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2-3 愁嘆場

 ミリア・アヴィニアはスークの言う通り、カフェで本を読んでいた。黒髪のショートカットで、凛々しい目つきが印象的な美人だった。怠助とスークもカフェに入り、彼女に気づかれないように後ろのテーブルに座った。そうして尻込みするスークの尻を蹴っ飛ばし、ミリアに話しかけて様子を探ることにした。

(くれぐれも当たり障りのないことだけ言うんだぞ)怠助は念を押した。(お前のコンプレックスなんてわざわざ聞きたくないんだから)

 スークは分かったと言って、ミリアの横に腰かけた。

「やぁ、ミリア。奇遇だね。何してるの?」

 静かな休日のティータイムが予想もしなかったニキビ面の登場に遮られて、ミリアはいささか面食らっていたが、すぐ本に目を戻した。

「本を読んでるの。見て分からない?」だから邪魔をするなと言わんばかりの言い草だった。

「あ、そう。何の本?面白い?」

 コンプレックスまみれの少年にしては、意中の相手に勇気を出した方だったが、ミリアはこれを完全に黙殺した。スークは後ろを振り返った。怠助はこのまま進めと合図した。

「最近、調子はどう?」

「ぼちぼちよ?」

「そりゃよかった。元気がないかなって心配してたんだ。」

「へぇ、そう」

「最近、全然しゃべらなくなったじゃない。何かあったのかなって思って。」

「へぇ、そう」

「何かあったの?」

「特に何も」

 まるっきり、なしのつぶてだった。旦那が不倫をして離婚を迎える当日の妻でもこんな対応はしないはずなのに。

怠助はこの反応を、ニキビとは別の要因があると見た。そもそもニキビ面でもこの前までは仲良くやっていたと、(彼の言葉を信じるならば)スークは言っていた。加えて、人並みの優しさがあれば、顔の嫌いな男に話しかけられたとしても、相手のニキビが不快だからと言ってここまで極端な反応は心が痛むはずだ。となればこの塩対応の理由はきっと別にあるのだろう。怠助はもっと探りを入れさせようと、スークに目配せしようとした、ところがこの哀れな少年は怠助の方など見もせずに、劣等感のエンジンを限界まで温めていた。俯いて震えるスークの様子を見て、怠助は嫌な予感がした。しかし彼の突飛な行動は、怠助の予想のはるか向こうを超えていった。

「僕のニキビが原因なのか?」いきなりスークはそうぶちまけた。

「「え?」」怠助は、ほとんど見もしらぬ少女と同じ困惑の声を上げた。

「僕のニキビが原因だからそんな態度をとるんだろ?」机をぶったたきかねない勢いでスークは言った。

「ち、ちがうわ。私は顔のことなんて…」

困惑というより言いがかりをつけられた怯えのような顔でミリアは言ったが、スークにはそんなものは見えていなかった。

「だったら理由を言ってくれよ。この間からやけに冷たいじゃないか!きっと僕のニキビが増えたから…」

「違う、違う!」ミリアは必死に首を振った。「理由なら他にあるの!」

「じゃあ、それを教えてくれよ」

「それは…その…」ミリアは口ごもった。「言っても意味のないことなの。私が言って、あなたが口先だけ直したって、なんの意味もないようなことなのよ」

「言いたくないからそうやってごまかしているんだろ?やっぱりニキビなんだ!」

 あまりにも情けないこの愁嘆場を前にして、怠助も手をこまぬいていたわけではない。三回テーブルを爪でたたいたら、いったん止まれという合図にしていた。それをさっきから続けていたのだが、いくら合図を送っても聞かず、結果的に怠助はただ三拍子でリズムをとり続ける迷惑な客になり果てていた。

(止まれったら止まれ!)

 遂には我慢できずに小声で叫んでみもしたが、スークは一向に止まらなかった。怠助は、彼が日本に生まれたらきっと岡崎で車を運転しているだろうと思った。が、そんな悠長なことを考えている暇もないほど、さっきからスークは自分の弱点を好きな子にさらけ出していた。仕方なく怠助は立ち上がって、このリア王よろしく見るものを泣かせずにはいられない悲劇を止めに乗り込んだ。

「やぁ、スーク!こんなところで何をしてるんだ。暇ならちょっと顔を貸せよ。」

 相手の異議ありげな反応も無視して、怠助はとっととスークの首根っこをつかむと、会計を済ませて外に出た。引きずられるスークはなおもニキビについて叫んでおり、ドアが閉まる直前まで店内にはその声が響いていた。

「なんだってあんな馬鹿気た真似をしたんだ!」店を出るなり怠助は言った。

「馬鹿げた真似なもんか!ニキビが原因ならニキビが原因と言って何が悪いんだ!」

「仮にそうだったとしても、そんなことをいうのは不正解だ。ニキビが原因なら、あんな女はあきらめちまえよ。だが、いいか。僕の見た限り、彼女はニキビが原因でお前を嫌ってるわけじゃない。もしそうなら、お前の顔をあんなにまっすぐ見られないはずだ。」

「そう言えば、君、あんまり僕の目を見ないよな」ハッとしたようにスークは言った「目を合わせるのが苦手だと思ってたけど、まさか…」

「俺のことはいいんだ。今はミリアについてなんだから」怠助は素早く矛先を変えた。「それに本当に好きなら、性格も信じてやれよ。俺たちのやることは一つだ。なんであんな態度をとったのか、探りを入れる。レーラとミリアは同じ学校だろ?聞き出せないか頼んでみるよ。今からちょうど、禁煙運動だしな。お前はじっとしとけよ。二度とあんな破廉恥なことをするんじゃない。じゃあな」

 怠助はそう言い残すと、レーラと約束した場所へ歩いて行った。


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