第6話「記録された未来」
王都へ戻る途中、空の色が妙にくすんで見えた。
夕闇が落ち始めているはずなのに、まるで世界が「時間を失いかけている」ような感覚に陥る。
「……異変が加速している」
エリシアが低く呟いた。
王都の入り口に近づくと、異変はすぐに目に入った。
**建物の一部が、過去と現在の姿を同時に持っている。**
「……これ……」
陽翔は思わず立ち止まる。
目の前にある時計塔の石壁が、見る角度によって異なる形になっていた。
一方は現代の崩れかけた壁、もう一方は数十年前の姿——きれいな装飾が残る状態。
「時間が……交錯している?」
莉音が驚いた声を上げる。
しかし、それだけではなかった。
広場には、奇妙な騒ぎが起こっていた。
「……10年前に亡くなったはずの人が、突然現れたと言っている者がいる」
王都の住民が混乱しながら話しているのが聞こえた。
ある男は泣きながら、目の前の老人を抱きしめている。
「……父さん、生きてたのか……!」
しかし、老人は怯えたような目で周囲を見回し、次第に体が透けていく。
「……これは、本当に"過去が蘇った"わけじゃない」
陽翔は眉をひそめた。
「時間の歪みによって、一時的に"別の時代の人"が映し出されているだけかもしれない……」
「でも、この現象が広がれば、世界の秩序が崩れるわ」
エリシアが険しい表情を浮かべた。
その時——陽翔の視界が、ぐらりと揺れた。
***
**視える力が、勝手に発動した。**
(また……?)
陽翔は歪む視界の中で、"未来の映像"を視た。
——王都の崩壊。
——燃え盛る城。
——莉音が血まみれで倒れている。
「……っ!!」
さらに——
その場には、もう一人の"何か"がいた。
(……誰かがいる……?)
だが、陽翔がその顔を確かめる前に、映像が途切れた。
そして、現実へと意識が引き戻される。
「陽翔くん!」
莉音が心配そうに支えてくれるが、陽翔は頭を抱えた。
(……今、視えたのは……?)
今までの未来のビジョンとは違う。
そこには、「まだ知らない誰か」がいた。
それが誰なのか、なぜ映ったのかは分からない。
「……未来が、また変わり始めてる……?」
陽翔は不安を拭えぬまま、王城へと歩を進めた。
***
陽翔たちは王城へと急いだ。
しかし、広間に入るなり、緊迫した空気が漂っているのを感じた。
「陛下! 王都の異変が広がっています!」
騎士たちが駆け込んで報告を上げる。
「結界の乱れが王宮内部にも影響を及ぼし始めました!」
王が厳しい表情で眉をひそめる。
「……封印の間はどうなっている?」
「未だ崩壊には至っておりませんが、魔力の流れが不安定化しており、異常が発生しています」
「異常?」
「封印の間に保管されていた"召喚の記録"が、先ほど突然浮かび上がり、新たな文字が追加されたのです」
その言葉に、陽翔と莉音は顔を見合わせた。
「……召喚の記録?」
陽翔は興味を引かれた。
「その記録を見せてくれないか?」
王は一瞬迷ったようだったが、やがて頷いた。
「よかろう。封印の間へ案内せよ」
***
封印の間の中は、異様な雰囲気に包まれていた。
中心にある巨大な魔法陣は、青白く脈動している。
壁には古びた石版が並び、その一部が新たな文字で上書きされていた。
「……これが、召喚の記録?」
陽翔は石版の文字を目で追う。
そこには、こう記されていた。
——「異世界召喚は、本来"一人"しか呼べない」——
「……一人?」
陽翔は驚き、莉音を見る。
「でも、俺たちは二人同時に召喚された……」
莉音もまた、戸惑った表情を浮かべた。
「召喚の記録が、今になって更新された……?」
エリシアが呟く。
「まるで、何かが"変化"しているみたいに……」
その時、陽翔はまたしても視界がぐらりと歪むのを感じた。
(また……"視える力"が……?)
***
——王都の崩壊。
——燃え盛る城。
——莉音が血に塗れた姿で倒れている。
——そして、黒鎧の男が微笑んでいる。
「"主"が目覚めるのも、そう遠くはない……」
その言葉と共に、黒鎧の男の背後に巨大な影が揺らめいた。
「……っ!!」
陽翔は息を呑んだ。
(黒鎧の男の……"主"……?)
