第2話「異世界での初めての戦い」
鋭い咆哮が、王宮の空間を引き裂いた。
黒い影が跳躍する。騎士の盾が砕け、弾かれた剣が宙を舞う。
地面に倒れ込んだ騎士が悲鳴を上げる——しかし、次の瞬間、その体は黒い爪によって引き裂かれた。
**——視えた。**
魔物の動きが、淡い光の筋となって軌道を描く。
まるで宙に残像が焼き付いたように、次の動きが"予測される未来の形"として陽翔の視界に映し出される。
右から一匹。左の柱の影から、もう一匹——。
軌道が交差し、瞬時に「正しい回避ルート」が脳裏に浮かぶ。
「——右から来る!」
反射的に叫ぶと、騎士が即座に反応し、ギリギリのタイミングで剣を振るった。
刃が魔物の牙を弾き、黒い液体が飛び散る。
——間に合った。
だが、次の魔物がすでに動いている。視界に浮かび上がる光の軌道が、陽翔の思考よりも速く交錯していく。
——身体が動かない。ただ、視えているだけ。
「《クリムゾン・レイン》!」
澄んだ声が戦場に響いた。
莉音の指が軽く弾かれる。
通常なら詠唱が必要なはずの高位魔法が、まるで"瞬発的な反射"のように発動する。
**——詠唱なし。高速詠唱ですらない。ただ、意図した瞬間に魔法が炸裂する。**
空中に無数の炎の槍が生まれ、一瞬の遅れもなく魔物たちへ降り注いだ。
爆炎が弾け、黒い影が次々と焼き尽くされる。
陽翔は息をのんだ。
戦場の中央に立つのは、同じく異世界に召喚されたはずの少女——**藤宮莉音**。
彼女は一切の躊躇なく魔法を放ち、敵を正確に撃ち抜いていた。
まるで、何百回も戦場を経験してきたかのような動き。
「莉音、お前……!」
「説明してる暇はない!」
莉音は素早く言い切り、さらに前へと進む。
魔法陣の詠唱すらなく、次々と術式を展開し、魔物を駆逐していく。
陽翔は、その姿を呆然と見つめるしかなかった。
**——どういうことだよ、お前……**
しかし、その疑問を口にする暇もなく、新たな魔物が王宮の奥へ向かって突進していくのが見えた。
陽翔の視界に、再び「光の軌道」が浮かび上がる。
魔物たちは、明らかに"王"ではなく、**王宮の奥の何か** を目指している。
「こいつら、まるで……計算された動きをしている……?」
陽翔は無意識に呟いていた。
これはただの襲撃ではない。
何か、もっと大きな意図がある——。
***
***
陽翔は混乱しながらも、再び視界を研ぎ澄ませる。
魔物たちの動きは、単なる本能的な暴れ方ではない。
それどころか、彼らはまるで何かに導かれるように、同じルートを辿っている。
「……これ、偶然じゃないな」
意識を集中させると、陽翔の視界に再び「光の筋」が浮かび上がる。
それは魔物たちの動線——彼らが進むべき道が、あらかじめ決められているように見えた。
**こいつら、まるで計算された動きをしている。**
陽翔は咄嗟に戦場を見渡し、気づいた。
魔物たちが向かっているのは、**王の座する玉座ではなく、城の奥深くにある何か** だ。
「エリシア!」
陽翔は近くにいた巫女の少女に叫ぶ。
「こいつら、王じゃなくて……王宮の奥の何かを狙ってる!」
「……それは本当ですか?」
エリシアの表情が一瞬、驚きと困惑に揺れた。
陽翔は確信を持って頷く。
「間違いない! 動きが不自然だ!」
「……ならば、そちらを守るべきです!」
エリシアが騎士たちに指示を出し、数名が王宮の奥へと向かう。
一方、陽翔は改めて戦場を見回した。
魔物の動きが「視える」。
けれど、自分には戦う手段がない。
ただ、視えているだけでは——何もできない。
**俺は……何をすればいい?**
***
「陽翔くん、下がって!」
莉音の声が響く。
陽翔が後退すると同時に、彼女の指が宙をなぞる。
魔法陣が瞬時に展開され——まるで"発動のための過程"が存在しないかのように、光が弾けた。
「《フロスト・エッジ》」
鋭い氷の刃が空中に無数に現れ、猛スピードで魔物たちを切り裂いていく。
血しぶきが舞い、魔物たちは崩れ落ちた。
