第11話「禁忌の記録」
封印の間の奥に、陽翔たちは足を踏み入れた。
黒鎧の男の言葉が、未だに陽翔の心に重く響いている。
**「お前たちがここにいることで、世界の均衡が崩れ始めている」**
それは、単なる警告ではない。
陽翔たちの存在が、何か大きな歪みを引き起こしていると確信させるものだった。
「……どうして、俺たちがここにいると世界が崩れるんだ?」
陽翔は、再び問いかけるように呟いた。
「それを知るには、"禁忌の記録"を解き明かさなければならない」
エリシアが前を歩きながら言った。
そして、封印の間の深部に到達する。
そこには、古びた石版が無造作に積み重ねられていた。
「これが……」
陽翔は、書かれた文字に目を向けた。
その内容には、異世界召喚の本質が記されていた。
——「召喚の本質は、世界の均衡を保つために行われる」
——「しかし、二人が同時に召喚された場合、世界の整合性が崩れる」
——「修正が発動し、歴史が書き換えられ、一部の存在は消滅する」
陽翔の胸に、冷たいものが走った。
(「消滅」?)
その言葉に、思わず足が止まる。
「二人が召喚された場合、修正が発動し……消滅する?」
莉音が声を震わせて呟く。
「それって、私たちがここにいることで、世界が壊れているってこと?」
陽翔は無意識に手を握りしめた。
**もし、それが事実なら、俺たちは「存在してはいけない存在」なのか?**
その時、エリシアが冷静に言葉を続けた。
「記録には、この世界の均衡が保たれるために、召喚は「一人だけ」行われるべきだったと書かれています」
「でも……なぜ、二人が召喚されてしまったのか?」
陽翔が言葉を呑み込む。
その答えが、**次に進むべき道を示す**はずだ。
「そして、私たちがここにいること自体が……歪みの原因になっている」
莉音の声が震える。
「私が消されるべき存在だったってこと……?」
陽翔は一瞬、言葉を詰まらせた。
「そんなこと、ない」
彼はその言葉を強く否定しようとした。
しかし、内心では……確信が芽生えていた。
(もし、俺たちが「消されるべき存在」だったのなら……)
「でも、私たちがここにいるのは、消されてはいけなかったからじゃないの?」
莉音の言葉が、陽翔の中で響く。
それは、希望の言葉か、それとも——ただの逃避か。
***
「それを確かめるために、これを解かなければならない」
エリシアが再び口を開く。
「時の鍵を使い、封印の奥にある真実を解き明かすべきだ」
「……」
陽翔は黙って頷いた。
すでに、目の前にある「答え」を探し始めていた。
だが、その先に待っているものが何なのか、まだ分からなかった。
——「この扉を開けることが、世界を変えることになる」
それが、恐ろしい未来であったとしても、彼らは進むしかなかった。
「行こう」
陽翔が、ゆっくりと口を開いた。
**時の鍵を手にしたその先に、彼らの運命が待っている。**
***
陽翔たちは、再び封印の間の扉の前に立っていた。
その扉は、まるで時の流れを感じるかのように、静かに脈動している。
「これが……時の鍵で開ける扉……?」
莉音が静かに呟く。
陽翔は頷き、手にした「時の鍵」を再びかざす。
その瞬間——**扉が、微かに震え始める**。
魔力が集まり、扉の表面に描かれた魔法陣が光り出す。
その光の中に、再び映像が浮かび上がった。
——異世界の召喚の儀式。
——二人の人間が、光に包まれて召喚される。
その中には、陽翔自身の姿があった。
だが——
「……どうして、もう一人が消える?」
陽翔は、その映像を見つめ、疑問が湧く。
「なぜ、一人は消えるのか……?」
そして、**そのもう一人の存在**が、消えていく映像。
――**消されるのは、陽翔の可能性だったのか?**
その直後、映像が歪んで途切れた。
「……!」
陽翔は深く息を吐きながら、現実に戻る。
「どうして、これが視えるんだ……?」
その質問を誰に向けるべきかもわからず、ただ呟いた。
「私たちが、召喚される理由は、"時の鍵"を手にするためだったということ」
エリシアが、冷静に言葉を紡ぐ。
「けれど、この世界には"歪み"がある。お前たちの存在がその歪みを生んだ"原因"となっているのかもしれない」
「じゃあ、どうすればいい……?」
陽翔の心は、焦燥感と混乱に包まれていた。
「このまま時の鍵を使えば、世界が戻る……その結果、お前たちが消えることになるかもしれない」
エリシアの言葉が、陽翔の胸に重く響く。
「じゃあ、何を選べばいい?」
