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第4話「災厄の器を追え」

 王宮の回廊を歩きながら、陽翔は違和感を拭えずにいた。


 王から下された命令——**「封印を破った勢力を追跡し、その目的を探れ」**


 封印の間で視えた光景は、脳裏にこびりついて離れない。

 黒鎧の男が"災厄の器"を奪った。しかし、それだけではない。

 彼の背後にいたもう一つの勢力——**「黄昏の信徒」** と呼ばれる存在。


「陽翔くん、大丈夫?」


 隣を歩く莉音が、不安げな視線を向けてくる。


「ああ……でも、やっぱり気になるんだよ」


「何が?」


「俺の視える力で見た光景……あの時、黒鎧の男の背後にいた影たち。彼らの魔力の流れが、妙に複雑だったんだ」


 陽翔は立ち止まり、ゆっくりと目を閉じる。

 意識を集中し、**「過去の魔力の痕跡」** を視ようとした。


 ——視えた。


 封印の間の扉、崩れた石の隙間、壁に残る魔力の粒子。

 光の筋が幾重にも絡み合い、過去の戦闘の断片が浮かび上がる。


 そして——


「……っ!」


 陽翔の視界に、黒鎧の男の姿が現れる。

 その背後には、黒いフードを被った数人の影。


 彼らの手には、淡い紫色の魔法陣が浮かんでいる。

 それは、王国の魔術とは違う、異質なものだった。


 ——「予定より早いが、やるしかない」——


 影の一人が、低く呟く声が聞こえた。


(やはり、計画的な襲撃だったのか……)


 陽翔はさらに深く"視よう"とした——その瞬間。


 視界が一気に乱れた。


 周囲の光景が歪み、視えるはずのない"過去の映像"が入り混じる。


 王宮の回廊——その場所に、数十年前の戦争の断片が重なる。

 騎士たちが剣を交え、炎の魔法が炸裂し、悲鳴が響く。


 現実の景色と、過去の戦場が交錯する。


 **視えすぎる——いや、混ざってしまう。**


「……陽翔くん!」


 莉音の声で、陽翔ははっと意識を取り戻した。

 気づけば、膝をついていた。


「……っ、大丈夫だ」


「無理しないで。視えすぎると危険だよ」


 陽翔は、顔を上げて莉音を見つめる。


「莉音……お前は、これがどういう力なのか知ってるのか?」


「……今は言えない。でも、陽翔くんの力は"この世界の常識を超えている"ことだけは、確かだよ」


 莉音の表情は、どこか不安げだった。


***


「……"この世界の常識を超えている"って、どういう意味だ?」


 陽翔は膝をついたまま、莉音を見上げた。

 彼女は一瞬、言葉を選ぶように口を閉ざし、それからゆっくりと答えた。


「普通、魔法は"現在"の魔力の流れを扱うもの。でも……陽翔くんの力は違うよね?」


「違う……?」


「今のあなたは、"過去"の魔力の痕跡を追い、その動きを再現している。つまり、"時間の流れ"に干渉している可能性があるの」


 陽翔の背筋が凍った。


(時間の流れ……? 俺の視えているものは、過去の残像じゃなくて……)


「でも、それだけじゃない。陽翔くんが視たもの——"過去の魔法が現在と混ざる"現象は、普通ではありえないこと」


 莉音の瞳は、どこか別の"何か"を知っているような光を宿していた。


「それに、過去が視えるだけならいいけど……もし"未来"まで視えてしまったら?」


「……っ」


 陽翔は言葉を失った。


(俺の視える力が、もし未来まで捉え始めたら……?)


