第5話「黄昏の真実」
夜の王都に、静寂が広がる。
陽翔は、先ほどの戦いの余韻を引きずりながら、重い足取りで歩いていた。
黄昏の信徒の最後の言葉が、頭の中で何度も反響している。
——「鍵と視える者——お前たちは、二つの時間の交差点にいる」——
(鍵……視える者……それに、二つの時間の交差点?)
何かが引っかかる。
だが、その意味はまだ掴めなかった。
「陽翔くん、大丈夫?」
莉音が隣から心配そうに声をかける。
「ああ……ただ、さっきの言葉が気になってる」
「……私も、少しだけ……」
莉音は目を伏せ、何かを言いかけて——口を閉ざした。
(まただ……。こいつ、やっぱり何か知ってるんじゃないのか?)
しかし、それを問い詰める間もなく、遠くから騎士たちの叫び声が響いた。
「異変発生! 王都の結界に異常が!」
陽翔と莉音、エリシアは顔を見合わせると、すぐに声のした方へ駆け出した。
***
王都の中心部、広場に到着した瞬間、陽翔は息を呑んだ。
**空間が、歪んでいる。**
石畳の上に、ぼんやりとした影が揺らめいている。
しかし、それは人影ではなかった。
**まるで異世界の建造物の「影」が、この世界に映り込んでいるようだった。**
「これは……」
住民たちが混乱し、広場のあちこちで膝をついて祈り始める。
「神の啓示か……?」
「これは異端の力なのでは……?」
陽翔は背筋が凍るのを感じた。
(……異世界の影が、浮かび上がっている?)
結界の乱れが原因なのか、それとも封印の崩壊と関係があるのか——。
その時、視界の端で何かが**視えた。**
(また……これは、"視える力"の影響か?)
陽翔は目を凝らす。
影の向こう、歪んだ空間の先に、一瞬だけ"誰か"が立っているのが見えた。
黒いフードを被った人影。
(黄昏の信徒……!?)
陽翔が駆け出そうとした、その瞬間——
視界が、また歪む。
そして——
**"未来"の映像が視えた。**
王都の炎。
崩れ落ちる城壁。
**莉音が血に塗れた姿で立ち尽くしている。**
——黒鎧の男の笑み。
「——っ!!」
陽翔は、意識が急激に引き戻される。
息が荒い。心臓が強く脈打つ。
「陽翔くん!」
莉音が駆け寄り、彼の腕を掴んだ。
「……今、視えた……」
「視えたって……何が?」
「未来だ……」
莉音の瞳が、大きく揺れる。
***
「未来が視えた?」
莉音の顔が強張る。
陽翔は息を整えながら、視えた光景を思い出す。
炎に包まれる王都。崩れ落ちる城壁。
**そして、血に染まった莉音の姿——。**
「……お前、血まみれで倒れてたんだ」
陽翔の言葉に、莉音は小さく息を呑む。
「そんな未来が……?」
「いや、まだ"未来"と決まったわけじゃない。ただの幻覚かもしれないし……」
そう言いながらも、陽翔は言葉に確信を持てなかった。
これまでの"視える力"とは違う。
過去ではなく、"まだ起きていないこと"を視てしまった。
(……俺の力は、これからどうなっていくんだ?)
そんな不安が胸をよぎる。
しかし、考える時間はなかった。
「結界の異常が拡大しています!」
騎士の報告が響く。
広場の一角——そこでは、**過去の建造物と異世界の影が混ざり合いながら形を変え、歪んだ空間が生じていた。**
「何が起こっているの?」
莉音が不安げに呟く。
「"時間の流れ"が歪んでいるのよ」
エリシアが険しい顔で言う。
「封印の崩壊によって、この世界の魔力の流れが乱れているのは間違いない。でも、これは……」
「まるで、"別の時間"が王都に流れ込んでいるみたいだ……」
陽翔の言葉に、エリシアが頷く。
「可能性はあるわ。このまま放置すれば、王都だけでなく、世界全体が"時間の狭間"に呑まれるかもしれない」
「じゃあ、どうすれば……?」
その問いに、エリシアは静かに答えた。
「黄昏の信徒の拠点を突き止めるしかないわ。結界の乱れも、封印の崩壊も、すべて彼らが関わっている可能性が高い」
「拠点の場所は?」
「……陽翔さんの力なら、追えるのでは?」
***
陽翔は深く息を吸い、意識を集中させた。
"視える力"で、先ほど王都に現れた黄昏の信徒の痕跡を辿る——。
視界がぼやけ、魔力の流れが光の筋となって浮かび上がる。
(……こっちだ)
陽翔はある方向を指さした。
「この先に、黄昏の信徒の気配を感じる」
莉音とエリシアが頷き、三人は王都の外れへと急いだ。
***
たどり着いたのは、**王都の地下へと続く古い神殿跡** だった。
長い時を経て崩れかけた石造りの回廊。
壁には古代の紋様が刻まれており、見たことのない魔法陣が浮かび上がっていた。
「これは……?」
エリシアが壁の魔法陣を見つめ、眉をひそめる。
「この術式……王国の結界術とは異なる。もっと古いもの……いや、**異世界の技術** かもしれない」
「異世界の技術……?」
陽翔は、その言葉に引っかかるものを感じた。
「王国の封印術は、元々この世界のものじゃない……?」
莉音がぼそりと呟く。
「……莉音?」
「……ううん、何でもない。でも、この術式……やっぱり、何かがおかしい」
彼女は壁をじっと見つめる。
(おかしい?)
