第一話 その果たし状、エモにつき。
言葉は、正しく使われなければならない。
中学時代(今もだが)文芸部だった俺こと結城 善がその心理を骨の髄まで叩き込まれたエピソードがある。
中学二年の秋の話だ。文芸部員として純文学を愛読する地味な中学生だった俺は、放送部の幼馴染
神崎 陽葵に「昼休みに放送する脚本を書いて欲しい」と泣きつかれた。
お人よしだった俺は、友情の機微を綴った格調高い脚本を書き上げた(つもりだった)が、本番直前に陽葵の計略でマイク前に引きずりだされた。
参考の為に原文を書いておく。舞台は夕暮れの教室。二人の友情、卒業前の別れの会話だ。
A:「窓際の席……お前の横顔が西日に溶けてゆくようだ」
B:「ああ、この時間が終われば、俺たちは別々の道を歩むことになる」
A:「伝えたい言葉はあるが、今は言うまい……この沈黙こそが、俺が友へ贈る言葉だ」
B:「友よ、次にお前の心の扉を叩くものがいたら、迷わず開けてやれ」
そして、放送前に陽葵に魔改造され、読まされた原稿がこれだった。
(何だよっ!……これ、俺の書いた脚本と全然っ違うじゃねえかっ!!)
否定する間もなく、陽葵は合図を出し、超スローテンポな失恋ソングが流れ出す。
A:「窓際の席。君の横顔が、琥珀色に溶けてゆく」
給食のカレーを食べていた各教室に俺の声が響き渡る。放送室の向こう側から微かにざわつく声と「……は?」という冷たい空気、忍び笑いが漏れ出すのが肌で感じられた。
A:「#伝えたいけど、伝えられない……ねぇ君は、僕の心をノックしてくれる……よね?」
読み終えた瞬間に残ったのは、全校生徒による猛烈な嘲笑だった。
「今のって一体何⁈……結城マジで痛すぎるよね?」
「『琥珀色に溶ける』って、カレーのことか?(笑)」
「『ポエマー善』爆誕じゃん。明日からまともに顔を見れないわ(笑)」
あの日、俺の文芸部としてのプライドは、給食のカレーライスと共に飲み込まれたのだ。俺にとっての「エモい」という言葉は、己の尊厳を破壊する呪文となったのだ。
__そして現在、私立高校の一室。
俺は陽葵が勝手に立ち上げた非公式の『代筆部』という部室のパイプ椅子に座っているというわけだ。部員は二人だが、陽葵が幽霊部員を集めたので書類上では五人はいる(はず)。
「善くん、また遠い目をしていたね?さてはあの『琥珀色に溶ける』を思い出していた?」
隣でケラケラと笑うのは、あの時と変わらぬ破壊神・陽葵だ。
「陽葵、お前のせいで俺は今でも『琥珀色』と聞くだけで、動悸がする。『二度と俺の言葉に触るな』と言ったはずだ」
「えー?善くんの書く文章って素敵だけど……ただちょっと今どきの空気感が足りないんだよね?だからこうして私がプロデュースしてあげてるんじゃん」
俺がこの不名誉な活動を続けているのは、陽葵がこれ以上世の中に「琥珀色の被害者」を増やすのを防ぐためだ。彼女に筆を持たせれば、どんな真面目な相談も一瞬で「キラキラした地獄」に変換される。俺はそれを阻止するための、言葉の防波堤を作るのだ。




