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現在、過去、未来

「一体、どういう事だと思うね?」

 フミヤ達の村を立った夜、野宿の場所に辿り着き、民子が口を開く。

「あの怪物の話でしょ?本当なら、何で対立する両者に、願いをかなえる約束なんてするんだろ?これじゃまるで、両方に餌を撒いて、どっちが勝つか見ているみたいだ」

 稔も、ずっと腹の中で抱えていた、もやもやをはき出す。

 あの話を聞いてから、ずっと、何者かの悪意を感じている様な、気がしてならない。

「俺も、稔と同じ考えだ。その『時空の魔女』とやらは、俺達をここに連れて来て、楽しんでいる様にしか思えない。お互いに相手を倒さなければ、この世界から帰れないなんて餌まで撒いて。悪趣味だ」

 文也は、見た事もない『時空の魔女』に、敵意を覚える。

「それに、問題はもう一つ。私達が、倒そうと追いかけている相手は、私達と同じ、人間世界の人間という事になるのでしょう?だとしたら、これは立派な殺人だ。ここに来るまで殺した怪物達にも、生きるためとはいえ、申し訳なく思ってはいるが・・・。何とも、嫌な気分です」

 フミヤの村で、半人半獣の怪物を倒した時の事を思い出し、一生は渋い顔をする。

 動物の姿をしていたから、殺していいという理屈にはならないが、自分達と同じ人の姿の者を殺すなど、考えただけでもゾッとする。

「とは言っても、今ここで、歩みを止める訳にも行かないだろう。あんた達は、どうする?ここで止めて、この世界の住人として、平和な一生を送るかい?」

 一生の言葉に、少し考えた後で、民子は一同を見渡す。

「俺は、嫌ですね。こんな訳のわからない場所で、ゲームにインプットされたキャラクターとしてに生かされるなんて、考えただけでゾッとします」

 稔は、心底嫌そうに首を振り答える。

「確かに、現実の俺は誇れる生き方はしてませんでしたが、やっぱり、元の世界に帰りたいです」

 覚悟を決めた様に、文也は頷く。

「それに、私達が波風のない人生を望んでも、魔王の方がほっては置かないでしょう。ここはひとつ、魔王と話し合いをし、一番いい解決法を探した方がいいと思いますよ。魔王が私達の命を狙って来るのなら、最低限の火の粉は払いながら、進むのがベストでしょう」

 一生の提案に、一同は頷き賛成する。

「それじゃ、皆。これからは人型が増えて、嫌な気分になる事が多くなると思うけど、めげないで頑張って行くよ。それで『時空の魔女』とやらの前に立ち、事の真相を聞かせて貰おうじゃないか」

「「はい」」

 民子の言葉に、稔と文也は、声を合わせ頷く。

「絶対に、生きて元の世界に帰りましょうね」

 決意を新たに、一生は、力強く言い放つ。

 その脳裏には、人間世界に残してきた、妻と2人の子供の顔が浮かんでいた。

 現実世界も理不尽な事の連続だが、少なくとも一生は、愛する者達と共に、本来の自分の世界で戦って生きたいと思う。

 次の日からも、一生達の容赦ない戦いの日々は続く。

 前の村で仲間が殺された事にいきり立った怪物達が、彼等の行く手を阻み待ち構えていたのだ。自分達の明日のために、そして、真実を知るために、一生達はただひたすらに戦い続ける。

 そうこうしている内に、意に介せず、一生達の名声は、勝手に高まって行く。今では、立ち寄る場所場所で、ちょっとした歓迎を受けるまでになっていた。



 偶然、宿を借りるために立ち寄った町で、一生達は珍しく別行動をとる。

 ここは安全な町中、怪物が襲ってくる筈もないので、たまの休日を各自の好きな様に楽しむ事にしたのだ。

 一生は、今は腹がだいぶへっ込みスリムになったため、服の新調に呉服屋へと出かけて行った。ここに来てから痩せたおかげで、以前よりも、かなり若返って見える様にさえなっている。

 稔と文也は、自分達にも使えそうな武器を、探しに出かけて行った。

 民子は、旅の疲れを癒すため、町の温泉へと足を運ぶ。

 辿り着いた温泉は、疲労回復や若返りに効果があると書いてあり、民子は久々の休息に身も心も癒す。

 風呂の中で拾った世間話では、魔王は最近ではこの世界の働き盛りの男を集めて、城の修復をさせているらしい。それ以外でも、各地で配下の怪物が暴れ、深刻な被害も発生しているとか。

