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第10話「封印の扉」

***


 陽翔は、封印の間の扉の前に立っていた。

 目の前の巨大な扉は、鈍い金属の光沢を帯びながらも、どこか異質な存在感を放っている。


「……本当に、ここを開けていいの?」


 隣で、莉音が不安そうに呟いた。


 彼女の言葉には、もっともな疑念があった。

 この扉の向こうには、長年封印されていた禁忌の記録が眠っている。

 それを知ることは、この世界の「異変の本質」に触れることを意味していた。


 ——だが、俺たちはもう引き返せない。


 陽翔は静かに息を吸い、手のひらに握る青白い光を帯びた鍵を見つめた。


「時の鍵……」


 試練を乗り越え、手に入れたこの鍵が、今まさにこの扉を開くための鍵となる。

 手を伸ばし、鍵をかざす。


 すると——


 扉の表面に淡い光が走り、まるで脈打つかのように魔法陣が浮かび上がった。

 その瞬間、陽翔の視界が歪む。


「——っ!?」


 視える。


 まるで時の流れが逆回転するかのように、扉の向こう側の過去が映し出された。


 暗がりの中、儀式の魔方陣が煌めいている。

 中央には、何者かの姿——

 いや、二人の人影があった。


 一人は明らかに「召喚された者」だ。

 しかし、もう一人——


「——これは……召喚の瞬間……?」


 陽翔の呟きに、莉音が息を呑む。


「待って……この映像……」


 映像の中の光景が変わる。


 二人の召喚者のうち、一人が光に包まれたまま消えていく——


 いや、**消されていく**。


「……これは……」


 陽翔は無意識に拳を握りしめる。

 召喚が改変されている——?


