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1-2 偽装婚約

「君も、ずいぶん変わってるなぁ」

 初めての馬車に揺られながら、怠助は他人事のように言った。結局、異世界の古畑任三郎に押し切られる形で、レーラは怠助を保護することになった。今現在は、この不動の置物を救貧院から自邸へと輸送している最中である。


「あなたほどじゃないわね。それとも、こうなるって初めから分かっていたの?」

「君が助けてくれるって?いや、その辺に捨てられるのが落ちだろうと本気で思ってたよ」

「呆れた、本当に死んじゃうじゃない。どうしてそこまで働かないのかしらね」

「さっきのひと悶着にも、その断面が見えたじゃないの。」怠助は馬車の座席に寝そべった。「君はずいぶん寛大だから、こうやって僕を受け入れてくれたがね。あの時もしも、そんなに文句を言うなら支援を打ち切ってやるって、君が院長を脅したらどうなっていたと思う?彼らも仕方なく言うことを聞いていたんじゃないかな?だって、給料が減るんだから。つまり、ムカついて仕方がないだろうに、自分を曲げたんだね。もっと言えば、金銭の面から君より力が弱いと認めたことになる。本当は嫌なのに、それでいいですよって嘘をついたことになる。これが働くってことなんだよ。こんな生き方は、死んでいるのと一緒じゃないの」

「ずいぶん悲観的にものを考えるのね」レーラは驚いたように言った。「まだ起きてもいないことを妄想して、そんな風に話を広げるなんて、やっぱり狂人よ」

「むしろ強靭ではないんだけどなぁ。」空とぼけて怠助は言った。「とにかく感謝しなくちゃいけないね。改めてレーラさん、よろしく。」

「レーラでいいわよ。それよりあなた、どうするの?」

「どうするのって?」

「仕事の話に決まってるじゃない」


 レーラは呆れたように言った。怠助はポカンと口を開けた。

「まさか、あなた…」

「まさか君、僕を働かせようって言ってるんじゃないよな?」

 レーラはため息をついた。どうしてここまで怠惰な人間が存在するのだろう。

「じゃあ、あなたは私の家に来て、どうするつもりだったの?まさか一日中何もしないで、それで私がご飯を出すとでも思ってたの?」

「君が出すとは思ってないさ。執事とか従僕とかがいるんだろ?まぁ、桁が違う金持ちだとは聞いていたから、人ひとり食わせるのなんて苦にならなかろうと思ってたんだよ」

「働かざる者、食うべからずよ」レーラは間に合わせの訓戒だと知っていながらも、こう言わずにいられなかった。「うちの所領で働いたらいいじゃないの。どんな仕事ならできる?執事、料理人、それとも庭師?土地も貸せるから農業を始めてもいいわよ」

「だからどれも嫌なんだって。それこそ門番とかならやってもいいけど。」

「悪いけど、立ってるだけで済むとか考えているなら大間違いよ」

 

 それなら勘弁だ、と怠助は手を振った。レーラは懲りずに自分の領地で見つけられそうな仕事を紹介したが、彼は決して首を縦に振らなかった。そればかりか、すでに働く気がないと伝えたのに、どうしてこうまで無理に職を勧めるんだろうと不思議にさえ思った。余人が見れば幸運な巡りあわせも、怠助にとっては有難迷惑にさえ感じ始めた。彼は自分の行動の始末をとる覚悟で働かないと、本気で言っていたのである。だから救貧院を追い出されたとしても、路上で野垂れ死ぬのが本望だった。それがあれよあれよと頼みもしないうちに、レーラのご慈悲を受けて、こうして馬車に揺られている。言ってみれば、何も非行をしていないのに更生を促されているようなもので、路上にでも放っておいてくれたほうがまだましであった。

 

 実際、やんわりとそう伝えると、レーラは信じられないとばかりに目をむいた。

「あなた、本気で言ってるの?本当に今その辺に放り出したら死んじゃうのよ?」

「それでも労働に足をからめとられるよりはずっとましじゃないの。ほらごらんよ」怠助は窓の外に顔を向けた。「猫があおむけになって寝てる。僕はあれくらいのほうがちょうどいいんだ。どうして素直なふりをしたり、仮面をかぶってまで生きないといけないのさ。やりたくないことにやる気のあるように見せるのはうんざりなんだよ。だから別に働かなくちゃ保護できないって言うなら、ここで降ろしてもらって結構。あとは歩いていれば自然に道も見えてくる」

