一章 第一話
3ヶ月後 ――
普通なら一年かかる重傷も、氷河はわずか三ヶ月で完治させてしまった。
「ありがとうございました!
三船さん、澪のこともよろしくお願いします!」
三船さんは妹・澪の治療を担当してくれているレイヤーだ。
彼のおかげで澪は命を取り留めたものの、今も意識は戻っておらず、いわゆる昏睡状態にある。
氷河は不安を抱えつつも、東京へ向かう決意を固めた。
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―― 東京駅
関東圏では、わずかに電車が稼働している。
この時代、電車で移動できる国は世界的にも珍しくなった。
もっとも現存する国家は、ベトナム、ノルウェー、トルコ、そして日本の関東・近畿圏。あとはカリフォルニア州の一部だけだ。
「……でっけぇ。」
東京駅の改札を出た瞬間、氷河は目を丸くした。
眼前にそびえ立つ巨大なビル──それが《LA本部》だった。
指示通り受付へと向かうと、スタッフが丁寧に頭を下げる。
「お待ちしておりました。風見氷河様ですね?
こちらの部屋へどうぞ。」
案内された応接室で数分待っていると、扉が開き、猿渡が入ってきた。
「やあ、久しぶりだね。氷河くん。まさか3ヶ月で完治するとは……やはりレイヤーの力はすごいな。」
「いえ、とんでもありません。それより、今日は何のご用件で?」
猿渡は微笑み、頷く。
「以前にも話したと思うけど、君にはレイヤーとしての資質がある。
そこで、君を《完全覚醒》させるための訓練を受けてほしいのだ。」
「完全覚醒……って、なんですか?」
「レイヤーは力を得た直後は、本来の力のごく一部しか使えない。
《完全覚醒》することで、自分に備わる“真の能力”を余すことなく引き出せるんだ。
現在、完全覚醒に至った者は世界で10人ほどしかいない。
そこでLAは、完全覚醒していない能力者たちを世界中から集めて、訓練を始めたのさ。」
正直、氷河はレイヤーのことを詳しく知らなかった。ニュースもネットもあまり見ない性格だ。
「わ、わかりました……。ちなみに、その訓練っていつから始まるんですか?」
「──もう始まっているよ。
今日から、君には訓練所へ向かってもらう。いいね?」
氷河は迷わずうなずいた。
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―― 訓練所
予想よりもずっと近くにあった訓練所。
到着してすぐ、背の高い男性が氷河に声をかけてきた。
「これからお前の面倒を見る教官、ケヴィン・岡崎だ!よろしく頼むぞ!」
「風見氷河です!よろしくお願いします!」
挨拶を交わし、訓練服に着替えた氷河は、すでに集まっていた仲間たちのもとへ向かう。
「こいつが新入りの風見氷河だ!みんな仲良くしてやれよ!」
周囲には外国人も含めて20〜40代と思しき人々がいたが、その中でもひときわ若い日本人の3人組が目に入った。
その時代は不条理ながらも技術は進化しており、高性能翻訳機を使えば外国人ともリアルタイムで会話ができる。
そんなことを考えていた時、そのうちの1人が声をかけてきた。
「やあ、よろしく!俺は灰戸蓮!」
「よ、よろしく……。」
突然のことに、少し反応がぎこちなくなった。
「この青髪の子が雨宮はるか、で、こっちは黒崎音弥。」
2人はシャイなのか、挨拶こそなかったが、雰囲気は悪くない。
「はい注目ー!!
せっかく全員揃ったことだし、《レイヤーの能力》について説明するぞ!」
「やったー!やっと筋トレ地獄から解放だ!」
どこからともなくそんな声が聞こえてきて、氷河は思わず苦笑する。
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―― 能力説明
「まず、レイヤーになるためには《感情》が必要不可欠だ。
たとえば、現在世界最強とされるレイヤー・蟻元は、“カラミティズムを倒す快感”から力を得ている。
《完全覚醒》のためには、自分の感情のルーツを理解することが何よりも大事なんだ!」
氷河はふと、自分の覚醒時を思い出した。
怒り、悲しみ、恐れ……。そのどれかが起因なのかもしれない。
「次に、レイヤーの能力構造だ。
レイヤーは《パッシブ》と《領界》という二つの力を持っている。
・パッシブ……常時発動する効果。
・領界……感情が《臨界点》に達したときに発動する、災害級の必殺技だ!」
そこに灰戸が割り込んできた。
「なあ、お前の能力ってどんなの?
ちなみに俺は、火を操れるぜ!」
「……多分、氷の能力かな。」
「マジか!?俺と真逆じゃん!燃えるなあ!」
どこに燃える要素があったのかは謎だが、とりあえず愛想笑いで返しておいた。
「この訓練所では、全員が完全覚醒を目指す。
各々、全力で励むように!」
そう言い放ち、ケヴィンは解散を告げた。
氷河が割り当てられた部屋には、偶然にも灰戸たちがいた。
少し安心した氷河は、そのままベッドに倒れ込み、深い眠りについた―――。