私を敵に回した王太子と公爵令嬢は、名前を呼ばれるたびに転ぶようになりました
「シャーロット・グレイス! お前は男爵令嬢の身でありながら、我が婚約者であるオフィーリアに呪いをかけた!」
ものすごい言いがかりを付けられ、シャーロットは内心で眉を寄せた。
「そのようなことはしておりません」
する理由もございません、と付け加えたかったが、胸の内に秘めておく。
「なんと白々しい……! オフィーリアを害することで、自らが王太子妃になり替ろうと画策したことは既に調べがついている!!」
言いがかりを付けている本人、ジュリアン・ローゼンベルク第一王子は芝居がかった仕草で額に手を当てた。あれは間違いなく己の美貌を自覚している者の仕草だ。まあ、外見は金髪碧眼の麗しい美男子だが、芝居でもないのにそうされると正直冷める。というか、王太子妃と自分で言うとかどうなんだ。お前長男ってだけで、立太子してないだろうに。
その隣で広げた扇で口元を隠し、シャーロットを冷たい目で見据えている公爵令嬢オフィーリア・グランヴィルもまた然り。その巻き毛は燃えるような赤。釣り目がちの瞳は緑。
そのように見据えられては、どのような者でも委縮してしまうことだろう。……が、それが言いがかりであっては、台無しだ。何とも思わないどころか、何やってるんだろう、と頭の隅で考えてしまう。
「証拠はあるのでしょうか?」
呆れを表情に出さないようシャーロットがそう尋ねれば、ジュリアンは「はっ」と鼻で笑った。
「ああ、当然だ。これが証拠だ!」
控えていた従者が差し出したトレイ。
それをジュリアンは受け取り、面々に見えるように掲げてみせる。
「ひっ」
小さく悲鳴があがり、何人かの令嬢が青ざめて顔を逸らした。令息もまた目を見開き、同じく顔を青ざめさせている。
そこにあったのは、人型の木札。その胴体には、オフィーリア・グランヴィルの名前が赤い塗料で記されている。まるで血文字のようなそれは、人々に恐怖と戦慄を与えるには充分過ぎた。
が、シャーロットの表情は変わらない。ふ、と小さく溜息を吐き、目を狭めてみせる。
「人型の木札に名前が書いてある『だけ』に見えますが、それが証拠なのですか?」
「まだシラを切る気か!? お前の魔力痕が検出されている!」
ジュリアンがそう言い切るのと同時に、控えていた宮廷魔術師長が重々しく頷いた。
(ああ、捏造したってことね……)
随分と小賢しいことを、とシャーロットは呆れる他はない。
「これを見てしまったオフィーリアは、高熱を出し、一週間寝込んだ! これを呪いと言わずして何という!?」
それ『呪われている』って思いこんだ故のプラシーボ効果というものでは?
いや、本当にそうだったかも怪しいものだ。捏造した証拠を平気で出してくるのだから。
「わたくし、本当に辛くて……」
「ああ、オフィーリア……」
くらり、とふらつくオフィーリアの身体を優しく抱き寄せるジュリアン。
一枚の絵画のように美しい光景だが、そこだけスポットライトが当たっているように見えるのは、本人たちも自覚済みだろう。
何を見せられているのだろう、とシャーロットはこめかみを手で押さえた。
「それらが本当のことならば、殿下はわたくしにどのような処遇をお求めでしょうか?」
「本来であれば家を取り潰しの上処刑、もしくは魔力封じの印を身体に刻んで追放だが、」
勿体ぶるかのように一旦切られた言葉に、ざわり、と周りが騒めいた。
それにジュリアンは満足げな笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「だが、我々にも慈悲がある。我が国のためにその身と能力を捧げろ。ああ、休日や報酬が発生すると思うな。お前が犯した罪を償うまで、国のために尽くせ」
それが目的か、とシャーロットは目を狭める。
