「お母さん。私、ミノルかと思っちゃった・・・」

 スズカが、母を見つめ、話しかける。

「私も・・・。他人の空似なんてレベルじゃないよ・・・」

 立ち去って行った稔を思い出し、ナミも頷く。

「何、言ってるの、2人共?ミノルなら、今も自分の部屋でいるでしょ?あの子は、自分の将来の不安を抱えているだけよ。今の人は確かに似てはいるけど、私達のミノルじゃないわ」

 母は娘達を見つめ、笑顔で答える。

「・・・そうだったね」

 何かを言いたそうにしていたが、スズカは、母の笑顔に何も言えずに言葉を飲み込む。

「お母さん。後は、私達が片づけておくから」

 ナミは母の背を押し、食堂を後にする。

 スズカはそんな2人を見送り、やりきれない様なため息を漏らした。



「やっぱり、何か変です」

 部屋に戻った後で、文也が一生達に話しかける。

「確かに不自然だ。本来なら、人の家庭のデリケートな問題。こっちだって、首は突っ込みたくはないが、せがれ2号の事が絡んでいるとなると、知らんふりは出来ないだろうさ」

 稔に視線を移し、民子も頷く。

「気のせいでしょうか?私には、この世界のミノル君よりも、あのお母さんの方が、何故か気にかかりましたね」

 一見すると普通だが、どこか現実を見ていなかった母親を思い出し、一生はつぶやく。

「あの・・・。俺ちょっと、散歩して気持ちの整理をして来ます」

 それだけを言い、稔は夜の街へと一人でかけて行く。

「いいんですか?稔を、一人で行かせて?」

 稔の足音が遠ざかった後で、文也が一生達に尋ねる。

「仕方ないだろう。こういう問題は、自分と向き合うしか、解決方法はないからね。そんな事よりも、私達の方は、こっちの世界のミノルについて、探ってみようじゃないか」

「そうですね」

 民子の言葉に、一生は頷く。



 一方、夜の街に出た稔は、賑やかな人ごみの中を、目的もなしに歩いていた。すれ違う人々の姿も、賑わう街の声も、今の稔には邪魔でしかなかった。

 しばらく、ぼんやりと歩いていると、稔はうっかり誰かとぶつかってしまう。

「・・・あっ、ごめん」

 稔は顔を上げ、ぶつかった相手に謝る。

「・・・!ミノル・・・・。」

 始めは、ムッとしていた相手だが、稔の顔を見て、見るみる内に顔色が変わっていく。

 そこに立っていたのは、稔と大して年恰好の変わらない青年だった。

「・・・?会うのは、初めてだけど、俺の事知ってるの?」

 青年の顔を覗き込み、稔が尋ねる。

「・・・いや。ミノルの筈はないよな・・・。だって、あいつは・・・。本当に、心臓に悪いぜ。あんた、昔の知り合いに、生き映しなんだよ」 

 人違いである事に、安心した様に笑い、青年は胸を撫でおろす。

「あんたの言うミノルって、この先の宿屋の息子の?俺、実はそこに泊まってるんだけど、皆が俺を見て驚くんだ。良かったら、あんたの知ってる事、聞かせてくれない?何か俺、凄く気になっちゃって」

 青年が何か知っている事に気づき、稔は人懐っこい笑みを浮かべ頼み込む。

「いや、でも・・・。俺が、話したとなると・・・」

 青年は困った様に、口をもごもごさせ、目を泳がせている。

「大丈夫。あんたから聞いたとは言わないし。それに、一杯おごらせて貰うから」

 懐から、この国の貨幣である宝石を一粒取り出し、稔はすぐ近くにあるパブを指さし、微笑む。

「・・・絶対に、俺が言ったってのは、内緒にしておいてくれよ」

 パブから洩れて来る、肉を焼くいい匂いに喉を鳴らし、青年は稔に念を押す。

「分かってるって。それに俺はただの旅人だから、直ぐにいなくなるよ」

 承諾をした青年の手を引き、稔はパブの中に一緒に入って行く。

 そうしてそこで、相像していなかった話を、青年から聞かされる事になる。



 宿屋に残った一生達は、それぞれに別れ、ミノルの情報を集めていた。

 そこに息を切らせ、稔が駆け戻って来る。

「・・・わかりました」

 肩で息をしながら、稔は一生達を見渡す。

「私達も、大体は調べがついたよ」

 稔を見つめ、民子は静かに話す。

「それで、どうする?このままにしておいてあげた方が、いい事もあると思うけど・・・」

 知り得た事実の重さに、文也は秘密は秘密のままがいいと、提案する。

「確かに、文也君の言う事にも、一理あります。どうしたいかは、最後は、稔君が決めて下さい」

 一生は、最後の選択を、稔自身に委ねる。

「おやっさんや、文也の言う通り、何も知らないふりをしておいた方が、あの人達には、幸せなのかも知れない・・・。でも、明日に進むためには、お互いに乗り越えなきゃならない壁があると思います。だから俺は、やっぱり・・・」

