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2-2 スーク登場

 城内での煙草が禁止されたからと言って、怠助は、いい機会だと禁煙を始めるような男ではない。仮に世界のタバコ葉が絶滅したとしても、代わりになるような植物を自家栽培するだろう。

レーラに怒られて一分と経たないうちに、怠助は宣言通り、城を出てミリガン百貨店に向かい、煙草を買いに行った。早朝と食後、寝る前の喫煙の道が永遠に閉ざされたこと(レーラが頑固で押しつけがましいことはすでに諦めていた)は残念でならないが、幸運なことに煙草禁止令が発布されたのは城内だけだった。怠助は早速店員に煙草を注文した。ところが店員は応ずる様子もなく、なぜか穴が空くほど怠助を見つめてきた。

 

 店員はニキビ面の少年だった。年のころは怠助と同じくらいだろうか。思春期に意思があるとすれば、ニキビの宿主として選ばれたのは怠助ではなく店員のほうだった。

 店員はまるで怠助の顔に何かついているように彼の顔をじっと見つめていたが、顔についてんのはお前だろと怠助は言ってやりたかった。

「あの、ウォーライトが欲しいんですけど」しびれを切らして怠助は言った。

「え、ああ!」店員は慌てて後ろを向いて煙草を探した。「こちらですね。お待たせしました」

「…あの、僕の顔に何かついてましたか?」怠助は顔を拭くように手で撫でた。

「ええ?」

「だってずっと見つめてたじゃないですか?不思議そうな顔をして」

「ああ、違うんです」店員はかぶりを振った。「失礼しました。僕は、スーク・ミリガンと申します。あなた、レーラさんの婚約者じゃないですか?彼女から聞いていた特徴とそっくりなんです。実は、僕も彼女の婚約者候補だったんです。学校でお断りをされた時に、あなたのことを聞いていたものですから」

 

 スークはミリガン百貨店の跡取り息子だった。百貨店は領内に留まらず、国内の都市のいたるところに店を構えており、小売業では国のトップを走っている。その御曹司だけあって、スークはレーラの婚約者の候補に数えられていた。ところがレーラの婚約者が先に決まったため、この話はおじゃんになったのだった。

 この話とスークの顔を総合的に考えて、怠助は、レーラが強制的な婚約を嫌がった理由ももっともだと考えた。十六歳の花盛りに、こんなニキビ面と強制的に結婚を決められたのではたまらないだろう。

反面、婚約者候補の道を途絶えさせた元凶として、スークに対して気の毒な気分にもなった。自分が邪魔をしていなければ、スークはバージンロードでおめでとうの嵐に見舞われていたはずだ。レーラが言われていたかは怪しいものだが。

 どのみち、スークの幸せに横槍を入れたのは自分だった。まさか本当にレーラと婚約できるとは、スーク本人も思っていなかったかもしれないが。

「お気になさることはないですよ」怠助の顔色を察してか、スークは気遣うように笑った。「このご面相ではレーラさんが嫌がるのももっともです。あなたは聞いていた通りの端正な顔をしていますね」

「ずいぶん卑屈なことを言うんですねぇ」心中を見抜かれたような気がして、怠助は慌てていった。「そんなもの大人になれば治るでしょう」

「うちの親父は今でもニキビができるんです。これは我が家の宿痾なんですよ。とにかく僕の負けです。お代は六百センです」

「お気の毒に。負けたついでに煙草もまけてくれませんかね」

 この不謹慎な冗談に、スークは怠助の目をじっと見た。一瞬、嫌な物言いだったかなと怠助は後悔したが、その目は嫌悪よりも疑いを含んでいるようだった。

「白井さん、あなた、本当にレーラさんの婚約者ですか?」疑わし気にスークは言った。

「ええ、なんで?」怠助はこの鋭利な質問に下手糞なすっとぼけ方をした。

「だって初対面でそんなどぎつい皮肉を言う人を、レーラさんが結婚相手に選ぶとは思えないんですよ。学校のみんなが言っています。レーラさんは無理やり婚約者を決められるのが嫌だから、便宜的に偽の婚約者を仕立てたんだって」