 だが、映像はすぐに途切れ、扉がゆっくりと軋みを上げながら開かれていった。


***


 封印の間の中は、予想以上に広かった。


 奥へ進むと、中央には古びた書架が並び、その中には何世紀も前の記録が眠っている。

 しかし——


「……ここ、おかしくない?」


 莉音が足を止めた。


 ——この空間の一部だけ、完全に時間が止まっている。


 ろうそくの炎が、まるで静止画のように宙に浮かんだまま揺れない。

 開きかけた書物が、ページをめくる寸前の状態で固まっている。


「時間が……止まっている?」


 陽翔が慎重に手を伸ばすと、指先が冷たくしびれるような感覚に襲われた。


 まるで、ここだけ世界の法則が違うかのように——。


「これは……異世界の影響?」


「可能性はある。でも……こんな現象、記録には残されていない……」


 莉音が困惑したように眉をひそめる。


 その時だった。


「——侵入者か?」


 低く響く声が、背後から投げかけられる。


 陽翔はとっさに振り向いた。


 そこにいたのは——


 漆黒の装束に身を包み、金色の紋章を刻んだフードを被る集団。


「……黄昏の信徒……!」


 莉音が息を呑む。


 彼らは無言のまま陽翔たちを見下ろしていた。


「やはり……封印の間には、何かがあるのか」


 その言葉に、陽翔の中で警戒心が一気に高まった。


「お前たちは……ここで何をしている?」


「それを知る必要はない」


 次の瞬間——


 黄昏の信徒の一人が手を掲げた。


「——封印を、破れ」


 その言葉と同時に、封印の間の奥から**鈍い振動音が響いた**——。


***


 封印の間の奥から、重く鈍い振動音が響いた。


 まるで何かが、長い眠りから目覚めるかのように——。


「っ……!」


 陽翔は反射的に後退し、周囲を見渡した。


 黄昏の信徒たちは、沈黙したまま扉の向こうを見つめている。

 その表情には、畏怖にも似た緊張感が漂っていた。


「……封印の奥に、何があるの?」


 莉音がかすれた声で問う。


 だが、黄昏の信徒のリーダー格と思われる男は、ただ静かに言い放った。


「我々の目的は、この封印を解くこと。

 だが……その前に、お前たちには消えてもらう」


「……っ!」


 その言葉と同時に、彼の指がわずかに動いた。


 次の瞬間——


「——影の槍」


 黒い霧のような魔力が集まり、鋭い槍となって陽翔たちへと放たれる。


「陽翔、下がって!」


 莉音が瞬時に手をかざすと、青白い光の盾が浮かび、闇の槍を弾いた。


 激しい衝撃音が響き、魔力が空間に散る。


「……こいつら、普通の魔術師とは違う」


 莉音が小さく舌打ちする。


 黄昏の信徒たちは、ただの魔法使いではなかった。

 彼らは **異世界の力を研究し、それを独自の術式として操る者たち** だ。


「お前たちには、ここで眠ってもらう」


 リーダー格の男が手を掲げると、さらに強力な魔法陣が広がっていく。


「……っ!」


 陽翔は無意識に視える力を発動させた。


 **視えた——魔法の流れが、まるで炎のように燃え上がり、戦場を覆う未来が。**


 ——このままでは、莉音が持ちこたえられない。


「ダメだ、ここでやり合うのはまずい!」


 陽翔は即座に判断し、莉音の腕を掴んだ。


「何を……!?」


「奥に行くぞ!」


 陽翔は封印の間のさらに奥へと駆け出した。


 後ろから黄昏の信徒たちの魔法が飛んでくるが、莉音が防御の魔法を張りながら駆け抜ける。


「くそ……追ってくる!」


 振り返ると、黄昏の信徒たちもこちらに向かってきていた。

 封印の間は広大だったが、奥へ行けば行くほど空気が重く、異様な雰囲気が増していく。


「この先に……何があるんだ……?」


 陽翔が呟いたその時——