 そこまで考えた時、彼の意識が急激に重くなる。


「……少し、休める場所へ行こう。王宮の庭園にでも」


 莉音が陽翔の肩にそっと手を添えた。

 陽翔は深く息をつき、ゆっくりと立ち上がる。


***


 王宮の庭園は、陽翔の知るどんな庭園よりも美しく整えられていた。

 噴水の水が静かに流れ、色とりどりの花が咲き乱れている。


 しかし、その美しさとは裏腹に——。


「……何だ、これ」


 陽翔は目の前の異変に息を呑んだ。


 **噴水の水が、逆流している。**


 まるで時の流れが狂ったように、水が空へと吸い込まれていく。


 さらに、庭園の一角では、空間が歪んでいた。

 光の裂け目のようなものが生まれ、中には"異なる世界の風景"が揺らめいている。


 王宮の壁に沿うように、ぼんやりと浮かび上がる幻影。

 そこに映るのは、見知らぬ都市——だが、どこかで見たことがある気がする。


「これは……王都の結界の異常か?」


「違う」


 エリシアの声が響いた。

 彼女は騎士団を伴って庭園に現れ、険しい顔で異常を見つめていた。


「これは、"結界の乱れ"なんてレベルではない。"世界の歪み"だ」


 陽翔は、彼女の言葉の意味を考えながら、再び"視える力"を働かせた。


 視界に映る魔力の流れ。

 しかし、それは今まで視たものとは全く異質だった。


 **魔力が、過去と未来のものが交錯するように混ざり合っている——。**


「やっぱり……」


 莉音が静かに呟く。


「何か知ってるのか?」


 陽翔が問い詰めると、彼女は迷いながらも答えた。


「……これ、"歴史がズレている"証拠かもしれない」


「歴史がズレる?」


「うん。本来、過去に存在したはずの魔法が、今になって噴き出している。そして、現在の魔力と衝突して、異常が起きている……」


「つまり、"過去"と"現在"が同時に存在しているってことか?」


「正確には、"本来の過去と違う過去が入り混じっている"。だから、世界が歪んでいる」


 陽翔はゾクリと背筋が冷たくなるのを感じた。


 これはただの異世界召喚の話じゃない。

 もっと根本的な、"この世界そのものの異変"が起こっている——。


***


 騎士たちが王宮の庭園の異常を報告するために動き出す中、陽翔と莉音は再び視線を交わした。


「俺たちの召喚と関係があるのか?」


「……わからない。でも、もしあるとしたら……私たちは、本当に"偶然"召喚されたわけじゃないかもしれない」


「……!」


 陽翔の胸に、得体の知れない不安が広がった。


 **俺たちの召喚が、世界の歴史を歪めた?**


「何が起こってるんだ、この世界で……」


 陽翔は、ゆっくりと王宮の壁に浮かび上がる異世界の風景を見つめた。


***


 王宮の庭園の異変に、騎士たちは緊迫した様子で動き回っていた。


「魔導士を呼べ! 何が起きているのか調査する!」


「結界の状態を確認しろ! 王都全域に影響が出る可能性がある!」


 騎士たちの叫びが飛び交う中、陽翔は改めて"視える力"を使い、異変の原因を探ろうとした。


(この歪みの正体は……)


 目を凝らすと、庭園の空間に漂う魔力の流れが見えた。

 しかし、それは今まで見てきたものとはまるで違った。


 **魔力が、"時間の層"を跨いで流れている。**


 過去の魔力、現在の魔力、そして——

 未だ発動していないはずの"未来の魔力"が、同じ場所で交差していた。


(……ありえない。こんなこと、魔法の理論上でも説明できないはずだ)


 陽翔は混乱しながら、さらに深く魔力の流れを読み取ろうとした。


 ——視えた。


 歪んだ空間の向こうに、一瞬だけ"何か"が映った。


 黒い影。フードを深く被った人物。

 その手には、先ほど視えた"黄昏の信徒"の魔法陣と似た紋様が刻まれていた。


「——誰だ!?」


 陽翔が声を上げた瞬間、影はすっと消えた。


「……今、誰かいたの?」


 莉音が不安そうに尋ねる。


「いや、確証はない。でも……誰かがこの歪みを"意図的に作り出している"可能性がある」


 その言葉に、エリシアが険しい表情で口を開いた。


「封印の間が破られただけでなく、王都の結界が乱れ、世界の歪みが発生している。そして、その裏には"黄昏の信徒"らしき者がいる……」


「この異変、偶然じゃない……?」


 陽翔は、改めて確信した。


(これは、誰かの意思によるものだ——)