 どうやら彼女の学校には名探偵がいるらしい。それかレーラがよっぽど嘘が下手なのだろう。

「仮にそうだとして僕のメリットは?」しどろもどろに怠助は言った。「そんなことをしても、僕は婚期を逃すだけじゃないですか」

「あなた、働いていないそうですね?それに居候としてリーズベルト城に住み着いているとか?そういう地位に甘んじたくて、婚約者のふりをしているんじゃないですか?それが皆の推理です。実際、婚約を解消するとレーラさんが言ったらどうするつもりなんですか?」

「仮定の質問には答えられませんな」怠助は相手の目を見ずに言った。「それにもし僕がレーラと婚約者のふりをしていたってあなたに何の損があるっていうんです?」

「それだって仮定の質問じゃないですか。…まぁ、いいでしょう。つまりそういう噂が立った時に、学校の皆が噂するんですよ。『レーラはスークと結婚するのが嫌で、偽の婚約者を立てたんだ。あんなニキビ面じゃしょうがない』ってね。こんな屈辱がありますか?」

 スークは徐々に感情が高ぶってきているようだった。怠助は面倒な奴に目をつけられたんじゃないかしらと思いながら、何とかこの窮地を脱する言い訳を考えた。

「考えすぎでしょう。それにもし陰口を言われたくないなら、あなたも彼女を作ったらいいじゃありませんか。そうすれば、皆見直しますよ。」

「こんなニキビ面でそれができると思いますか?」

「ずいぶんコンプレックスに感じてるんですねぇ。でもそんな風に初対面の相手に、反応しづらい自虐をするもんじゃないですよ。たいていの女は、自信のある男と付き合いたいもんですから。君は顔の前に、心の膿を取り除かなきゃならん。」

 このどぎつい皮肉にもスークは力なく笑うだけだった。軽口の応酬を期待していた怠助はいささか良心の呵責を感じて、彼の悩みを聞いてやった。

 一口で言えば、スークは自尊心の全てをニキビに吸い取られて潰されたような男だった。このできもののおかげで会う人すべてが自分を眼下に見下しているような気がして、いつも劣等感に苛まれていると打ち明けた。実際、彼にもいいところはあるのだが、あらゆる長所はニキビ一つ一つと引き算にかけられ、ニキビの量が上回った場合には、その長所は脆くも消し飛ばされるのだった。

 

 怠助はそれほど同情心の強い性質ではないが、己の始めた居候計画の余波で、この哀れなニキビ少年が崖っぷちに押し流されているのを見て、涙こそ出ないものの哀れに感じた。また一方では、こんな風にウジウジと悩み続けられると、いつか本当にレーラと怠助の偽装婚約を暴きかねないという危惧も覚えた。平穏な居候生活がぶち壊された理由が、ニキビ面のコンプレックだなんてお笑い種は避けたいという危機感も相まって、怠助はスークの恋愛相談に乗ることにした。

「僕にも責任の一端はあるから、何かできることがあれば力になるよ。」怠助は面倒ながらもそう言った。「自信をつける意味でも、意地の悪い噂を根絶するためにも、彼女を作るのがやっぱり良かろう。気になる子はいないのか?」

「好きな子ならいるよ。でも、俺にはとても釣り合わない。」そう言ってスークは絶望的な顔をした。「最近まで仲が良かったんだ。それがここの所、急に冷たくなって。きっとこのニキビがいやになったんだろう。そう思うとストレスが溜まって、ますますニキビがひどくなる。」

「考えすぎじゃないかなぁ」能天気に怠助が言った。「ニキビ一つで冷たくなるような娘なら、付き合わないほうがいいと思うけど」

「一つじゃない。最近三つできたんだ」

「まぁ、同じことよ。その子、名前はなんていうんだ。この時間はどこにいる?」

「名前はミリア。休みの日はカフェで本を読んでるって言ってたけど、まさか…」

「まさかもくそもあるか。会いに行くのが一番手っ取り早いじゃないか。店番を代わってもらえよ。今から行くぞ。…ああ、そうだ。」怠助は思いついたように言った。「小汚い畑の中でもとびきり臭いドブのような口臭を治す薬も頼む」


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