陽翔が問うと、エリシアは少しの間黙り込んだ。
「選択を迫られるのは、"今"ではないわ」
その言葉に、陽翔は不安を感じた。
「今じゃない……?」
「うん。時の鍵が持つ力は"未来"を導くものでもある。けれど、それは"歴史の修正"に使うべき力だということを忘れないで」
その時、陽翔の視界に再び歪みが生じた。
「……また、視える?」
莉音が心配そうに尋ねるが、陽翔は顔を上げて言った。
「いや、今はまだ」
しかし——
**視界が揺らぎ、次の未来の断片が視えた**。
——王都が崩れ、空が裂ける。
——黒鎧の男が再び現れる。
——その背後には、何者かが立っている。
「……何だ、今の?」
陽翔は思わず呟いた。
「陽翔くん……何か、視えたの?」
莉音が恐る恐る尋ねる。
「……また、誰かがいる」
陽翔はその場に膝をつき、頭を押さえる。
「どうして、こんなにも未来が"視える"んだ……?」
その時——
「それは、"運命"が乱れている証拠」
冷徹な声が、背後から響いた。
振り返ると、そこには**黒鎧の男**が立っていた。
「運命が乱れる……?」
「時の鍵を手にしたことで、お前たちは"運命の扉"を開けた。
今、お前たちが進むべき道は、すでに決まっている」
「お前が言う"進むべき道"って、何だ?」
陽翔が強く問いかけると、黒鎧の男は冷たく微笑む。
「それは、"運命の修正"だ。
お前たちがこの世界に存在すること自体が、**修正対象**であることに気づかない限り、"時の鍵"は本当の力を発揮しない」
「修正対象……?」
陽翔はその言葉に驚く。
—**運命が修正される?**
それが本当に自分たちに関係しているのか。
その時——黒鎧の男はさらに続けた。
「お前たちがこの世界に"必要だった"のは、ただの偶然ではない。
"時の鍵"が使われた時、歪んだ歴史が修正される。だがその修正には代償が伴う」
「代償……」
陽翔の胸に、再び重い感覚が走る。
「時の鍵は、**歴史の修正のために存在する**もの。だが、それに伴い、お前たちの存在そのものが消えてしまうこともあり得る」
「消える?!」
「お前たちが選んだ道が、未来を変える"鍵"になる。しかし、それが歴史に"矛盾"を与えた時、お前たちは消え去ることになる」
その言葉を聞いた瞬間、陽翔は全身を震わせながら、その問いを呟いた。
「つまり……俺たちは、消える運命にあるのか?」
「それは、お前たちが決めることだ。
時の鍵を使って、この世界の"修正"を果たせ。だが、その先に待つのは、ただの消失かもしれない」
***
黒鎧の男の言葉が、陽翔の胸に重くのしかかる。
「運命の修正……」
陽翔はその言葉を呟き、再び手のひらに握られた時の鍵を見つめる。
その青白い光が、何かを示すように輝いている。
だが、次第にその光が目に焼きつき、頭の中で無数の光景がフラッシュバックする。
——王都が崩れ落ちる未来。
——莉音が血に塗れた姿で倒れている。
——黒鎧の男が微笑んでいる。
そして——その背後に現れる**影**。
「……これが、俺の選択?」
陽翔はその答えを探すように、時の鍵を握り締めた。
「お前たちは、時間を戻す力を持っている」
黒鎧の男が静かに告げる。
「だが、それは同時に、この世界に存在する"歪み"を修正する力でもある」
「歪み?」
「お前たちが召喚された時から、この世界には大きな歪みが生じている。
それを正すためには、お前たちが"正しい選択"をしなければならない」
「正しい選択?」
「そうだ。お前たちが進むべき道が、世界を修正するか、崩壊させるかを決定づける」
その言葉に、陽翔は胸の奥に冷たい感覚を感じた。
「もし、今選んだ道が間違っていたら……?」
黒鎧の男は微笑んだ。
「その時は、お前たちの存在が消える。それが"修正"だ」
「俺たちが消える?」
陽翔はその言葉に耳を疑った。
しかし、黒鎧の男の冷徹な目がそれを裏付けているように思えた。
「時の鍵は、お前たちの存在を支える"時間の流れ"を制御する道具だ。しかし、
その力を使うことで、この世界に異常を引き起こすことになる」
「……それはつまり、時の鍵が力を発揮することで、俺たちが消えたりする可能性があるってことか?」
「その通り」
陽翔はしばらく黙っていた。
自分たちが選んだ道が、もしかしたら世界の崩壊を引き起こすのかもしれない。
でも、**それでも進まなければならない。**
自分たちの存在が「歪み」として消え去るなら——その理由を知りたかった。
「……行こう」
陽翔が口を開くと、莉音が頷いた。
