第二話 その謝罪、エモにつき。
「伝説の代筆部……あの、校門前の熱ーい友情(?)を取り持ったのは、こちらだと伺いました」
部室の扉を控えめに叩いて入ってきたのは、図書委員の鈴木さんだった。彼女が震える手で机の上に置いたのは表紙に可愛らしい猫のシールが貼られ、しかし無残にも中央から引き裂かれたノートの残骸であった。
「こ、これ、親友の田中 マリちゃんと続けていた交換日記なんです。でも、先日私が彼女の大好きなラノベを……その……あの余りに非論理的で低俗だと批評したら……彼女泣きながら……結局こうなってしまいました。……もうナミの言葉なんか要らないって言われて……」
鈴木さんは涙を浮かべていた。
これだ!……これこそが、俺、結城 善が本来扱うべき、言葉の重みを知る者同士の紛争だ。剛田のような「脳筋」や鮫島のような「心外な愛」ではない。
「分かった、鈴木さん。君の真面目過ぎる性格が、言葉を少し鋭くしてしまったようだね。君は彼女の感性を否定したかったのはなく、単に文学的見地から意見を述べただけに過ぎないことを、俺が代わって『絶対に誤解されないような謝罪文』として綴ってみせよう。いや、綴ってみせる」
俺は愛用の万年筆を取り出した。背後には『プロデューサー陽葵』が「ねぇねぇ、ハッシュタグは#涙の仲直り?それとも#エモい友情?」と騒いでいる。……ええい、無視だ。二度と俺の大事な原稿を汚されてたまるものか。
俺は、鈴木さんの知性と誠実さを守るために一文字一文字に魂を込めて謝罪文を書き上げた。
謹啓 田中様
先日は私の浅学菲才ゆえ、貴殿の愛読書に対して不躾な言動を弄した事を深く反省しております。
私の意図は、貴殿の感性を毀損することにあらず、単に一方的な文芸批評を呈したに過ぎません。
しかし、それが親愛なる友の心を傷つけた事実は動かしがたく、慙愧に堪えません。
つきましては、今一度対話の機会を賜りたく、不肖ながら、返信をお待ちしております。
謹白
鈴木 奈美
(よし……出来た。これだ、これならば、論理的に非を認めつつ、相手への敬意も完璧に表現されている。誤解の余地など微塵もないぞ)
俺は満足感に浸り、書き上げた原稿を鈴木さんに渡そうとした……だがその瞬間「ちょっと失礼!」という軽やかな声と共に、俺の手から原稿が奪い去られた。
「だーめだよっ、善くん!……こんなおじいちゃんの詫び状みたいなの送ったら、余計に『理屈っぽい!』って嫌われちゃうよっ。あのね、女の子の仲直りには、うーん、もっとこう、胸がギュッとなる『エモ』が必要なのよ!」
「待て、陽葵っ!返せ!それは俺の……元文芸部の誇りだぞ!」
俺の制止も聞かず、陽葵はピンク色のペンを鮮やかに走らせ始めた。
「鈴木さんも、こんな難しい言葉じゃなくて、本当は『大好きだよ』って言いたいんでしょ?プロデューサー陽葵にお任せよっ!」
鈴木さんは呆然と立ち尽くし、俺は絶望に膝をついた。
こうして俺の入魂作は再び破壊神の手によって「劇物」へと変換されていくのであった。
鈴木さん書いてたら『航聖』が浮かんでしまった。反省。