陽翔は、その光景を見て、背筋が冷たくなるのを感じた。
**この世界に来てから、彼女は一度も"魔法の仕組み"について学んでいない。**
なのに、まるで当然のように魔法を扱い、あまりにも自然に戦っている。
「……お前、本当に高校生か?」
陽翔は、無意識に問いかけていた。
莉音の動きが止まる。
だが、その一瞬の間を置いた後、彼女は静かに言った。
「今は、それより、この戦いを終わらせるのが先」
そして、再び魔法を放つ。
その背中を見ながら、陽翔は確信した。
——**莉音は、何かを隠している。**
***
その時、戦場の空気が変わった。
陽翔の視界に、強烈な"光の軌道"が映る。
それは——これまでの魔物たちとは別次元のもの。
「……なんだ?」
闇を引き裂くような轟音。
巨大な影が、王宮の門を押し開いた。
**——黒鎧の魔物。**
禍々しい気配をまとい、騎士たちを一瞥すると、ゆっくりと歩みを進める。
その動きには、これまでの魔物たちにはなかった**確かな意思** が宿っていた。
「——お前、ただの人間じゃないな。」
陽翔に向けられた、低く響く声。
まるで、最初から彼を狙っていたかのように——。
***
陽翔は、息を呑んだ。
黒鎧の魔物——それは、これまでの魔物とは明らかに違う存在だった。
その身を覆う漆黒の鎧は、異様な光を反射し、まるで生きているかのように揺らめいている。
そして何より、その目——。
他の魔物とは違い、**知性を宿した冷静な瞳** で陽翔を見つめていた。
「……お前、何者だ?」
陽翔が思わず呟くと、黒鎧の魔物は薄く笑ったように見えた。
「今は答えをやる時ではない」
その瞬間、影が揺らめいた。
**——速い。**
陽翔が視界に捉えたときには、黒鎧の魔物はすでに間合いに入っていた。
「——っ!」
鋭い斬撃が放たれる。
陽翔は反射的に身を翻し、ギリギリで回避した。
**——いや、違う。これは俺が"視えた"から避けられたんだ。**
その瞬間、陽翔の脳裏に何かが閃く。
敵の動きが「視える」なら——次の行動も、視えるのではないか?
陽翔は、無意識に意識を集中させた。
次の瞬間、視界の中に「光の筋」が浮かび上がる。
黒鎧の魔物の剣——それが振り下ろされる前に、刃の軌道が線となって現れた。
「——右に避ける!」
陽翔は反射的に動く。
その刹那、黒鎧の剣が空を切った。
——当たらない。
陽翔は、自分が敵の攻撃を完全に回避していることに気づく。
**俺は、こいつの動きを読める。**
しかし、それだけでは勝てない。
回避はできても、反撃する術がない。
「……やるじゃないか」
黒鎧の魔物が低く呟く。
「やはり、貴様……少し、興味深いな」
そして——
黒鎧の魔物は、突然霧のように消えた。
「……っ!? 逃げた?」
陽翔は周囲を見回すが、その姿はどこにもない。
だが、空気が変わった。
まるで、この場に残された何かが"意志"を持っているような感覚。
「これは……」
陽翔の視線の先で、王宮の奥から新たな黒い霧が滲み出ていた。
***
戦いは、続いていた。
騎士たちは必死に応戦しているが、魔物たちは王宮の奥を目指し、次々と突破していく。
莉音はその流れを断ち切るように魔法を放つ。
「——《クリムゾン・レイン》!」
空間に刻まれた魔法陣が輝き、無数の炎の槍が降り注ぐ。
爆炎が弾け、魔物たちは次々と消滅していく。
だが——陽翔は、その戦いの様子を見て、確信した。
**——莉音は、異質だ。**
彼女は迷いなく戦っている。
初めて魔法を使うはずの人間の動きではない。
「……お前、やっぱり……」
陽翔が声をかけようとした、その時——。
「——封印の間が破られています!!」
騎士の一人が叫ぶ。
「……何だって?」
陽翔の背筋が凍りついた。
***
エリシアの顔色が変わる。
「封印の間が……? 本来、こんなに早く狙われるはずは……」
王宮の奥にある封印の間——そこには、古代の魔導兵器が眠っている。