「うん、行こう」
二人は、封印の間の奥に向かって歩き出した。
***
扉の向こう、深い暗闇が広がっている。
時の鍵の光が、道を照らし出している。
しかし、その先には、何が待ち受けているのか——陽翔にも、莉音にもわからなかった。
「お前たちが進むべき道は、すでに決まっている」
黒鎧の男の言葉が頭を離れない。
この世界を修正することが、本当に正しいことなのか。
それとも、このまま進んだ先に、歴史を歪ませるような未来が待っているのか。
そして——その時、陽翔は、再び「視える力」が発動するのを感じた。
(これは……)
視界が歪み、目の前に**別の世界**が現れる。
王都の街並みが、瞬時に変わり、見慣れた景色が異なる時代のものへと変わる。
時間が、再び「混じり合っている」——
「こ……これは!」
陽翔が声を上げると、莉音が震える声で答える。
「これ、過去の王都! でも、未来が同時に映っている……!」
**それは、過去と未来が交錯した瞬間だった。**
王都の中に、異世界の建物が現れ、奇妙な景色が視える。
「これが、時の鍵の力……?」
陽翔は、息を呑んだ。
それは、過去と未来の歪みが生じた瞬間——。
「歴史が、変わりつつある……!」
***
その瞬間、異世界の景色が再び変わった。
王都の崩壊した未来が、まるで予兆のように迫っている。
そして——
**莉音が、消えていく光景が視えた。**
「……っ!!」
陽翔は、思わず手を伸ばす。
「莉音……!!」
だが、彼女はその手を振り払うように、消えていく。
「……嫌だ!」
陽翔は叫びながら、手を伸ばし続けた。
だが、彼女は一瞬でその姿を消し、王都の未来が崩れ落ちていった。
「莉音!」
陽翔は叫び、再び振り返る。
その時、耳元で聞こえたのは——
「選べ」
黒鎧の男が、冷ややかな声で告げた。
「お前が選んだ未来が、今、世界を変える。だが、それが"正しい"かどうか、お前が決めることだ」
「正しい未来……」
陽翔は、何度もその言葉を繰り返す。
「俺たちが、選んだ未来が……」
***
「……選べ」
再び、黒鎧の男の声が響いた。
その言葉が、陽翔の中に重くのしかかる。
**「選ぶ」——。**
何を選べばいいのか?
未来を選ぶことが本当に「正しい未来」になるのか、あるいはこの世界の破滅を招くことになるのか。
無数の未来の断片が、陽翔の脳裏をよぎる。
王都の崩壊、莉音が消えていく姿、そして黒鎧の男が微笑みながら「選べ」と告げる光景。
これが本当に「選択肢」なのか?
「……陽翔くん」
振り向くと、莉音が心配そうに手を伸ばしていた。
「私たち、どうすれば……」
彼女の顔にも不安が浮かんでいる。
陽翔は、強く深呼吸をしてから答えた。
「……俺たちが選ぶべき道なんて、分からない。けど」
陽翔は時の鍵を見つめる。
「これを使った先に、何かが待っているはずだ」
「待っている……?」
「正しい未来を選ぶためには、俺たちがどうしても進まなきゃならない」
莉音は少し考え込むように目を閉じた。
「……でも、もし私たちが選んだ道が間違っていたら?」
陽翔はそれに答えることができなかった。
彼はただ、時の鍵を握りしめた。
それが、どんな結果をもたらすのかは分からない。
でも——。
**進むしかない。**
何もかもを取り戻すために——。
「行こう」
陽翔はその一言を口にした。
莉音がしっかりと頷き、二人は再び封印の間の奥へ向かって歩み出した。
***
封印の間の奥深く、陽翔たちは古びた書物が並ぶ棚の前に立っていた。
その中に、先程の「禁忌の記録」があった。
「これが、すべての真実に繋がるはず」
陽翔はその記録を手に取る。
ページをめくると、そこには新たな記述が現れる。
——「時の鍵が解き放たれると、歴史の流れが修正され、**元々存在しないもの**が現れる」
——「二つの鍵が同時に存在することで、世界の運命が分岐する」
「元々存在しないもの……?」
陽翔は目を見開いた。
その意味を考えた瞬間、再び「視える力」が働く。
(また——)
視界が歪む。
その先に、**異世界の光景が見えた**。
王都の中で、異世界の建物が立ち上がり、奇妙な景色が浮かび上がる。
その中で、**「消された召喚者」の名が映し出される**。
「……っ!」
陽翔の胸が高鳴った。
(消された召喚者の名前——)
その名前には覚えがあるような気がする。
だが、それは思い出せない。
ただ一つ分かっていることがある。
この**「消された召喚者」**こそが、この世界の**歪み**の原因であることを。