シャーロットの家、グレイス家は代々豊富な魔力を持つ者を輩出してきた。他者とは比べ物にならないほどの膨大なそれを、グレイス家の人々は有効に活用。
大規模な魔獣の群れを退け、干ばつに苦しむ領地に水を引き、国境を脅かす巨大な魔物を討伐。
その功績が認められ、平民でありながら当時の陛下から男爵位を得るに至った。
そして長い年月を経ても未だ男爵位のままなのは、理由がある。それは単純に、動きやすいからだ。
身分が高位になってしまうと、領地の管理経営や、王宮での政務や社交、他家との付き合いにも多くの時間を割く必要がある。
それはグレイス家の者たちが、最も苦手とすることだった。
下位の男爵位であれば、王家からの命を受けることにも、領地を離れて魔術師として活動することにも、左程大きな制約はない。
必要な場所へ行き、必要な力を振るうこと。
それがグレイス家に代々受け継がれた魔力の使い方だった。
(まあ、爵位を授けたのは、グレイス家をこの国に留めて置くという打算も働いていたんだろうけど……)
先々代の陛下の教えは、どうやら第一王子には伝わっていなかったようだ。
現陛下と王妃は隣国へ視察中。
(最近になって、国からの報酬を減額するようにほのめかされていたんだけど、まさかこんな形で解決しようとするなんて)
まさに悪手としか言いようがない。
話し合いの場を設けろよ、その口は飾りかよ、とやさぐれそうになる。
沈黙を保ったままのシャーロットをどう思ったのか、ジュリアンは「はっ」と鼻で笑った。
「言っておくがな、先日礼にと送ったその腕輪は、『魔力封じ』の術式が刻まれている」
「……」
シャーロットが反射的に己の腕に嵌めたそれに手をやれば、ジュリアンはくつくつと笑った。オフィーリアもまた、扇から覗く緑の目を細め、くすくすと肩を揺らしている。
「それでは得意の魔法も使えまい。さあ、大人しくこの国に生涯尽くすことを誓え!」
「あ、お断りします」
瞬間。
パァン!!
大きな音と共に、魔力封じの腕輪が弾けた。
「なっ……! そ、それは宮廷魔術師総出で魔力を込めた筈……」
「随分と侮られたものですね。だからこそ、それに見合った『報酬』を頂いていたというのに、それすら知らなかったとは……」
ワザとらしく肩を竦めてみせれば、ジュリアンの顔が屈辱に歪んだ。
「捕らえよ!!」
騎士たちが一斉に襲い掛かる。
が。
「はい、おそーい」
バシィッ!!
シャーロットを中心にドーム状に展開された結界によって弾き飛ばされた。
「ああ、攻撃魔法もかけない方が良いですよ。そっくりそのまま術師の方に返されますから」
その言葉に、魔術師たちは悔しそうに杖を収めることしかできない。
それを目を狭めて見返しつつ、シャーロットは檀上の2人へ顔を向けた。
「冤罪を着せて労働を無償化? 相当図々しいことを仰っているという自覚がございませんの? それでも王家の一員なのですか?」
「黙れ!!」
「あと、わたくしが王太子妃になりたいと? 冗談も程々にしてくださいな。貴方の配偶者になりたいなんて、天地がひっくり返っても思うことはありません。思っただけで鳥肌が止まりませんわ」
「黙れと言っている!」
真っ赤な顔で喚くジュリアン。オフィーリアもまた顔を屈辱に染めて、扇を握り締めている。
折角の美形が台無しだ、とシャーロットはくすりと嗤う。
「まあ、礼としてこんなものを贈って来た時点で予想はしてましたがね」
「なっ、お前、腕輪に魔力封じの術が込められていると」
「分かっているに決まってるじゃないですか。我が家は魔術師ですよ? ほぼ全ての魔術に精通しているのは当然です」
シャーロットはくすくすと笑って言葉を続けた。
「話し合いの場も設けずこのような愚行に出られるとは、グレイス家を軽んじるにも程があります。よって」
懐に入っていた扇を取り出し、ぽとり、と床に落とす。
バキィッ!!
