第7話「消された召喚者」
王城の地下深く、封印の間は静寂に包まれていた。
陽翔たちは石造りの通路を進みながら、胸の奥に広がる不安を拭えずにいた。
(……本当に、この場所に"答え"があるのか?)
先ほど黒鎧の男が言った「封印の間のさらに奥に答えがある」という言葉が、脳裏を離れない。
「ここが封印の間……」
エリシアが足を止めると、目の前に巨大な扉がそびえ立っていた。
表面には無数の古代文字が刻まれている。
「開けるわよ」
エリシアが呪文を唱えると、扉が軋むような音を立てて開いていく。
そこには——
「……これが、召喚の記録?」
石壁の中央に刻まれた巨大な碑文。
古びた文字が刻まれたその表面の一部が、まるで誰かが削り取ったかのように不自然に欠けている。
「誰かが、意図的に消した……?」
莉音がそっとその部分に手を当てる。
すると——。
「っ……!」
指先に微かな違和感。
よく見ると、削られた部分の下に、かすかに"赤黒い染み"が残っていた。
「これは……血……?」
エリシアが低く呟く。
陽翔は喉が渇くのを感じた。
(まるで、誰かが"ここで何かを封じようとした"みたいだ……)
「待って」
莉音が削られた部分の隣の文字を指差した。
そこには、かろうじて読み取れる文字が残っていた。
——「召喚された者の名を記せ」——
その下に、二つの名が刻まれていた。
一つは、陽翔の名前だった。
そして、もう一つの名前は——。
「……ない?」
陽翔は思わず声を漏らした。
もう一つの名前が刻まれていたであろう場所は、完全に削り取られていた。
「誰かが……召喚者の記録を"消した"?」
エリシアが眉をひそめる。
しかし、その瞬間——。
「っ!」
陽翔の視界が、ぐらりと揺れた。
(また……!?)
——視える力が、勝手に発動する。
陽翔は抗えぬまま、視界が暗転していった。
***
そして——彼は"過去"の光景を視た。
召喚の儀式の瞬間。
魔法陣が輝き、強烈な光が世界を切り裂く。
その中に、二つの影が浮かび上がっていた。
一人は——陽翔自身。
そして、もう一人は——。
(……誰かがいる……?)
だが、その顔は視えなかった。
まるで、"何か"に邪魔されているかのように、影は歪んでいた。
***
現実に意識が戻る。
「……陽翔くん!?」
莉音の声が、耳元で響いた。
陽翔は荒い息をつきながら、現実へと戻ってきた。
「……今、"視えた"……」
「過去の召喚の瞬間?」
エリシアが鋭く問いかける。
陽翔は、震える声で答えた。
「……召喚の瞬間、俺の他に"もう一人"いた……」
莉音とエリシアが息を呑む。
「でも……その顔が、視えなかった」
それは単なる視えすぎによるものなのか?
それとも——誰かが"視えないようにしている"のか?
陽翔の背筋を、冷たい汗が伝った。
***
陽翔は深く息を吐いた。
(……もう一人いたのは確かだ)
だが、肝心の顔が視えない。
まるで"誰かが意図的に隠した"ように——。
「……お前、本当に何も視えなかったのか?」
エリシアが鋭く問いかける。
陽翔は首を振った。
「いた……確かにいた。でも、そいつの顔が、何かに"隠されていた"んだ」
莉音が息を呑んだ。
「……もし、そのもう一人が"消された召喚者"だとしたら?」
「……!」
陽翔は言葉を失った。
消された召喚者——。
存在していたはずなのに、記録から抹消された者。
(もしそれが本当なら……なぜ消された? そして、誰が……?)
「このままじゃ埒が明かないわね」
エリシアが封印の間のさらに奥へと視線を向ける。
「この記録の欠片があるなら、そのさらに奥には"完全な真実"があるはずよ」
莉音が一歩踏み出す。
「行こう」
***
封印の間の奥には、さらに古びた石版が並んでいた。
陽翔は慎重にその表面の文字を読み取る。
「……異世界召喚は、本来"1人"しか召喚できない……」
エリシアが読み上げた。
「これは、さっきの記録と同じ……」
「でも、次が違う」
莉音が震える声で続けた。
「"かつて2人目が召喚されたとき、世界は揺らぎ、歴史が改変された"……?」
「……歴史が改変?」
陽翔は眉をひそめた。
「召喚された存在が2人いた場合、"片方が消える"ことで、世界の均衡を保っていた……?」
「じゃあ、私は……」
莉音は自分の手を見つめた。
「……私は、本来ならこの世界に"いなかった"ってこと?」
その言葉に、陽翔は強く否定したかった。
(そんなはずない……!)