 自分の正体は明かさず、一通り噂話に華を咲かせた後で、民子は本日の宿へと戻り始める。



 その途中で、何気なく見た一軒の民家で、凄惨な嫁いびりを見かけた。

 世間知らずそうな若い嫁は、三男の嫁と同じ顔をしていた。姑の方は、随分前に亡くなった、夫の母と同じ顔をしていた。

 先の村の、文也のそっくりさんを思い出し、民子は知らずに苦笑する。


 どうもこの世界は、微妙に現実世界とリンクしているらしい。


「どうかしたのかい?」

 気がつけば、民子は木の下で泣く、若い嫁に話しかけていた。

 嫁は、突然話しかけられ、びっくりした様に、民子を見上げる。そして、まずい所を見られたと、涙をぬぐおうとする。

「ああ、いいよ。泣きたいとけば、素直に泣けばいい。横、座っていいかい?」

 嫁の返事を聞く前に、民子は木の下に並んで座る。

「・・・お恥ずかしいところを、お見せしました・・・」

 しばらくの沈黙の後で、嫁は充血した目で民子に微かに微笑む。

「なあに、誰にでも一度はある事さ。帰る時は、井戸の水で顔を洗って行った方がいい」

 民子は、嫁に優しく話しかける。

「あの・・・。何があったとかは、聞かないんですか?」

 何も聞こうとしない民子に、嫁が不思議そうに話しかける。

「私は、そんなに無粋じゃないよ。最も、あんたが聞いて欲しいのなら、いくらでも聞かせて貰うがね」

「あの・・・。初対面で不躾なのは承知ですが、聞いて貰ってもいいですか?」

 うつむき、遠慮気味に、嫁は民子に頼み込む。

「いいよ。私は、ただここに座っているだけの、通りすがりのおばさんだ。石にでも話すつもりで、心の中の感情を吐き出せばいい」

 そう言い、暖かく微笑む民子に、嫁は深々と頭を下げ、日頃は誰にも言えなかった事を、洗いざらい吐き出す。

 上手く行かない、嫁姑問題。

 姑の味方ばかりして、自分を分かってはくれない夫。

 誰にも理解して貰えない、心の寂しさ。

 初対面の筈なのに、何故だか、心の奥の全てまで、民子に話す事が出来た。

 嫁の話を聞きながら、民子は自分の若かった頃の事を思い出す。

 姿は違うが、この嫁は、紛れもなく過去の自分だ。

 そして、いびっているという姑は、ここに来る前の自分だろう。

「すいません・・・。初対面の方に、愚痴など聞いて頂いてしまい・・・。自分で、何とかします。ありがとうございました」

 全てを吐き出した後で、嫁は本当に申し訳なさそうに民子に頭を下げ、家の中に戻ろうとする。

「ちょっと待ちな。乗りかかった船だ、こんな私でも、少しは役に立てるかも知れないだろ?良かったら、あんたのお義母さんと3人で、お茶でも出来ないかい?」

 立ち去ろうとする嫁を呼び止め、民子は、自分も木の根元から立ち上がる。

「いいんですか?」

「ちょうど、都合のいい事に、私には両方の気持がわかってしまうんだ。いい仲裁役になれると思うよ」

 戸惑う嫁に、民子は微笑む。

「お願いします」

 民子に頭を下げ、嫁は家の中へと案内する。

「おや、帰って来たのかい」

 入ってきた嫁に、姑は冷たい視線を投げかける。 

 その視線に射ぬかれ、嫁は一瞬体を震わし、そのままうつむく。

「こんにちは。お邪魔させて貰うよ」

 嫁の後ろから姿を現し、民子は軽く会釈をする。

「何だい?こんな他人を招きこんで、一体、何をしようというんだい。この性悪嫁が!」

 予期せぬ民子の出現に、姑は怒り狂い、嫁に罵声を浴びせかける。

 その姑の姿に、民子は、自分を徹底的にいじめぬいた、亡き夫の母を思い出す。

 あの人も、全く容赦のない人だった。

「私の名前は、魚住 民子。訳あって、全国を旅している者さ。さっき、そこのお嫁さんと知り合って、お茶に招かれたんだよ。どうだろう、ここはひとつ、女同士でお茶でも飲んでゆっくりしてみないかい?」