***
「おい、陽翔、何か見えたのか?」
莉音が声をかける。
「……見えた」
陽翔は息をのんで、再び時の鍵を見つめた。
「消された召喚者の名前——それが、この世界にとっての"鍵"だ」
「でも、名前が消されているんだろう?」
「うん。でも、この名前こそが、"歴史の歪み"を修正するための手がかりなんだ」
陽翔はそう言いながら、時の鍵をじっと見つめる。
その先に待っている答えが何か、まだ分からないが——
「俺たちは、この歪みを正さなければならない」
「でも、もし正すことで何かが失われるとしたら……」
莉音が不安そうに言葉を続けた。
「俺たちが正すべきは、世界の歪みだけだ」
陽翔は静かに答えた。
そして——。
「行こう。次の扉を開けるために」
***
陽翔と莉音は、再び封印の間の深部に足を踏み入れた。
時の鍵を手にしたその先に、何が待っているのか——。
二人は不安を抱えつつも、決して引き返すことなく進んでいく。
封印の間の奥深くに、さらなる扉が立ちはだかる。その扉には、古びた魔法陣が刻まれており、陽翔はその光景をじっと見つめる。
「これが……最後の扉か?」
陽翔が呟くと、莉音が静かに答えた。
「多分ね。これを開けることで、すべての謎が明らかになるはず」
だが、陽翔はその言葉に不安を覚えた。
(謎が明らかになる——本当にそれで良いのか?)
もし、この扉を開けた先に待っているものが、想像を超える恐ろしい真実だったとしたら——。
その不安を払拭するように、陽翔は再び時の鍵を手に取った。
鍵の光が、今度は扉の魔法陣と反応するように輝き始めた。
**その瞬間、扉が静かに開き始めた。**
扉の向こうに広がっていたのは——。
**異世界の景色だった。**
王都の姿が、明らかに違って見える。
建物は不自然に高く、空には黒い雲が立ち込めている。
「……これ、王都じゃない……?」
莉音が呟いたその声に、陽翔は答えられなかった。
目の前に広がる景色は、確かに王都の一部に似ていた。
だが、その空気は異次元のものだった。
突然、陽翔は視界が一瞬揺らぐのを感じた。
(これは……視える力が反応している?)
その瞬間、**異世界の影が現れた**。
「……誰だ?」
陽翔が瞬時に反応し、影に向かって叫ぶ。
しかし、その影はすぐに消え、まるで最初から存在していなかったかのように消え失せた。
「……何だったんだ?」
莉音もその動きを目撃していたが、何も言わずに頷く。
「おかしい……まるで、私たちがこの世界に来る前から、何かが動き始めているみたい」
「何か……?」
陽翔はその言葉に、再び不安を感じた。
だが、視界の先には、**異世界の王都が消え、再び封印の間に戻った**。
「戻った……?」
何が起こったのか、陽翔はすぐに理解できなかった。
「さっきの景色は、どうして……」
その時、再び黒鎧の男が現れた。
「お前たちは、運命の扉を開けた。だが、その先に待つのは"選択"だ」
「選択……?」
陽翔が問いかけると、黒鎧の男は淡々と答えた。
「お前たちは、この世界の歪みを修正するために"鍵"を手に入れた。だが、それは一つの道を選ぶことに他ならない」
「修正するために……?」
「時の鍵を使えば、この世界の歪みを正すことができる。しかし、そこには代償が伴う」
「代償?」
「お前たちの"存在"は、この世界の"運命"の一部だ。だが、もしお前たちがその歪みを正せば、世界は"修正"される。
その時、お前たちは消える運命にある」
「消える……?」
陽翔は言葉を失った。
「それが"選択"だ。お前たちは"生きる道"を選べ」
その時、陽翔の視界が再び歪む。
(また……!)
目の前に、未来の光景が広がる。
——王都が崩れ、異世界の影が立ち込める。
——莉音が、血に塗れたまま立ち尽くす。
「……っ!」
陽翔は叫び、必死で目を開けるが、既にその光景は消えていった。
「これ、未来……?」
「……今はまだ答えを出せない」
莉音が静かに言った。
「でも、選ばなきゃならない。私たちが進むべき道は、すでに決まっているんだよね」
陽翔は深く息をつきながら、再び時の鍵を見つめた。
その鍵には、彼らを次の世界へと導く力が宿っている。
だが——その先に待つのは、何か大きな代償が伴うことを、陽翔は直感的に感じ取っていた。
「……行こう」
陽翔は、決意を固めて歩き出した。
「答えは、この扉の先にある」
その言葉と共に、二人は再び「時の鍵」を使い、封印の扉の向こうへと足を踏み入れた。
***