それが何なのかを確かめようとした瞬間——。
視界が崩れ、再び現実へと引き戻された。
***
「陽翔くん、大丈夫!?」
莉音が心配そうに顔を覗き込む。
陽翔は激しい頭痛を抱えながら、必死に息を整える。
「……今、"視えた"……」
「また、未来?」
エリシアが眉をひそめる。
陽翔は、視えた光景を思い返した。
「王都が崩壊する未来。そして……黒鎧の男が"主"の目覚めを語っていた」
「"主"……?」
莉音が不安げに呟く。
「……つまり、黒鎧の男の背後に、まだ何かがいるってこと?」
「……おそらくな」
陽翔は額を押さえながら答える。
(黒鎧の男は単なる戦士じゃない。何者かの意思のもとに動いている……?)
その時——莉音が、召喚の記録の前で立ち尽くしていた。
「……私……」
彼女の表情が、かすかに揺れる。
「どうした?」
陽翔が声をかけると、莉音は小さく首を振った。
「……この文章……"前にも読んだことがある気がする"……」
「……え?」
彼女の言葉に、陽翔は思わず息を呑んだ。
「でも、それはありえない。こんな記録、見たことないはずなのに……」
「つまり、何かが"お前の記憶"に干渉している可能性がある……?」
莉音は困惑した表情のまま、記録をじっと見つめた。
「……もしかして……"私が本来いた未来"と、今の世界が違う……?」
その言葉に、陽翔もまた、背筋が冷えるのを感じた。
***
封印の間に広がる静寂。
陽翔は、莉音の言葉の意味を反芻していた。
(……"前に読んだことがある気がする"……?)
記録にある「本来は一人しか召喚されない」という言葉を、莉音は以前に目にしたことがあると感じている。
しかし、そんなはずはない。
「莉音、お前……本当に記憶にないのか?」
彼女は戸惑いながらも、唇をかみしめて首を振る。
「分からない……。でも、確かに"知っている気がする"の」
その瞬間——。
「っ……!!」
陽翔の視界が、再び歪んだ。
***
——夜の王都。
——崩れ落ちる城壁。
——黒鎧の男の背後に、"誰か"が立っている。
その影は、陽翔が今まで視たどの未来とも違っていた。
それは——。
(……莉音……!?)
"未来の莉音"が、まるで違う存在のように黒鎧の男の隣に立っている。
そして、その視線が陽翔に向けられる。
——「これは、本来の歴史ではなかったはず……」
その言葉が響いた瞬間、視界が弾けるように戻った。
***
「……陽翔くん?」
莉音が心配そうに彼を覗き込んでいる。
陽翔は額を押さえながら、荒い息をついた。
「……また、視えた……」
だが、今度は違う。
(……未来の莉音が、黒鎧の男と共にいた……?)
その意味を考えようとしたが、頭の中が混乱するばかりだった。
「おい、これはどういうことだ?」
エリシアが険しい表情で尋ねる。
「莉音、お前……本当に"今の世界"が初めてなのか?」
「……え?」
「陽翔の視える力が見せたのは"未来"の可能性。でも、その中に"お前が黒鎧の男と共にいる姿"があった」
「そんな……私は……」
莉音は混乱し、言葉を詰まらせた。
しかし、その時。
「陛下! 緊急報告です!」
騎士が駆け込んできた。
「王都の南部で"封印の魔力"が暴走し、"異界の裂け目"が発生しました!」
「……裂け目?」
王が驚愕の表情を浮かべる。
「詳細は?」
「巨大な魔法陣が発現し、異界の光景が王都の空間に混ざり始めています!」
異界の光景——。
それは、陽翔が視た未来の断片と関係があるのか?