その時——陽翔の"視える力"が、また発動する。
視界が歪み、過去の映像が浮かび上がる。
**この神殿で行われた儀式の光景——。**
黒いフードを被った人々が、封印の魔法陣を描き、何かを祈っている。
その中央には、**黄昏の信徒の紋様と酷似した印が刻まれていた。**
(こいつら……やっぱり封印と関係があるのか?)
だが、視界がさらに揺れた瞬間——。
**次は、"未来の映像"が視えた。**
神殿が崩れ、封印が完全に解かれる光景。
そして、その奥に鎮座する"何か"が目を覚ます。
——"災厄の器"が、開かれる瞬間。
「っ……!!」
陽翔は激しい頭痛に襲われ、その場に膝をついた。
「陽翔くん!」
莉音が駆け寄る。
息が乱れる。
心臓が強く脈打つ。
「……っ、未来が……視えた」
「未来?」
陽翔は荒い息を吐きながら、言葉を絞り出す。
「この神殿が……崩れる。そして、封印が解かれた"何か"が……」
その瞬間、**神殿の奥から、不気味な気配が漂い始めた。**
「……来る」
エリシアが剣を抜いた。
「黄昏の信徒の迎撃か……それとも、もっと別の"何か"が目覚めるのか……」
陽翔たちは、緊迫した空気の中で息を呑んだ——。
***
神殿の奥から、異様な気配が漂ってくる。
陽翔は息を整えながら、視える力で周囲の魔力を探った。
漂う魔力は、まるで過去と未来が混ざり合っているかのように、不規則に揺れている。
「……封印が、完全に崩れようとしているのか?」
エリシアが剣を構え、鋭い眼差しで奥を見つめる。
「それとも、まだ何かが……」
その時——**神殿の奥から、不気味な光が漏れ出した。**
「何かが目覚めようとしてる……?」
陽翔が呟くと同時に、莉音が急に表情を強張らせた。
「……ここ、来たことがある気がする」
「……何?」
莉音の言葉に、陽翔は驚いた。
「でも、それはありえない。ここは王国の歴史でも忘れられた場所のはず……なのに……」
彼女は震える指先で、壁に刻まれた古い壁画を指した。
「これを……見たことがある」
***
壁画には、奇妙な光景が描かれていた。
ひとつは、王国の騎士たちが"封印"を施す場面。
もうひとつは、黄昏の信徒と思われる者たちが、その封印を"解こうとしている"場面。
しかし、陽翔の視線がとまったのは、そのさらに奥に描かれた、ある絵だった。
「……この人影……」
壁画の中央には、**二人の人間が描かれていた。**
ひとりは剣を持ち、もうひとりは魔法を操る。
その姿は、どこか**陽翔と莉音に似ているように見えた。**
「俺たち……?」
「違う……」
莉音がかぶりを振る。
「……これ、本来の歴史では、こうじゃなかった」
「え?」
陽翔は混乱する。
「"本来の歴史"……って、どういうことだよ?」
「私……思い出せない。でも、何かが違うの。ここに、本当は"もうひとり"いたはずなのに……」
莉音は壁画をじっと見つめ、眉をひそめた。
よく見ると——**壁画の中央部分に、何かを塗りつぶしたような痕跡がある。**
「ここ、本来は三人だった……?」
「……そうかもしれない。でも、誰が、なぜ消したのか……」
莉音は拳を握る。
「……何かが、この世界の歴史を書き換えた?」
***
その時——神殿の奥から、足音が響いた。
「ようこそ……"視える者"に"鍵"よ」
低く、冷たい声。
そこに現れたのは、**黒いフードを被った黄昏の信徒の一人だった。**
その背後には、さらに数人の影が控えている。
「……貴様ら、やはりここにいたか」
エリシアが剣を向ける。
しかし、黄昏の信徒の男は笑うだけだった。
「焦るな。いずれ、すべての"真実"が明かされる……」
そして、男は莉音をじっと見つめた。
「"鍵"よ。お前がその記憶を完全に取り戻した時、"本来の歴史"が再び動き出すのだ」
「……!」
莉音が一歩後ずさる。
「……お前たちは、一体何を知っているんだ?」
陽翔が詰め寄る。
しかし、男は微笑むだけだった。
「もうすぐ、お前たちも思い出すさ。——"この世界の本当の形"をな」
その言葉と同時に、**神殿の奥で何かが光を放った。**
***
「っ、何か来る!」
陽翔が叫ぶと同時に、壁の奥から衝撃が走った。
——地響き。
——魔力の奔流。
そして——
「封印が……開く……」
黄昏の信徒の男が、満足げに呟いた。
陽翔は咄嗟に"視える力"を発動させた。
(未来を……視る!!)