 目の前の空間が、一瞬揺らいだ。


 ——**違う。これは揺らいだんじゃない。何かが**「歪んだ」**んだ。**


「……陽翔、気をつけて……」


 莉音の声が震えている。


 彼女の視線の先——封印の間の最深部。


 そこには、巨大な扉があった。


 だが——その扉は、異様な形で**ねじれて**いた。


「……これ、時間が……」


「……狂ってる?」


 そう——**時間が歪んでいる。**


 扉の左半分は、何世紀も前の遺跡のように見えるのに、右半分はまるで最近作られたばかりのような新しさを持っていた。

 それが、一つの扉として存在している。


「これは……おかしい」


 陽翔は慎重に歩み寄った。


 扉の中央には、何かの紋章が刻まれていた。


 だが、それは部分的に削られ、**完全な形を成していない**。


「これって……」


 莉音が、何かに気づいたように息をのむ。


「……私、この扉を……知ってる……?」


 彼女の言葉に、陽翔は驚いた。


「どういうことだ?」


「わからない……でも、ここに来たのは初めてなのに、なんで……」


 莉音は頭を抱える。


 ——まるで、封印された記憶が揺り戻されるように。


「おい、大丈夫か……?」


 陽翔が声をかけたその瞬間——


「——この扉を開けるのは、まだ早い」


 鋭い声が響いた。


 振り返ると、そこには **黒鎧の男** が立っていた。


「っ……!」


 陽翔はすぐに構えを取る。


「お前、ここに……!」


「お前たちがここに来るのは、まだ早すぎる」


 黒鎧の男は静かに歩み寄り、封印の間の扉を見上げた。


「……"禁じられた記録" の奥にあるものは、お前たちにはまだ理解できない」


「……お前は、何を知ってるんだ?」


 陽翔が問いかける。


 黒鎧の男は、一瞬だけ沈黙した。


 そして、ゆっくりと視線をこちらに向ける。


「……お前たちは、本当に"召喚された側"の存在なのか?」


「……は?」


 陽翔は、言葉の意味をすぐには理解できなかった。


 しかし、その問いかけは **今までの常識を覆すものだった**。


 自分たちは、異世界に召喚された者——

 それは、疑いようのない事実のはずだった。


 しかし、黒鎧の男は、それを **疑問視している**。


「……お前たちは、"召喚された"のか? それとも——"ここにいた"のか?」


 その瞬間、封印の間全体が、再び激しく震えた。


***


 封印の間全体が震え、天井の装飾が微かに揺れる。


 陽翔は黒鎧の男を見据えながら、その言葉の意味を必死に考えていた。


「……俺たちは"召喚された側"の存在じゃない……?」


 そんなことがあるはずがない。

 自分たちは、確かに異世界に"召喚"された。

 それを否定する理由など、どこにもなかった。


 しかし——


「……陽翔くん……」


 莉音の声が、どこか不安げに震えている。


 彼女もまた、自分自身の記憶が揺らいでいるのではないかという疑念を抱いているのかもしれない。


 黒鎧の男は、一歩、静かに踏み出した。


「……まだ気づいていないのか。

 お前たちは、最初から"ここにいた"かもしれないという可能性を」


「ふざけるな!」


 陽翔は思わず叫んでいた。


「俺たちは、確かにこの世界に"召喚された"んだ! それ以外の可能性なんて——」


「ならば、なぜ"召喚の記録"が一部消されている?」


 黒鎧の男の問いに、陽翔は言葉を詰まらせた。


 召喚の記録は、確かに一部が破り取られ、さらに焼かれていた。

 そこに、本来記されていたであろう内容は何だったのか——。


「お前たちは"記録にない召喚者"として、ここにいる」


「記録に……ない?」


 陽翔の胸に、ひどく冷たい感覚が走る。


 もしそれが事実なら、俺たちは一体何者なんだ?