「すぐに向かおう!」
陽翔は迷うことなく声を上げた。
「私も行く!」
莉音が強く頷く。
「……私もだ」
エリシアも剣を握りしめた。
***
王都南部へと駆けつけた陽翔たちが目にしたのは——。
**宙に浮かぶ、異界の裂け目だった。**
「……あれは……?」
まるで"異世界"が王都に溶け込み始めているようだった。
王都の建物の上に、ありえないはずの巨大な塔の影が映っている。
「これは……異世界の影響?」
エリシアが呆然と呟く。
「……このままでは、世界が本当に"崩壊する"かもしれない」
陽翔は直感的にそう感じた。
だが、その時——。
「ふふ……お前たちの役割に気づいたか?」
不意に、耳元に冷たい声が響いた。
振り向いた先——。
**黒鎧の男が、裂け目の向こう側からこちらを見下ろしていた。**
***
「ふふ……お前たちの役割に気づいたか?」
黒鎧の男が、異界の裂け目の向こう側から陽翔たちを見下ろしていた。
その瞳は、まるで陽翔の心の奥底を見透かしているようだった。
「……貴様……」
エリシアが剣を抜くが、黒鎧の男は動じない。
「焦るな。まだ"時"ではない」
男はゆっくりと手を掲げ、異界の裂け目に触れる。
その瞬間、**裂け目の向こうに見える世界が、一瞬だけ変化した。**
「……っ!」
陽翔の視える力が、勝手に反応する。
——そこに広がっていたのは、**"もう一つの王都"だった。**
だが、それは陽翔たちが知る王都とは違っていた。
崩壊する城。
空に浮かぶ漆黒の魔法陣。
そして、玉座に座る黒鎧の男。
「……これは……未来……?」
しかし、視える光景は、どこか違和感を伴っていた。
まるで、"違う世界"のような——。
***
「陽翔くん!」
莉音の声が意識を引き戻す。
陽翔は頭を振り、黒鎧の男を睨みつけた。
「貴様……あれは、一体……?」
黒鎧の男は微笑みながら、ゆっくりと告げる。
「それが"正しい未来"だ」
「正しい未来……?」
莉音が息を呑む。
「貴様が言う"正しさ"とは、どういう意味だ?」
エリシアが剣を構えたまま問う。
「お前たちは、"間違った世界"に召喚されたのだよ」
黒鎧の男はゆっくりと歩み寄る。
「だから、"視える者"と"鍵"がここに存在すること自体が、本来の運命にはない」
「……っ!」
陽翔と莉音は、同時に息を飲んだ。
「俺たちの召喚は……"間違い"だったってことか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言える」
黒鎧の男の言葉は、謎めいていた。
だが、彼は確信を持って続ける。
「"鍵"がこの世界にいる限り、"正しい未来"は訪れない」
「鍵……莉音のことか?」
陽翔が問うと、黒鎧の男はゆっくりと頷いた。
「そうだ。お前たちがこの世界にいる限り、この世界の"時間の歪み"は加速し続ける」
莉音が震えた声で言う。
「……じゃあ、私がいなければ、この異変は止まるの?」
「……それはお前たちが決めることだ」
黒鎧の男は微笑み、裂け目へと一歩足を踏み入れる。
「だが、時間はそう長くはない。近いうちに"主"が目覚める」
「"主"……」
陽翔の脳裏に、視えた未来の光景が蘇る。
——王都が崩壊し、黒鎧の男の背後に"巨大な影"が立っていた映像。
「その時、お前たちがどちらの側に立つか……選ぶがいい」
黒鎧の男はそう告げ、**裂け目の向こうへと消えた。**
***
異界の裂け目は、次第に小さくなっていく。
「……行ったか」
エリシアが剣を収める。
「だけど……話が見えなくなってきた」
陽翔は頭を抱えた。
「俺たちは、間違った世界に召喚された? それがどういう意味か、まだ分からない……」
だが、確かに感じる。
"この世界には、本来の歴史とは違う歪みがある"。
そして、その中心にいるのが——**莉音**。
「……私、どうすればいいの?」
莉音が小さく呟く。
「……この世界にいたらダメなの?」
陽翔は、何も言えなかった。
もし本当に莉音の存在が"世界の歪み"を生んでいるのなら、彼女がいなくなれば、この異変は止まるのかもしれない。
(でも、それでいいのか……?)
答えが出ないまま、陽翔はただ夜空を見上げた。
***
**次回:「消された召喚者」**
莉音の存在が"歪み"の原因なのか?
陽翔は、新たな真実に迫るため、さらなる調査を開始する——。