つまり、魔物たちの狙いは陽翔や王ではなく——**封印された何か** だった。
「これは、偶然の襲撃じゃない……」
陽翔は確信する。
「でも……おかしい。計画的に動いているなら、なぜこんなに早く?」
何かが変わっている。
本来の予定よりも、全てが早まっている。
——まるで、"想定外の何か"が起こっているかのように。
「……やっぱり、何かが変わっている……?」
陽翔が呟くと、隣で莉音が小さく息を呑んだ。
その横顔は、微かに動揺していた。
**——やはり、こいつは何かを知っている。**
***
陽翔は、莉音の横顔をじっと見つめた。
彼女は、何かを知っている——。
そう確信したが、問い詰める時間はない。
王宮の奥、封印の間。
そこから立ち上る黒い霧が、戦場の空気を一変させていた。
魔物たちは戦意を失ったかのように動きを鈍らせ、その場に跪く。
まるで、新たな"主"の命令を待っているかのように——。
「封印の間が……破られたのか?」
陽翔が呟くと、エリシアが険しい表情で頷く。
「ええ……ここに召喚された勇者様なら、ご存じないのも無理はありませんが——」
エリシアの瞳に、微かな迷いが宿る。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「この国の最奥には、**"封印の間"と呼ばれる禁忌の場所** があります。
そこには、数百年前の大戦で封印された、**"災厄の器"** が眠っているのです」
「……災厄の器?」
陽翔は聞き返す。
「その詳細を知る者はごく僅かですが……伝承によれば、それは"魔法とは異なる別の力"を宿した存在——」
そこまで語った時だった。
**ゴゴゴゴゴ……ッ!!**
封印の間の扉が、軋むような音を立てて崩れ落ちた。
その奥から、闇が溢れ出す。
騎士たちは息を呑み、剣を構えた。
「……これは……」
陽翔の"視える力"が、異常なほど明確な光の流れを映し出す。
"何か"が、この中にいる。
——いや、"何か"が、解放されたのだ。
**次の瞬間、それは姿を現した。**
***
封印の間から現れたのは——黒い鎧を纏った、一人の男だった。
先ほど現れた黒鎧の魔物とは比べ物にならない、圧倒的な威圧感。
その存在が場に現れただけで、空気が張り詰める。
「……ようやく目覚めたか」
低く、響く声。
彼の目が、ゆっくりと陽翔を捉える。
「貴様か……"視る者"は」
「——っ!!?」
陽翔の全身が粟立つ。
彼は、知っている。
陽翔が"視える力"を持っていることを——。
「これは、想定外だったが……面白い」
黒鎧の男が剣を引き抜く。
その刃には、まるで**"魔法ではない何か"** の波動が纏わりついていた。
「貴様の力、確かめさせてもらおう」
その言葉と同時に、地面が割れた。
***
「やめて!!」
その瞬間——莉音が、陽翔の前に立ちはだかった。
彼女の手には、燃え上がる炎の剣。
その刃は、異様なほど鮮やかに輝いている。
黒鎧の男は、それを一瞥すると——口元に笑みを浮かべた。
「……ほう。貴様も"鍵"の一人か」
鍵?
陽翔はその言葉に違和感を覚える。
「莉音……お前……」
「……」
莉音は陽翔の視線を避けるように、剣を強く握りしめた。
「今は、戦うしかない」
その表情には、決意と、ほんの少しの迷いが混じっていた。
***
王宮は、決戦の舞台と化す。
封印の間の扉は完全に破壊され、解放された"何か"が確実に動き始めていた。
陽翔はまだ、自分が何をすべきかわからない。
だが、確かに感じる。
——これは、ただの異世界召喚では終わらない。
この戦いの先に、何か大きな秘密が隠されている。
そして、**莉音はその一端を知っている。**
「……やるしかない、か」
陽翔は、決意と共に視線を前に向けた。
***
**次回:「王との謁見」**
戦いは、一旦の終焉を迎える。
だが、陽翔の"視える力"、莉音の秘密、封印の間の真実——
それらが交錯する時、物語は新たな局面を迎える。