第二話 その感謝、エモにつき。
「おはよう、善くん。今日も世界はエモに満ちているね」
翌朝、部室の扉を開けるなり、神崎 陽葵のハイテンションな声が降ってきた。
俺、結城 善は目の下に深い隈を作ったままパイプ椅子に座っている。
「……陽葵、頼むから朝からハッシュタグが透けて見えるような喋り方はやめてくれ。俺は昨夜から自分の書いた『拝啓』が『ねぇ』に変換される悪夢を見続けているんだ。
「え?__でも、結果オーライじゃん!暴力で解決するはずだった二人が今や『魂のパートナー』なんだよ?#代筆部#愛の平和賞」
陽葵がスマホで昨日の決闘(?)写真を撮っていた。
__夕日の中、巨漢二人が手を取り合う軌跡の一枚__を陽葵が部室の掲示板に貼ろうとしたその時だった。
ドガァァァン‼
昨日よりも数段激しい衝撃と共に、部屋の扉が「破壊」に近い勢いで開かれた。
「結城よ……いや、先生!お礼に来たぜ」
入ってきたのは、柔道部の剛田だ。その表情は、今朝の太陽よりも眩しく輝いている。
「あれから俺は鮫島と朝まで語り合ったんだ……あいつは、俺がずっと悩んでいた寝技の切れのなさを、たった一言で解決しやがった」
「……ね、寝技?」
俺は真っ青になった。
多分だが、鮫島の方は、完全にラブレターの文脈で剛田にアドバイスしたはずだ……それなのに、この筋肉ダルマ(剛田)は、それを「新しい寝技の極意」として受理してしまったに違いない。
「鮫島はこれから俺の専属スパーリングパートナーだ。先生!最高の縁を繋いでくれてありがとうな!」
剛田はあわただしく去っていった。剛田を見送りながら、陽葵が嬉しそうに見送っている。
「……ね?善くん。誰も傷つかないし、むしろみーんな幸せ。これこそが、プロデューサー陽葵の腕の見せ所だよ」
「……陽葵、あいつら多分どっかで致命的な衝突を起こすぞ。主に『お前の言葉の意味』でだ。……言っとくが俺の責任じゃねえからなっ!」
それよりも、俺の「代筆部」に変な噂が広がり始めていた。
俺の嫌な予感は、結構当たることが多い。
数日後、部室の扉が、今度は控えめに、しかし切実なリズムで「コン、コン……」とノックされた。
「……あのぅ、失礼します。ここが、どんな険悪な仲でも一瞬で『エモい関係』にして下さるという、伝説の代筆部でしょうか?」
「……はい?」
陽葵が俺を押しのけ前に出る。
「はい、プロデューサー陽葵こと神崎 陽葵です。#ご依頼有難うございます!善くん、万年筆を用意して。次の素材、入りましたっ!」
「おいっ!」
俺は天を仰いだ。
ポエマー善の不名誉な歴史に、また新たな一ページが加わろうとしていた。