 他人の前でも、平気で嫁を罵倒する姑に呆れながら、民子は極力笑顔で話しかける。

 姑は、胡散臭そうに民子を見ていたが、民子に椅子を勧め、自分も椅子に座る。

「それで、あの嫁に頼まれたのかい?姑を説得してくれとでも」

 椅子に座ってからも、姑の態度は一向には良くならない。

「まさか、そんな。私は、旅の者。色んな噂を聞かせて貰いたいだけに過ぎないよ」

 どこまでも疑り深い姑に、民子は半分呆れる。

「・・・お茶をどうぞ」

 沈んだ表情で、嫁は民子と姑の前にそれぞれお茶を置き、自分も空いた席に着く。

「相変らず、不味いね・・・。本当にお前は、何をさせても、満足に出来やしない」

 お茶を一口運んだ後で、姑は嫁を激しく睨みつける。

「・・・すいません」

 射ぬく様な、姑の視線を受け、嫁は落ち込み、肩を落とす。

「そうかね。確かに、少し温いけど、優しい味がするよ」

 お茶を続けて口に運び、民子は嫁に優しい視線を向ける。

「お茶の御馳走のお礼に、私の話を聞いて貰ってもいいかい?私にもね、夫と3人の息子、1人の娘がいるんだ。今は訳あって・・・、離れてしまっているがね。私の姑というのも、凄く厳しい人だった。何をやっても、褒めてさえ貰えなかったさ。おまけに、夫は何も見ないふりをした仕事人間で、家庭の事も、私の事も、1度も顧みた事などなかった。挙句に、今は嫁の味方。何をしても、悪いのは私だってさ」

 そこで言葉を区切り、民子は可笑しそうに笑う。

「・・・あんた。一体、何が言いたいのさ。うちの家庭に、ケチをつける気かい?それとも、人生相談かい?」

 姑は、民子の真意が計れず、苛立った様にしている。

「いいや、そのどちらでもないよ。私が言いたいのは、女の気持ちは、女同士にしかわからないという事さ。例えば、姑さん。あんただって、若い頃は、かなり苦労した口だろ?私の勝手な予想だが、あんたの夫も、あんたの事になんて無関心だった。違うかい?」

「・・・それは」

 若かった頃を思い返し、姑はうつむく。

 確かに、民子が言う通りに、彼女の姑も厳しすぎる人だった。何をしても、何時も否定されていた。今は亡き夫は、何時も母の味方で、自分の言葉になどは、1度たりとも耳を貸そうとはしなかった。

「それに、あんたがお嫁さんにきつく当たるのは、あくまで、躾のつもりなんだろうが、行きすぎは良くない。言葉や優しさが足りないと、善意は悪意としてしかとって貰えなくなる。そうなってしまえば、折角のあんたの気持ちが、全て水の泡になってしまうんじゃないのかい?」

 民子自身、躾とかこつけて、三男の嫁にしてきた対応を思い出し、静かに話す。

「悔しいが、輪廻巡る。人というものは、悲しいかな、自分の受けた仕打ちを、人に返してしまう習性があるようだ。あんたは、きっと優しい人の筈だ。相手にかける言葉一つで、全てを変える事が出来るのは、あんた自身だけなんだよ。あんた、凄く勿体ないよ」

 姑は、先程までよりは穏やかな表情で、民子の話をじっと聞き入っている。

「それから、あんた。勿論、一生懸命やってはいるんだろうが、まだまだ、お義母さんから学ぶ事が、たくさんある筈だよ。若い内は、つい間違った事をしてしまう時もある。そんな時、一番近くで叱ってくれるのは、他ならぬお義母さんだよ。新しい事はそれだけで凄い事だけど、古い事の中にも、生きていく上で大切な知恵がたくさん含まれている。血の繋がりはなくとも、時間があんた達を一つのかけがえのない家族にしてくれる。それなのに、このままボタンをかけ違えたままだと、あんた達は人生を損する事になるよ。それでもいいのかい?」

 民子は、今度は嫁に語り掛ける。

 嫁も、民子の話に静かにじっと聞き入っている。

「・・・なんてね。こんなえらっそうな事を言っても、私も半人前なんだけどね。ただ、自分達の事の様で、見過ごす事がどうしても出来かったんだよ。気分を悪くさせてしまったら、申し訳なかったね」