だが、ここに残る記録は、それを示しているように思えた。
***
その時だった——。
「お前たちは、まだ気づいていないのか?」
低く響く声に、陽翔たちは振り向いた。
「っ!」
暗闇の中、黒鎧の男が佇んでいた。
「貴様……!」
エリシアが剣を抜くが、男は動じない。
「お前たちが"歪み"そのものなのだよ」
男はゆっくりと歩み寄る。
「特に、お前……」
視線が、莉音に向けられた。
「お前は、本来"一度消えた存在"かもしれない」
「……な……?」
莉音の顔が強張る。
「消えた存在……?」
陽翔が問いかけると、黒鎧の男は淡々と告げた。
「お前たちの召喚は、本来なされるべきではなかった。だが、"何者か"が歴史を歪め、お前たちをこの世界に呼び寄せた」
「"何者か"……?」
「それが誰なのか、答えはすぐに見つかる」
男はゆっくりと手を掲げる。
「封印の間の、さらに奥を視るがいい。そこに、お前たちの真実が眠っている」
そう言い残し、黒鎧の男は影の中へと消えていった。
***
陽翔と莉音は、深く息を飲んだ。
「……行こう」
エリシアが短く言い、奥へと足を進める。
そこには——。
**封印の間の、最奥に刻まれた一枚の石版があった。**
「……これは……?」
陽翔が手を伸ばした瞬間——。
**その表面には、かつて召喚された者の名前が刻まれていた。**
しかし——
「……また、削られてる……」
莉音が震える声で呟いた。
名前が刻まれていたはずの場所には、何者かが意図的に削った跡が残っていた。
「誰かが……この名前を"消した"……?」
陽翔は背筋が凍るのを感じた。
誰が? なぜ?
そして——
(この消された名前が、俺たちに関係しているとしたら……?)
張り詰める沈黙の中、誰もがその答えを求めていた。
***
封印の間の最奥——。
陽翔たちは、削られた名前の刻印を前に立ち尽くしていた。
「……誰かが意図的にこの名前を消した……」
莉音が静かに呟いた。
「でも、それってつまり……?」
陽翔は、胸の奥がざわつくのを感じた。
("名前を消された召喚者"がいた……?)
それが誰なのか、なぜ消されたのか——答えはまだ分からない。
「……こんなことが許されるのか?」
エリシアが険しい表情で呟く。
「召喚された者の名前を抹消するなんて、まるで"その存在自体を消し去る"ことを意図しているみたいじゃない」
その言葉に、陽翔は寒気を覚えた。
「……この世界は、本当に"正しい歴史"の上に成り立っているのか?」
その問いに、誰も答えられなかった。
***
ふと、陽翔の視界がまたしても歪む。
(また……"視える力"が勝手に……?)
意識が引きずり込まれる感覚の中、陽翔は"過去"の映像を視た。
——召喚の儀式。
——まばゆい光に包まれる魔法陣。
——そこに立つ二つの影。
一人は——陽翔自身。
そして、もう一人は——。
(……やはり、誰かがいる……!)
しかし、その姿は歪み、霞んでいた。
まるで"何者かによって、存在を覆い隠されている"かのように——。
「……っ!」
陽翔の意識が急激に引き戻された。
「陽翔くん!」
莉音が駆け寄る。
「今……何が視えたの?」
陽翔は荒い息をつきながら、言葉を探した。
「……召喚の瞬間、俺の他に"もう一人"いた」
「……!」
エリシアの表情が険しくなる。
「でも、その人物の顔は視えなかった。まるで、何かに邪魔されているみたいに」
「"消された"……ってこと?」
莉音の声が震える。
「おそらくな……」
陽翔は拳を握りしめた。
「ただの"記録の抹消"じゃない。誰かが意図的にその存在自体を消そうとした……」
***
その時——。
「それは、お前たちが追うべき真実ではない」
冷たい声が響いた。
振り向くと——黒鎧の男が、再び立っていた。
「貴様……!」
エリシアが即座に剣を抜くが、男は動じない。
「お前たちは、歪んだ召喚の産物だ」
黒鎧の男の視線が、莉音に向けられる。
「特にお前——"鍵"がこの世界に存在すること自体が、すでに世界の均衡を崩している」
「……っ!」
莉音が唇を噛む。
「お前たちがこの世界にい続ければ、さらに"消えるべき者"が出てくるかもしれん」
「……どういう意味だ?」
陽翔が問い詰めると、黒鎧の男はゆっくりと答えた。
「歴史が歪んだ時、それを正すために"修正"が行われる。お前たちがこの世界に存在することで、本来"消えなかったはずの者"が消えかけているのかもしれん」
「……!」
陽翔の背筋に冷たいものが走る。
「もしそうなら、お前たちが選ぶべき道はひとつ……」
黒鎧の男が歩み寄る。
「"消えた召喚者の記憶を取り戻す"ことだ」
「……記憶を、取り戻す?」
莉音が問い返す。