視界が一瞬、暗転する。
そして——
陽翔は、"これから起こる光景"を視た。
**神殿の崩壊。封印の完全な崩壊。**
**そして、闇の中から姿を現す、未知の存在——。**
「くそっ……!」
陽翔は歯を食いしばった。
「このままだと、封印が完全に破られる……!」
その言葉に、莉音とエリシアも息を呑む。
「止めるしかない……!」
だが、その時——黄昏の信徒の男が薄く笑った。
「"運命"に逆らうことなどできるかな?」
***
神殿の奥から、闇が滲み出す。
黄昏の信徒の男は、微笑みながら呟いた。
「……目覚めの時だ」
その言葉と同時に、**封印の魔法陣が崩壊し、強烈な魔力が溢れ出す。**
「っ、これは……!」
陽翔は目を凝らした。
"視える力"を発動させ、魔力の流れを追う。
しかし、それはこれまで見たどの魔力とも違った。
過去の魔力でもなく、未来の魔力でもない。
(……"異質"な力?)
——それは、この世界のものではない。
まるで、この世界に"侵食"しようとしている何か——。
「……封印が、完全に破られる……」
黄昏の信徒の男が、陶酔したように呟いた。
その瞬間——**地面が裂け、黒い霧のようなものが溢れ出した。**
「っ、まずい!」
エリシアが剣を振るうが、霧はまるで意志を持つかのように拡散し、神殿の壁を伝う。
その中心に——
**何かが、蠢いている。**
「おい、あれ……!」
陽翔が指さした先。
黒い霧の中心に、"影"が立っていた。
しかし、それはただの影ではない。
「まさか……"災厄の器"……?」
莉音が息を呑んだ。
***
"影"がゆっくりと顔を上げた。
それは、人のようで、人ではない。
だが、確かに"意思"を持ち、陽翔たちを見つめていた。
「……誰だ?」
陽翔が問いかける。
しかし、"影"は何も言わない。
ただ——
**視線を、陽翔と莉音に向けた。**
「っ……」
その瞬間、陽翔の視界が暗転した。
そして——"未来の映像"が視えた。
王都が崩壊する。
莉音が血に塗れた姿で倒れる。
黒鎧の男が、不敵に笑っている。
——そして、世界が"終わる"。
***
「っ、陽翔くん!」
意識が戻ると、莉音が顔を覗き込んでいた。
息が荒い。頭が割れるように痛む。
(……また"未来"を視たのか……)
だが、今の未来は、今までよりも"鮮明"だった。
「……俺たちが、このままじゃ……世界が……」
言葉にならない。
その時——
「"視える者"と"鍵"よ……」
黄昏の信徒の男が、再び口を開いた。
「……お前たちは、まだ気づいていない。"この世界の歪み"の本当の意味を」
「……歪み?」
莉音が声を絞り出す。
男はゆっくりと頷いた。
「お前たちは、"正しい歴史"を取り戻す役割を担っているのだよ」
「正しい……歴史?」
陽翔は混乱する。
「何を言ってる?」
「この世界は、本来あるべき未来から外れた。"間違った未来"へと進もうとしている」
「間違った……未来?」
「お前たちが召喚された理由は、そこにある」
男は続ける。
「"視える者"と"鍵"——お前たちは、本来、ここにいるべきではなかった」
「……っ!」
陽翔の心臓が跳ねる。
その言葉に、莉音もまた驚愕の表情を浮かべた。
「……私たちが、ここにいるべきじゃなかった?」
男は、ただ微笑んだ。
「それを知るのは、もうすぐだ」
そう言い残し——**彼は、影の中に消えた。**
***
静寂が広がる。
黒い霧は、まだ蠢いていた。
「……どうする?」
エリシアが剣を構えながら尋ねる。
「このまま、ここに留まるのは危険だわ」
「でも……」
陽翔は、霧の中心を睨む。
"災厄の器"。
それが、どんな意味を持つのかはまだ分からない。
だが——
「ここにある"何か"が、世界を滅ぼすかもしれない……」
それだけは、確信していた。
莉音も、静かに頷く。
「……行こう。答えを見つけるために」
陽翔たちは、神殿を後にした。
***
**次回:「記録された未来」**
黄昏の信徒の言葉の意味とは?
陽翔と莉音が、この世界の"歪み"の真実に迫る——。