第三話 その行列、エモにつき。
噂とは瞬く間に広がるものだ。
俺が部室に到着した時、そこには先日までとは明らかに違う光景が広がっていた。
「……陽葵。これは一体……」
「あ、善くん遅ーい!ほら、お客様がこんなに並んでいるんだよ。#代筆部#恋の駆け込み寺#ポエマー善」
部室の廊下には、どこかで見たような顔ぶれが__いや、行内のあらゆる「拗らせたらしい奴」が、期待と不安の入り混じった表情で列を作っていたのだ。
先頭に並んでいるのは……たしかサッカー部のエース。その隣には、化学部の……無口な奴だったかな……。
「結城君が書いた『ねぇ』から始まる手紙で、あの猛者が乙女になったって本当か……?」
「引き裂かれた交換日記を『愛のバイブル』に変えたんだって?……本当なの?」
俺は、扉に掛けた手を震わせた。
……違う。俺がやりたかったのは、日本語の美しさを守ることだ。
なのに、俺の「謹啓」や「慙愧」といった矜持ある言葉たちが、陽葵の魔改造によって全校生徒をエモの渦に叩き込む特効薬として崇められている。
「……善くん、何してるの?早く万年筆を持ちなよ。次の依頼はサッカー部の彼。マネージャーに想いを伝えたいんだって」
「……陽葵。俺の出る幕はない。お前がエモに汚染された文章を考えろ……」
「ダメだよ!善くんが一度、あのおじいさんみたいなガチな文章を書いてくれないと、私のプロデューサー陽葵としての『深み』が出ないんだってば!」
俺はため息をつき、椅子に座った。
もはや抵抗は無意味なのかもしれない。俺が真剣に書けば書くほど、陽葵の魔改造は輝きを増し、犠牲者……いや、幸せな勘違い野郎たちが増えてゆくのだ。
「……分かった。書けばいいんだろ、書けば」
俺は万年筆を握りしめた。
今日の俺の活動は、サッカー部エースの熱い思いを「百人一首」並みの重厚さまで引き上げて、それを陽葵が「#ゴールは君の胸の中」に叩き落すのを見届けることだ。
__俺の元文芸部としての誇りは、今日もどこか遠い空のかなたに消えていくのである。