 民子は、2人に軽く頭を下げ、少し寂しそうに微笑む。

「・・・あんたは、どうして家族と離れているんだい?」

 民子の境遇に興味を持ち、姑が問いかける。

「喧嘩をしたまま、家を飛び出したのさ。皆のためと勝手に思い込み、空回りをして、腹だたしさに動かされるまま、家族とも話そうともしなかった。自分が、どういう気持ちでいたのか、勝手にわかって貰えると思い込んで、言葉で伝えようともしなかった。その結果、仲直りも出来ないまま、今はここにいる。今の私には無理だけど、あんた達には、十分に話し合い、わかり合うだけの時間が与えられている。折角の家族なんだ、お互いにため込まず、言いたい事は言った方がいいんじゃないのかい」

 人間世界に置いてきた家族を、ここに来て初めて思い出し、民子は自分も戻ったら、必ず話し会おうと、一人心の中で誓う。

「そうですね・・・」

 嫁は、尊敬の眼差しで、民子を見つめている。

「・・・悪かったよ。あんたには、随分と失礼な事を言ってしまった」

 姑も、民子に頭を下げる。

「いいや。この答えには、私一人では、到底辿りつけなかった。仲間達がいたから、彼等が私の気持ちを変えてくれた。そして、当たり前だけど、気づかせて貰ったんだ。人は決して諦めさえしなければ、何時でも変わる事が出来ると。勿論、いい方向にも、道を誤れば、悪い方向にもね。生きるという事は、一生の勉強で、正しい答えなんてきっと誰も持ってはいないんだよ」

 2人に見つめられ、民子は照れた様に笑う。

「民子さん。今日という日に、あんたと出会えて良かったよ。確かに、私は驕っていた。人の心など、思いやる事を忘れていた。これからは、思いやりを持って接して行く事にするよ。ありがとう」

 民子の手を取り、姑は晴れやかな笑みを浮かべる。

 そこには、先程までのすさんだ表情は消え失せていた。

「私も、もっと人の言う事を聞いて、自分自身を高めて行きます。自分を思ってくれる、誰かが直ぐ側にいてくれるって、当たり前だけど、実は凄い事だったんですね。とても勉強になりました。ありがとうございました」

 嫁は、民子に感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げる。

「いいや、勉強をさせて貰ったのは、こちらも同じ事。人間は間違いを犯すものだけど、お互いに、自分自身に負けない様に、頑張って行こうね。おっと、もうこんな時間だ。仲間が待っているんで、私はここで失礼させて貰うよ」

 思ったよりも、時間が経っていた事に気づき、礼を述べた後で、民子は急ぎ立ち上がる。

 きっと、帰りの遅い自分を、一生達は案じている事だろう。

 出口まで見送ってくれた2人に手を振り、民子は、今夜の宿屋へと急いで行く。

 振り返ると、2人は穏やかな表情で、仲良く並んでいた。

 あの2人は、もう大丈夫だ。

 あの2人と触れ合った事で、ここに来ても抱えていた、心に刺さったままになっていた針が、完全に抜け落ちた様な気がする。  

 そう、次は私の番だ!

 民子は、嬉しそうに頬をほころばせた後で、生きて人間世界に帰る事を、固く自分に誓う。



「あっ、民子さん。良かった。遅かったから、心配してたんだよ」

 宿屋の入口で待っていた稔が、夕闇の町に現れた民子に安堵のため息を漏らす。

「帰ってきた?良かった、心配してたんですよ。もしかしたら、怪物に襲われたんじゃないかって」

 文也も、不安そうに曇らせていた表情を、僅かに緩ませる。

「悪かったね、心配かけちまって。でも、知りあった人達と、ちょっとお茶をしてただけなんだ」

 宿屋の扉をくぐりながら、民子はどこか晴れやかな表情で答える。

「無事なら、それで良かったです。民子さん?なにかいい事でもありました?」

 上機嫌な民子に、一生が尋ねる。

「温泉に入ったついでに、心の洗濯もしてきたのさ」

 一生の問いかけに、民子はそれだけを答え、にっこりとほほ笑む。

「そうですか、それは良かったですね。それじゃ、皆が揃った事だし、夕飯にでもしましょう」

 何も詳しい事は聞かず、一生は食堂へと向かって行く。

 その後に、民子達も続く。

 一行は、そのまま夕食を済まし、明日の冒険に備え、そのまま眠りにつく。


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