 

 レーラは絶句した。常日頃、自分の思想に敵が現れるとしたら、それは福祉の縮小を掲げる頭の固い一部の保守主義者だと考えていた。しかし、現実はどうか?この男こそ、自分の理想に立ちふさがる、最も大きい壁なのではないか?保護してやれば、こんな人間に金をやるなんて不公平だと言われ、路上に放り出せば、あの理想主義者の優しさにも所詮限界があったのだと腐される。どっちに転んでも八方ふさがりでないか……。

「何かあなたを保護するいい手はないかしら」

「働く以外の手で頼むよ」

 レーラは必死に考えた。この厄介者を保護する名目。働かせず、しかして餓死させない一手を。レーラの脳味噌が、馬車の車輪のように回転を始めた。目の前の座席で寝転んで欠伸をする少年は目障りなので目を閉じた。そうして自分の理想との折り合いをつける地点を必死に探した。そして…


「そうだ」レーラは目を開けた。「あなたを婚約者として家に連れて行けばいいのよ!」

「な、なにとしてだって?」怠助は思わず起き上がった

「婚約者よ!婚約者として連れて行けば、あなたが家でご飯を食べて、惰眠を貪ったって誰も文句は言わないじゃないの」

「君の親はそんなにいい加減な人間なのか?」

「あなたほどじゃないわ。でも、私が結婚したいと言った人を、無下に追い出すような人でもないもの」

「ちょっと待ってくれよ。君は僕をどうしようもないくらいの怠け者だと思っているらしいが…」

「あら、違うの?」

「違いやしない」怠助は即座に答えた。「でも恥知らずでもないよ。君の人生にとって、それほど責任のかかる立場にはつきたくない。だって君は意地になってるのか、自棄になってるのか知らないが、僕を婚約者として連れて行ってどんなメリットがある?」

「メリットならあるわよ。もう最近はさんざんお見合いをさせられて疲れ切ってるの。まだ学生なのによ?まったくお見合いなんていつの時代の話をしてるんだか。自分の結婚相手くらいは自分で決めたいじゃない。あなたを当分家においておけば、そのお見合いも防げるのよ」

「そんなにうまくいくかなぁ…」

「心配ないわ。両親は私の意見を尊重してくれるもの。婚約者候補だって、会いはするけど断ったってなにも言わないしね。あなたは、その猶予期間になにか適当な仕事、つまり働くに値する仕事をみつけたらいいじゃない。その時に婚約解消して、家を出ていけばいいのよ」

「しかし君の将来はどうなる?いつか僕と手を切ったとしても、何年もヒモみたいな男と付き合って、まぁ二十後半だか三十前半だか知らないが、そんな時に一人になった女と付き合いたいか?」

「すいぶん長いこといるつもりみたいね」レーラは白い目を向けた。「でもそれは前時代的よ。愛さえあれば、いくつになったって結婚できるんだから」

「しかし、僕はこの世界のことを知らないから何とも言えないが、女の子の貞操って問題もある。こんな馬車なんて使ってるようじゃ、令和みたいに性がおっぴろげなわけでもないんだろ?十代半ばから男と付き合ってた女なんて誰も嫌だろう」

「言っておくけど指一本触れさせませんからね」レーラは顔を赤くした。「それにレイワ?っていうのがあなたのいた場所なのか知りませんけど、聞く限りいい場所じゃない。性におっぴろげとは言ったけど、抑圧されるよりはずっといいでしょう?」

「もっと女の子らしくしたほうがいいよ。僕は保守的な人間かもしれないが、それでもこの世界じゃ前代未聞の発言だぜ」

「あなたこそ、保守的な男なら働いて女を養いなさいよ。今日だけで前代未聞の発言を何度聞いたかわからないわ」

「理論と実践は別なのさ」実践を生まれた病院に置いてきた男が言った。「しかし、そう考えると、僕ら気が合うようだ」

「それなら、この話に乗るのね?」

「まぁ、強がってみても、野垂れ死ぬよりはましだろう」

「その代わり、婚約者としてきちんと振舞ってね。私だってただであなたにいてほしいわけじゃないのよ。立派な人だって思わせて、どうか面倒なお見合いをしなくていいようにしてください」

「やれやれ、君の言葉を借りるなら『働くに値する仕事』がやっと現れたわけだ」


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