***


 王宮の回廊に戻ると、すでに王と側近たちが事態を把握し始めていた。


「結界の乱れは、王都全域に広がる可能性がある。最悪、国全体が"時の歪み"に呑まれるかもしれない」


 魔導士が報告する中、王が静かに陽翔たちに視線を向ける。


「封印の間の異変に続き、王都そのものが揺らぎ始めた……。貴様ら、"この異変の核心"に最も近い立場にいるはずだ」


「……核心?」


「封印を破った勢力、黄昏の信徒の動き、そして貴様らの召喚。これらはすべて、単なる偶然では片づけられぬ」


 王の言葉に、陽翔と莉音は顔を見合わせた。


「お前たちには、新たな任務を与える」


 王はゆっくりと立ち上がり、言葉を続ける。


「"黄昏の信徒"と封印の間の繋がりを探れ。そして、持ち去られた"災厄の器"がどこへ向かったのかを突き止めよ」


***


「……黄昏の信徒、か」


 王宮を後にし、陽翔と莉音、エリシアは再び歩きながら考えを巡らせていた。


「結局、彼らが何者なのか、まだはっきりとは分かっていない。でも、封印を破るほどの力を持っているなら……」


「王国にとって、最大の脅威になりうる」


 エリシアが厳しい声で答える。


「ただ……"黄昏の信徒"という名前には、聞き覚えがあるのよね」


「知ってるのか?」


「正確には、"知っていたはずのものと違う"」


 エリシアの眉が寄せられる。


「私の記憶では、黄昏の信徒は過去の戦争で滅んだはず。けれど、陽翔さんが視た影は、確かに存在していた……」


「つまり、本来は存在しないはずの勢力が、今の世界に現れた?」


「そういうことになるわね」


 陽翔は頭を抱えた。


 **歴史のズレ。**


 本来の過去と異なる未来。


 そして、それを知っているかのような莉音——。


「……どういうことなんだ、これは」


 陽翔の言葉に、莉音は僅かに表情を曇らせた。


「……"世界が変わり始めている"んだよ」


***


 王宮の外に出ると、空気が僅かに重く感じられた。


 夜の帳が下り始め、城下町の灯りがゆらゆらと揺れている。

 しかし、その穏やかな光景の裏で、確実に"異変"が進行していることを陽翔は感じていた。


「……これから、どう動く?」


 陽翔が問いかけると、エリシアが冷静に答える。


「まずは、"黄昏の信徒"の痕跡を追いましょう。彼らが封印の間の破壊に関与していたことはほぼ確実です」


 莉音も頷く。


「でも、それだけじゃない。問題は"災厄の器"がどこへ行ったのか……だよね」


「そうだな」


 陽翔は拳を握りしめる。


(視える力を使えば、"災厄の器"がどこへ消えたのか追えるかもしれない)


 だが、その時——


「……っ!」


 陽翔の視界が、唐突に歪んだ。


 強烈なノイズのようなものが脳内を駆け巡り、足元がふらつく。


「陽翔くん!」


 莉音が支えようとするが、その前に——。


 **視えた。**


 目の前に浮かび上がる、断片的な映像。

 それは——"未来の光景"だった。


 ——**炎に包まれる王都。**

 ——**崩れ落ちる城壁。**

 ——**黒鎧の男の前に、"災厄の器"を掲げるフードの人物。**


(これは……未来……?)


 陽翔は息を呑んだ。


「視えたの?」


 莉音が不安げに問いかける。

 陽翔はしばらく息を整え、ゆっくりと頷いた。


「……王都が燃えていた。そして、黒鎧の男の前に"黄昏の信徒"の一人らしき人物がいて、"災厄の器"を手にしていた」


「……っ!」


 エリシアの表情が険しくなる。


「つまり、彼らは"災厄の器"を何らかの目的で使用しようとしている……?」


「可能性は高い。でも、まだはっきりとは分からない」


 陽翔は、自分の視た映像を思い出しながら言葉を選んだ。


「ただ、はっきりしているのは……"このままだと、王都は滅びる"ってことだ」


***


 王都を歩きながら、陽翔は未だに視界の揺らぎを感じていた。


 **過去が混ざる。"未来"が視える。**

 そして、"本来の歴史と違う世界"。


 莉音が知るはずの歴史は、この世界とは違っている——。


「……ねえ、莉音」


 陽翔は静かに彼女に問いかけた。


「お前、本当は何を知っているんだ?」


「……」


 莉音は、ぎゅっと拳を握る。


「……私は……」


 何かを言いかけたその時——。


「——おい、お前ら!」


 突然、路地の奥から荒々しい声が響いた。


 陽翔たちが振り向くと、そこには**黒いフードを被った集団**が立っていた。


「——黄昏の信徒……!」


 エリシアが剣を抜く。


 その瞬間、敵の一人が素早く詠唱を開始した。


「**《影縛りの鎖》!**」


 黒い鎖が空間から伸び、陽翔たちへと襲いかかる。


「くっ……!」


 陽翔は反射的に身を引く。


 ——しかし、その瞬間。


 彼の視界に、"敵の動きの軌道"が光の筋となって浮かび上がった。


「……視える!」


 陽翔はとっさに叫ぶ。


「左、下から攻撃が来る!」


 エリシアがその言葉を聞き、即座に回避。

 莉音もまた、魔法を放って反撃する。


 激しい交戦の中、陽翔は確信する。


(この力は、戦える……!)


 "視える力"は、戦況を変える力になる——。


 そして、彼らの戦いが終わった時、黄昏の信徒の一人が、不敵な笑みを浮かべながら言った。


「ふん……まだ"お前たちの役割"に気づいていないようだな」


「……何?」


「近いうちに、お前たちの"本当の意味"を知ることになるだろう……」


 そう言い残し、敵は闇に溶けるように姿を消した。


***


 陽翔はその場に立ち尽くしていた。


("お前たちの役割"……? どういう意味だ……?)


 彼は、未だに答えの見えない謎に囚われながら、夜の闇を見つめていた——。


***


**次回:「黄昏の真実」**


 黄昏の信徒の言葉が意味するものとは?

 陽翔と莉音が抱える「役割」の真実が、ついに動き出す——。



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