 決意の決まった瞳で、稔は一生達に頷いて見せる。

「あんたがそれでいいなら、私達は協力するよ」

 民子は優しく微笑み、稔の頭を撫で、その顔を覗き込む。

「ありがとうございます。明日、あの人達と話します」

 その心遣いが嬉しくなり、稔は一生達に頭を下げる。

「何を言ってるんですか。どんな事があっても、一緒に乗り越えて行くのが、仲間というものです。今までもそうして来た様に、これからもそうして行くだけの事ですよ」

 優しい瞳で稔を見つめ、一生は微笑む。

 民子と文也も、無言で頷く。

 そうして夜が明け、次の日の朝を迎える。



 母親は、今日も食事を乗せた盆を手に、3階にある例の部屋へと入って行く。

「ミノル、おはよう。ほら、朝ごはんの時間だよ」

 カーテンを閉め切り、薄暗い部屋の中で、母親はベットに向かい、笑顔で話しかける。

 シャッ・・・!

「・・・!」

 その時、部屋中のカーテンが開かれ、部屋の中が一瞬にして光に溢れる。

 窓の側には、一生、民子、文也が、それぞれに立ち、母親とベット中を、じっと無言で見つめている。

 母親は、突然の出来事に驚き、ただ立ちつくしていた。

「・・・な、何をするんですか!出て行って下さい!」

 ベットの中の息子を背に庇い、母親は一生達を睨みつける。

「あんたは、一体、誰を守っているんだい?」

 空っぽのベットの中を指さし、民子が静かに問いかける。

「誰って・・・。息子のミノルです」

 何もないベットを指さし、母親は叫ぶ。

 現実には何も存在はしないが、母親の瞳には、確かに息子の姿が映っているのだろう。

「・・・ねえ、もう止めようよ」

 ドアから入ってきた稔が、寂しそうに母親を見つめる。

 その後ろに、ナミとスズカの2人も続く。

「・・・ミノル。ああ、勝手に出かけては駄目でしょ。あなたの事は、私が守ってあげるから・・・」

 自分に、ゆっくりと近づいて来た稔を抱きしめ、夢と現実の区別がつかなくなった母親は、安心した様につぶやく。

 ナミとスズカ、一生達は、いたたまれなくなり、視線を逸らす。

「・・・母さん。俺は、残念だけど、あなたのミノルじゃないよ。だって、あなたのミノルは、もうここにはいないんだから・・・」

 母親の腕の中から体を離し、稔は言い辛そうに、静かに話しかける。

「・・・何、言ってるの?ミノルは、ここにいるじゃない・・・。だって、あなたはミノルでしょ?」

 稔の頬を撫で、母親は不思議そうに首を傾げる。

「違うよ。俺は花形 稔。顔は一緒でも、あなたのミノルじゃない。ミノルはもう死んだ。その事は、あなたも本当は知っている筈だ!」

 昨日、街で聞かされた話を思い出しながら、稔は母親に話しかける。

「違う!違う、違うっ!あの子は、今もここで生きている!」

 稔の言葉を聞き、母親は激しく取り乱し、頭を抱え込み、床の上にしゃがみこむ。

「・・・お母さん。もう、お終いにしようよ。その人が言う通り、ミノルは、もういないんだよ。あの日、森で死んじゃったでしょ。私、もうこれ以上は、そんなお母さんを見てるのは、耐えられないよ」

 両目に一杯涙を溜め、スズカが母親を覗き込み、話しかける。



 彼等の弟のミノルは、一か月前に、森で命を落としていた。

 それまでは、稔と一緒の引きこもりで、滅多と部屋から出る事はなかった。

 この世界の母親も、ミノルを何とか立ち直らせようと、とにかく必死だったのだ。

 毎日の様に息子を説得しては、外に連れ出そうとしていた。

 しかし、ある日、事件は起きてしまう。

 何時もの様に、2人が口論していると、ふとした弾みで、ミノルは母親の体を突き飛ばしてしまう。 その拍子に、母親は窓ガラスにぶつかり、額と肩を切る怪我をしてしまった。 

