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モーニング

作者: ほんじじ
掲載日:2026/02/14

 新入社員の本田高志。

 真面目でおとなしい性格。言われたことはきちんとやるが自分から前に出ることはほとんどない。いわゆる小心者だ。


 ある日、先輩社員と一緒に取引先へ向かうことになった。翌朝自宅から直行し、郊外の駅前で待ち合わせる約束だ。遅れては大変だと、高志は三十分も早く到着した。


 だが、約束の時間になっても先輩が来ない。

 小さな駅で改札はひとつしかない。


「おかしいなぁ……」


 そのとき電話が鳴った。


「悪い、ちょっと遅れる。角に喫茶店あるだろ? そこで待ってて」


 喫茶店。

 高志はごくりと喉を鳴らした。


 実は喫茶店に入ったことはほとんどない。

 牛丼屋やカレー屋のように食券を買う店は平気だが、店員と会話が発生する店は苦手だ。以前有名チェーンに入ったときも、前の客が「ダークモカなんとかフラペチーノ」と注文しているのを聞いて怖くなり、そのまま店を出たことがある。


 しかも今日はもうひとつ問題があった。

 財布に金がない。給料日は明日。昨日から何も食べていない。


 財布の中身を確認する。

 三百九十円あった。


 店先の黒板に「モーニングコーヒー350円」と書いてあるのを見つけたとき、高志は心の中で小さくガッツポーズをした。


 いける。三百五十円なら大丈夫だ。

 深呼吸して入店。空席に座ると店員がやってくる。


「モーニン……」


 言い終わらないうちに店員は去っていった。察してくれたのだろう。ありがたい。

 ところが、数分後に運ばれてきたのはトースト、ミニサラダ、ゆで卵、そしてコーヒー。


(え? え? え?)


 どう見てもセットだ。

 だが自分はモーニング“コーヒー”を注文したかったのだ。

 これはモーニング“セット”だ。


(僕の注文はセットじゃないんだ・・・)


 小心者の高志は声に出してそれが言えない。席でもじもじしながら考える。


(どうしよう・・・どうしよう・・・)


 コーヒーだけでも三百五十円する。


(セットはいくらなんだ……?)


 そんなことを考えるも答えは出ない。

 とにかく先輩が来たら立て替えてもらおう。

 腹をくくろう。

 そう決めると空腹が勝った。


 昨日から何も食べていない高志は、トーストもサラダも卵もぺろりと平らげた。


「おいしかった……」


 そこへ電話。


「悪い、間に合わない。先に一人で行って話しておいてくれ。三十分遅れくらいで着く」


 えええええ――。


 立て替えは? 支払いは? もう食べちゃったのに?


 もう取引先どころではなかった。

 とは言え、時間は待ってくれない。

 こうなったらお店の人に正直に言うしかない。

 無銭飲食のつもりはありません。

 必死で言えばわかってくれるかもしれない。


 意を決して立ち上がりレジに向かう。

 店員さんがレジを打つ。


 チン。


「350円です」


「……え?」


「350円です」


 震える手で三百五十円を払い店を出た。


 確かにセットだった。

 だが値段は三百五十円。


 きつねにつままれた気分のまま取引先へ向かい、先輩も到着して仕事は無事終了。

 帰り道、勇気を出して先輩に打ち明けると先輩は腹を抱えて笑った。


「本田、大丈夫だ。安心しろ」


 そう言ってまた大笑いした。


 この地域ではモーニングといえばセットが出る。

 コーヒーを頼んでも、当たり前のようにトーストと卵がついてくる。


 それを知ったのはずいぶん後のことだった。



 終


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