「その方法が……あるの?」
黒鎧の男は、ゆっくりと頷いた。
「この封印の間のさらに奥——そこに"禁忌の召喚"に関する記録が眠っている」
「禁忌の召喚……?」
エリシアが息を呑む。
「そこには、"過去の召喚を再現する方法"が記されている」
「……それが、本当に消えた召喚者の記憶を取り戻すことに繋がるのか?」
陽翔は半信半疑だった。
だが、黒鎧の男の言葉が嘘ではないと、直感的に理解していた。
「選べ、お前たちが"真実"を知りたければ——奥へ進むがいい」
男は、封印の間の奥に続く扉を指し示した。
***
沈黙の中、陽翔は莉音を見た。
彼女は、小さく頷く。
「……行こう」
陽翔もまた、覚悟を決めた。
"禁忌の召喚"——それが何を意味するのかは分からない。
しかし、この世界の真実を知るためには、その先に進むしかない。
***
封印の間の最奥。
陽翔たちは黒鎧の男が示した奥の扉の前に立っていた。
厳かな雰囲気が漂うその扉には、古びた魔法陣が刻まれている。
「……本当にこの先に"禁忌の召喚"の記録が?」
莉音が不安げに呟いた。
「試してみるしかないな」
陽翔は扉に手を伸ばした。
すると——
「……っ!」
扉が触れた瞬間、陽翔の視界が真っ白に染まる。
***
——光の中、どこか別の空間。
陽翔は"記憶の中"に引き込まれていた。
そこにいたのは——。
「……これは……?」
王宮の玉座の間。
しかし、そこにいる王は、陽翔が知る王とは違っていた。
そして——王の前に跪く"二人の召喚者"。
一人は、確かに"自分"だった。
だが——。
(もう一人は……誰だ?)
その顔は、やはり霞んで視えなかった。
まるで"誰かに消された存在"であるかのように——。
だが、その瞬間——。
「封印を……しなければ……」
王が低く呟いた。
「二人は……存在できない……!」
「っ!」
陽翔の意識が急激に引き戻された。
***
現実に戻ると、扉は静かに開いていた。
「陽翔くん、大丈夫?」
莉音が心配そうに覗き込む。
「……今、何か視えた」
陽翔は額の汗を拭いながら、息を整えた。
「召喚の瞬間……"二人"いた」
「やっぱり……!」
莉音は小さく息を呑んだ。
「でも、そのもう一人が誰かは分からなかった。ただ、王が"二人は存在できない"って言ってた」
「つまり……召喚が終わった後に"どちらかが消された"……?」
エリシアが推測する。
「それが"私"だった可能性がある……ってこと?」
莉音が不安げに呟く。
その言葉に、誰も答えられなかった。
***
扉の奥へ進むと、そこには**一冊の古びた書物**があった。
その表紙には、かすれた文字でこう記されていた。
——「禁忌の召喚の記録」——
陽翔はゆっくりとページを開いた。
「……"異世界召喚とは、本来、"鍵"を導くための儀式である"……?」
その言葉に、一同が凍りつく。
「勇者を呼ぶためじゃ……なかったの?」
エリシアが動揺を隠せない。
「召喚は……"鍵"を求めるため……?」
莉音が震える声で呟く。
「じゃあ……勇者として召喚されたはずの俺は……」
陽翔は、握る拳に力を込めた。
「もしかして……"本来、呼ばれるべきじゃなかった"のか?」
その問いに、誰も答えられなかった。
***
封印の間に、沈黙が広がる。
そして——。
「これで、全ての"始まり"が明らかになったな」
低い声が響いた。
振り向くと——黒鎧の男が、再び現れていた。
「お前たちがこの世界に存在することそのものが、"運命の誤算"だった」
「……どういうことだ?」
陽翔が問い詰める。
「本来、召喚は"鍵を導く"ためだけのものだった。しかし、何者かの干渉によって、お前も一緒に召喚された」
「……!」
莉音が息を呑む。
「つまり……俺は"召喚されたはずじゃなかった"?」
「そうだ」
黒鎧の男は淡々と告げる。
「そして、"本来いたはずの者"は、お前の存在によって"消された"のかもしれん」
「っ……!」
陽翔の中で、全ての点が繋がり始める。
「じゃあ……消えた召喚者は……?」
「それを知るには、お前たち自身で"運命の狭間"を覗く必要がある」
黒鎧の男は微笑む。
「選べ。この真実を知るかどうか」
***
陽翔と莉音は、互いを見つめ合った。
「……俺たちの召喚が、本当に"間違い"だったのか……」
「私が、本当に"消された存在"だったのか……」
確かめるために——。
この先に進むしかない。
「行こう」
莉音が小さく頷いた。
「真実を確かめるために……!」
陽翔もまた、決意を固めた。
***
**次回:「禁忌の召喚」**
封印の間に残された"運命の狭間"とは?
消された召喚者の正体が、ついに明かされる——。