それを容赦なく踏みつけ、シャーロットは告げた。
「今、この時をもってグレイス家は爵位を返上し、国の管轄から抜けます」
「なっ……!」
ジュリアンは目を見開き、はく、はく、と声にならない声をあげた。
「そのようなこと、許しませんわ!!」
代わりにと思ってか、オフィーリアが叫ぶ。
「別に許されなくても大丈夫です。というか、もうお2人に『呪い』をかけましたので、どちらにしろ爵位返上は免れませんね」
「はあっ!?」
驚愕の叫び声をあげる2人に、シャーロットは口角を吊り上げた。
「ちなみに、あの木札じゃ呪いなんかかけられませんよ。もっと複雑な手順が必要なんですよ、呪いって。まあ、そういうのって禁書扱いになって殆ど焼かれてるから、此処の魔術師さんが知らなかったのも仕方ないですけどぉ」
今度は魔術師たちの顔が屈辱に歪んだ。
忙しいことで、と思いながらシャーロットは言葉を続ける。
「言いがかりの内容も、もちろん把握済みでした。ウチって結構人脈あるから、王家が何企んでるとかすぐに入って来るんですよねー。だから『本当に』呪いをかけてあげました。発動条件は『腕輪が外れたら』」
床に落ちた腕輪の残骸は、シャンデリアの光を浴びて、鈍く光っていた。
「なっ……仕返しのつもり!?」
「そうですよ」
オフィーリアの叫びに、シャーロットはあっさりと頷く。
「むしろ、何でやり返されないと思ったんですか? 自分が公爵家だからって、下位貴族と平民見下して良いって思ってんですか?」
「……っ!」
ばきり、と。
オフィーリアの手の中の扇が鳴った。
「で、どんな呪いをかけたかというと」
シャーロットはにっこりと笑う。
「『本人を指す呼び方をされると転ぶ呪い』です」
しん、と辺りが一瞬だけ静まり返った。
「は……」
ジュリアンから気の抜けた声が零れる。
「何かと思ったら……。なんてつまらない呪いなの? 大したことないじゃない」
「ああ、心配して損をしたよ」
気を取り直したオフィーリアに追従するかのようにそう嘲笑うジュリアン。
だが。
「そうですかね? 『ローゼンベルク殿下』」
シャーロットがそう呼んだ。
瞬間。
ばたん!
「ぎゃっ!」
ジュリアンがその場で盛大に転んだ。しかも受け身も取れずに、床へと盛大に顔を叩きつけられる転び方で。
「なっ!? 『ジュリアン』、だい」
「ぎゃあっ!!」
転んだ状態だというのにまた転び、ジュリアンは連続で顔を床に叩きつけられる。
「おやおや、さっき言ったでしょう? 気を付けないと。『グランヴィル様』」
ばたん!
「ぎゃんっ!!」
オフィーリアもまた盛大に転び、床へと頭を叩きつける。
「こ、このっ……この私になんという……!」
「『ローゼンベルク殿下』」
ばたんっ!!
よろよろと起き上がる前に呼ばれ、盛大な音をたてて転ぶジュリアン。
「は、早く何とかしなさいよっ、もう平民の分際で、この私にっ……!」
「『グランヴィル様』」
ばたんっ!!
同じくまた転ぶオフィーリア。
その光景にシャーロットは口元に手をあてて高笑いをしてみせた。
「あっはっはっは! どんな気分ですかぁ? 散々見下した相手に呪いかけられるってぇ~」
「その口を」
「『ローゼンベルク殿下』」
ばたんっ!
「『グランヴィル様』」
ばたんっ!
「『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ローゼンベルク殿下』、『グランヴィル様』、『ジュリアン』『、オフィーリア』、『ジュリアン』『オフィーリア』、『ジュリアン』『オフィーリア』、『ジュリアン』、『オフィーリア』、『ジュリアン』、『オフィーリア』、『ジュリアン』、『オフィーリア』、『ジュリアン』、『オフィーリア』」
その名を呼ぶ度に、ばたんっ、ばたんっ、と2人の身体は転んだ。転ぶというより、最早床をのたうちまわっているようにみえる。
「ぎゃっ! やめ、やめろっ、ぐあっ、やめてくれぇ……!」
「ぎゃんっ! やめて、やめて、よおぉ……!」
2人の悲鳴に懇願が混じり、周りからも小さな悲鳴があがる。
とりあえず気が済んだシャーロットが名を呼ぶのを止めた頃、2人はもうボロボロだった。
衣服はあちこちがほつれ、酷いところは破れている。ドレスを着ているオフィーリアは、スカートの部分が大きく裂けてしまっているようだ。さらにむき出しの二の腕には、擦り傷や痣が出来ている。
そして2人の顔もまた、頬や額に擦り傷と大きな痣ができており、鼻血が垂れている。涙と鼻血でぐちゃぐちゃのその顔は、かつての美貌は見る影もない。
「あっはっはっは! 大方、陛下のいない間に自分が何とかしようって名乗り出たんでしょう? それがとんだ悪手を打って大失敗とか。浅知恵にも程がありますよ。本当に王族と公爵家の生まれなんですかぁ?」
図星を突かれたのと屈辱で、2人の顔が歪み、赤く染まっていく。
また立ち上がりそうになるところを。
「『ジュリアン』、『オフィーリア』」
ばたんっ!