「……それが事実なら、どうして俺たちはここにいるんだ?」


 陽翔は問いかける。


 黒鎧の男は、静かに答えた。


「……答えは、封印の奥にある」


 彼が視線を向けた先——

 時間が歪んだ**ねじれた扉**が、微かに脈動しているかのように揺れていた。


***


 黄昏の信徒たちが背後で動いたのを、陽翔はすぐに察知した。


「このままじゃ、また戦闘になる……!」


 陽翔は反射的に視える力を発動させ、次の展開を先読みする。


 ——三秒後に黄昏の信徒の一人が攻撃を放つ。

 ——莉音はそれを防御できるが、時間稼ぎはできない。

 ——俺たちができることは——


「扉の中に飛び込む!」


 陽翔は叫んだ。


「はっ!? ちょっ……!」


 莉音が困惑するが、陽翔はすでに彼女の手を引いていた。


「ここで戦ってもきりがない! それなら、先に奥を調べる!」


「ちょ、ちょっと待って、あの扉……!?」


「行くしかない!」


 陽翔は迷わず**ねじれた扉**に向かって駆け出した。


「止まれ!」


 黄昏の信徒たちが叫ぶ。


「待て!」


 黒鎧の男の声が響いた。


 しかし、その声を振り払うように——


 陽翔と莉音は、時間が歪んだ**ねじれた扉**の中へと突入した。


***


 ——次の瞬間、陽翔の意識が"跳んだ"。


 重力が消え、身体が宙を漂う感覚。


 耳鳴りがする。


 目の前に広がるのは、白く霧のかかった世界。


「……ここは……」


 莉音も同じ空間にいた。


 だが、二人の間には微妙な距離があり、陽翔は足を踏み出そうとするが——


「……っ!?」


 足が地面に着かない。


 まるで、自分の身体が"存在していない"かのような感覚だった。


「陽翔くん……? なんで、そんな遠くに?」


 莉音の姿も、微かに揺らいでいる。


 まるで、**二人の存在がこの空間で曖昧になっている**かのように——。


「おい、莉音——」


 手を伸ばそうとした瞬間、何かが視えた。


 それは——


 白い霧の向こうに立つ、一人の"影"。


 **"誰か"が、ここにいる。**


「……誰だ?」


 陽翔は、その存在を確かめようとする。


 霧がわずかに晴れる。


 そして——


 陽翔は、信じられないものを視た。


 そこに立っていたのは——


「……俺……?」


 ——"もう一人の自分"。


 それは、陽翔と同じ顔をしていた。

 しかし、その表情は冷たく、どこか"別の存在"を思わせるものだった。


 影の陽翔は、静かに口を開く。


「ようやく、ここまで来たか」


 その言葉に、陽翔の心臓が大きく跳ねた。


***


「ようやく、ここまで来たか」


 ——影の陽翔は、静かにそう言った。


 その声は確かに陽翔のものと同じだったが、感情が欠落したような冷たい響きを持っていた。


「……お前は、誰だ?」


 陽翔は慎重に言葉を選びながら問いかける。


 影の陽翔は、ゆっくりとこちらへ歩み寄る——しかし、その足音はまったく響かない。

 まるで、"この世界に実在しないもの"のように。


「俺は、お前が"視えなかった"ものだ」


「視えなかった……?」


「そうだ。お前が、"記録にない召喚者"としてこの世界に存在する理由——」


 影の陽翔は、わずかに目を細めた。


「その答えが、この場所にはある」


「……答え?」


「お前が、ここで何を知るのか。

 それが、お前の"存在の意味"を決める」


「……っ!」


 陽翔は息をのんだ。


 "存在の意味"——


 その言葉が、彼の胸に鋭く突き刺さる。


***


 一方、莉音は——


 白い霧の中に、"影"とは別の存在を視ていた。


「……あなたは……」


 そこにいたのは、女性だった。


 長い銀色の髪を持ち、蒼白い肌。

 彼女は、どこか寂しげな表情を浮かべていた。


「……あなたは……誰?」


 莉音は声を震わせながら問いかける。


 すると、女性は静かに唇を開いた。


「……私は"過去"。

 あなたが忘れてしまった"もう一つの未来"」


「……もう一つの未来?」


 莉音は、その言葉の意味を理解できなかった。


「あなたは、本来この世界にいるはずではなかった。

 でも……"何か"があなたをこの世界に呼び寄せたの」


「"何か"が……私を?」


 女性は、ゆっくりと手を伸ばし、莉音の頬に触れた。


「……あなたは、"もう一人の私"なのかもしれない」


「……え?」


***


「陽翔!」


 莉音の声が響いた。


 陽翔は振り向く。


 ——その瞬間、視界が一気に暗転した。


 何かが、引きずり込まれるような感覚。


「っ……ぐ……!」


 意識が——跳んだ。


***


 陽翔が目を開けたとき——


 彼は"封印の間"の中にいた。


「……え?」


 扉の向こうの空間は消え、彼と莉音は再び封印の間に戻っていた。


「戻って……きた?」


「……陽翔くん……」


 莉音もまた、困惑した表情を浮かべている。


 しかし——


「……あの扉……!」


 陽翔が振り向くと、"ねじれた扉"は、すでに閉じていた。


 そして、その表面には——


 新たな"紋章"が浮かび上がっていた。


「……これは……?」


 莉音が震える声で呟く。


「……時の鍵……?」


 扉の中央に刻まれた紋章は、まるで"時の鍵"と呼ばれるものを象徴するような形をしていた。


「どういうことだ……?」


 陽翔が混乱していると——


「——お前たちは、"選ばれた"のか」


 低い声が響いた。


 黒鎧の男が、扉の前に立っていた。


「……お前たちだけが、"封印の記憶"を視たということか」


「……っ!」


 陽翔は、改めて気づいた。


 あの空間で起こったこと——


 それは、"記憶の断片"。


 かつて、異世界召喚が行われたとき、何者かが"改変"を加えた痕跡。


 そして——


 **自分たちが"記録にない召喚者"である理由に繋がる手がかり。**


***


 黒鎧の男は、封印の間の扉を一瞥すると、静かに言った。


「……時は、まだ満ちていない」


「……どういう意味だ?」


「"歪んだ召喚"が修正されるとき、お前たちは"本当の選択"を迫られる」


「選択……?」


「それが、"この世界の理"だ」


 黒鎧の男は、それだけを言い残し——


 次の瞬間、黒い霧となって消えた。


***


 陽翔は、拳を握りしめた。


 ——俺たちは、何者なんだ?


 ——俺たちは、本当に"召喚された側"なのか?


 この世界に呼ばれた理由——

 それが、"歪んだ召喚"の結果だったとしたら……。


「……陽翔くん」


 莉音が、静かに彼の手を取った。


「私たちが、ここにいる理由……。

 それを確かめないといけないんだよね」


「……ああ」


 陽翔は、深く息を吸い込んだ。


 "封印の扉"は、まだ完全には開かれていない。


 しかし、**自分たちが知るべき真実は、その奥に眠っているはずだ。**


 これが、ただの異世界召喚の物語ではないのなら——


 陽翔と莉音は、"本当の自分たちの役割"を探らなければならない。


 そして、それが"この世界の理"を覆すものならば——


 **自分たちの存在そのものが、世界の歪みとなるかもしれない。**






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