 ミノルは、自分のした事が怖くなり、母親を放置したまま、森へと逃げて行った。

 そして、そこでしばらく過ごした後で、冷静さを取り戻し、母親のために薬草を採って帰ろうと考える。

 そして、帰る途中に怪物に襲われ、瀕死の重傷を負う。

 宿屋に運びこまれた時、彼には、まだ意識があった。

「・・・・かあさん・・・、これ・・・」

 ミノルは、心配そうにのぞき込む母親に、最後の力を振り絞り、採って来た薬草を手渡した。薬草は血にまみれ、強く握られていたため、元気なく枯れていた。

「・・・ミノル・・・」

 母親は、震える手で、それを受け取る。

「・・・ご・・・め・・ん・・・」

 最後に微かに微笑み、ミノルは永遠の眠りにつく。


 その瞬間に、母親の中で時間が止まる。

 自分の傷のせいで、息子が命を落としたと思い込んでしまい、心が凍りついてしまったのだ。


 葬儀を終え、何事もない様に思われたが、ナミとスズカは、次の日から、母の奇行を目撃する事になる。

 母は、ミノルがいなくなった事実に蓋をし、今は誰もいなくなった部屋へ毎日食事を運び、無人のベットに向かい話し続けた。

 どうする事も出来ず、ナミとスズカは、この1か月、母親に合わせ続けて来た。


 いつかは、母が正気に戻る日を信じて・・・。

 

「・・・して。どうして、そっとしておいてくれなかったの!あなた達には、何の関係もなかったでしょ・・・!」

 両目に涙を溜め、母親は一生達を激しく睨む。

 一生達には、かける言葉は見当たらない。

「・・・訳ないよ・・・。ほっとける訳ないだろ!息子が死んだ事より、引きこもりでも生きてる方がいいなんて、悲し過ぎるじゃないか!」

 母親の前にしゃがみ込み、稔は母親の両肩に手をかける。

「俺だって、元の世界では、外の世界が嫌でずっと逃げてた。その事で、家族には凄く迷惑をかけて来たよ。でも、今ではそれは大きな間違いだったと思っているし、元の世界に戻れたら、ちゃんとやり直したいと考えてる!現実から逃げたって、辛いのは家族で、惨めなのは自分自身だけだ。母さんだって、本当はもう分かってるんだろ?」

 母親を覗き込み、稔は話しかける。

「・・・でも、私のせいで・・・」

 母親の瞳から、涙が伝い落ちる。

「違う、誰のせいでもない。母さんが受け入れてあげないと、家族がバラバラになるよ。それに、ミノルが採って来た薬草だって、無駄になってしまう。生きているんだから、前を見ないと駄目だ!母さん達の時間は、今も確かに動いているんだから・・・」

 稔は、母親の手の上に、ナミとスズカの手を重ね、微笑む。

「・・・ごめん・・・。ごめんね・・・」

 母親は2人の娘を抱きしめ、涙声で言い続ける。

「お母さん、もういいよ・・・。今度、ミノルのお墓参りに行こうね・・・」

 母を抱きしめ返し、ナミも涙を流す。

 母親は、ただ無言で頷く。

 稔は涙を浮かべ、3人の様子を見守る。

 一生達も、ようやく息子の死を受け入れた家族を、静かに見つめる。

 部屋に差し込む暖かい光に、稔の心の氷も、この家族の凍てついた心も、解かされて行く様だった。



 その日は、この街にもう一泊し、次の日の朝、一生達は次の場所を目指して旅立つ。

 母親とナミとスズカは、ミノルの墓参りの後で、一行を見送ってくれた。

「それじゃ、行ってきます」

 母親と握手をし、稔は照れ臭そうに告げる。

「元気で・・・。そして、ありがとう。早く、あなたも帰れるといいわね。何も出来ないけど、あなた達の旅の無事を祈っておきます。また何時でも、ここに立ち寄ってね」

 母親は、稔に微笑みかける。

「はい」

 稔は元気に返事をし、満面の笑みを浮かべる。

「お世話になりました」

 一生は3人に頭を下げ、歩き始める。その後に、民子、文也、稔の3人も続く。

「・・・俺も、生きてたこっちの自分と会いたかったな。まあ、どうせ冴えない引きこもりだったろうけど」

 旅を続けながら、稔がつぶやく。

「あんまり、薦められないぞ。自分を見るのは、鏡の中だけで十分だって」

 そんな稔に、唯一、自分のそっくりさんと遭遇した、文也が話しかける。

 始めてフミヤと会った時は、あまりの情けなさに、涙が出そうになった事が思い出される。

「でも、自分の墓参りみたいで、何か複雑だった。やっぱり、どんな自分でも生きていて欲しいよ」

 稔は、空を流れる雲を仰ぎ見る。

「だったら、何が何でも生きて帰って、家族を安心させてやりな」

 後ろを振り返り、民子が笑う。

「さあ、次はどんな場所なんでしょうかね」

 延々と続く道の先を見つめ、一生は思いを巡らせる。

 一行は、自信に満ちた足取りで旅を続けて行く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