また転んだ2人に、シャーロットは肩を竦めた。
「学習能力ないですねぇ。じゃ、私はこれで失礼します」
「ま、待て! 呪いを解け!」
「は? 嫌ですけど?」
素っ気なく断りつつ、取り出した転移石に魔力を込める。
「まあ、冤罪着せたことと、無報酬でこき使おうとしたことを、土下座で謝罪したら考えても良いですよ。……私を探し出せたら、の話ですけど」
輝く転移石をこれ見よがしに掲げながら、シャーロットは口角を吊り上げてみせた。
「家族は呪いの発動と同時に家を出ておりますので行っても無駄ですよ。爵位返上の書類は送りますから、手続きはしておいてくださいね。ああ、それと誰かが呪いを解いた場合、ですが」
ちろり、とその視線が動く。
「その場合、『身代わり』に呪いがかかるようになってるんで。ちなみにそれは人間ですが、どなたかは教えません」
ざわり、と会場中が不穏に騒めいた。
「自分が可愛いなら、手を出さない方が良いですよ。まあ、それ以前に解けるとは思えませんが」
ちらり、と魔術師たちにワザとらしく視線を向けてやれば、屈辱と恐怖で複雑そうに顔を歪めていた。
それに内心で高笑いをしつつ、シャーロットはジュリアンとオフィーリアに視線を戻す。
「では、ごきげんよう。『ジュリアン・ローゼンベルク』『オフィーリア・グランヴィル』」
ばたんっ!!
「ぐべっ!」
「ぎゃうっ!!」
転んで再び顔面を強かに打った2人に目を細めつつ、シャーロットは転移石の発動と共に姿を消した。
その後。
ジュリアンは王位継承権を剥奪。
「私が提案したのは、あくまでもグレイス家との話し合いだ。それをすることをなく、冤罪を着せて無報酬で働かせようなどと……グレイス家を完全に敵にまわすようなことをするなど何を考えておるのだ!!」
陛下の怒りを買い。
「呪いを解くまで戻ることは許さん!!」
と、文字通り王城から叩き出された。
そしてオフィーリアもまた。
「殿下の愚か極まりない提案を受け、それに加担した挙句グレイス家を敵に回すとは! 今この時をもって、お前を除籍する!」
と、グランヴィル公爵から同じく切り捨てられ、屋敷から叩き出された。
同じ呪いをかけられた者同士手を取り合って……とはいかず。
なんで私がこんな目にあっているんだ、と理不尽な怒りを爆発させては、互いの名を呼んでは転ばせあうという、何とも不毛なことをやっている。
呪いを別の魔術師に解かせようにも、自分が『身代わり人形』にされるかもしれないから、と恐怖して受けてもらえない。
「これじゃ見つけられる前に、アイツらが死ぬ方が早いかもねー」
その様子を小型の水晶玉で確認したシャーロットは、目を細めつつ呟いた。
すっ、と手を振って映像を消し、傍らに置かれたカップに手を伸ばし、口を付ける。
「はあ、おいし」
こうやってのんびりする時間も、何年ぶりだろう。
王宮からの『依頼』が引っ切り無しに来ていたから、家族全員がそれに忙殺される日々が続いていた。
だが、これからはその必要はない。
自分のペースで依頼を受けることが出来るから、随分と楽になった。
家族とは遠隔魔法を使って連絡を取れるし、転移石もあるから何時でも会いにいける。
必要な場所へ行き、必要な力を振るうこと。
その教えを実行できている今を、大切にしよう。
シャーロットは紅茶を飲み終えたカップを静かに置き、立ち上がった。
(終)




