キャットアクシデント
「ヒューイ、今回のテストどうでしたか?」
「まぁいつも通りだったよ。」
小学校からの帰り道。いつものように友達の古川啓と帰っていると、いの一番に今日帰ってきた算数のテストについて聞いてきた。彼は細いフレームのメガネをかけ、いかにも「僕勉強できます!」という子だ。誰にでも敬語で話すから余計にそのイメージは板についている。こいつとはよくテストの点数を競い合っては毎度100点の引き分け続きだ。まぁあと少しで中学生になるとはいえ、まだ小学校のテストだから難しいわけでもない。それは啓も同じだろう。
「今回も決着はつかないですか...」
「まぁ中学行ってどうなるかだね。」
僕の言葉に啓は頷きを返す。特別なことは何もなく、いつもと同じ帰り道をいつもと同じように歩く。しばらく話しながら歩いていると、ケイが道路の反対側を指差しながら言った。
「あれ猫じゃないですか?」
「マジ!!」
僕は急いで啓が指差した方を見る。そこには白と薄い茶色の色をした猫がいた。僕は猫が大好きだ。考えることもなく体はその猫の方へとかけだしていた。
「おい!!」
啓が急に声を上げる。いつも敬語の彼にしては珍しいなと思い彼の方を見ようとしたとき、クラクションを鳴らしながら車が僕の目の前に来ていることに気づいた。人は危機に陥ったとき、世界がスローモーションに見えると聞いたことがあるが本当だったんだなと思う。そうして僕の思考はあらぬ方向へ向かっていた。
僕の特技はダジャレだ。よくダジャレを言ってはクラスのみんなには「またか...」という反応をされるが気にしない。むしろそういう反応が楽しいまである。今目前に迫っている危機に対していつものダジャレで報いてやろう。とち狂った僕はそう思って口にした。
「車がくるまえに戻れたらなぁ」
そう言って来るであろう衝撃に覚悟を決めて目を閉じると声がした。
「あれ猫じゃないですか?」
僕は目を開けると啓が道路の反対側を指差していた。そこにはさっき目にした猫がいる。
???
頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。
そうしているうちに僕たちの横を1台の車が通り過ぎていった。さっき僕が轢かれそうになった車だ。
もしかして未来予知?
僕がほうけていると啓が不思議に思ったのか、「どうかしましたか?」と少し心配がちに聞いてくる。自分が啓と一緒に帰っていたことを思い出す。
「な、なんでもないよ、ちょっと猫が可愛すぎて衝撃のあまりねこみそうになっちゃった。」
僕がいつものようにつまらないギャグを言うと急に体が重くなり、立っていられずその場で倒れこむ。啓のどこか切迫したような声をききながら僕は意識を手放した。
目を開けると見知らぬ無機質な天井があった。体を起こして周りを観察しようとした瞬間、聞き慣れた声と馴染みのある衝撃が襲ってきた。
「お兄ちゃん!」
そう言ってサヤが僕に抱きついてくる。状況が飲み込めずサヤにどうしたのかと聞くと、「お兄ちゃんが死んじゃうかと思った」と今にも泣きそうな顔で言った。話を聞くとどうやら僕は啓と一緒に帰る途中に突然倒れ込み、啓が近くの家に駆け込んで救急車を呼ぶように頼んでくれたらしい。
なんんとなく思い出してきた。
「僕どれくらい寝てた?」
そう僕が尋ねるとサヤは自分が来てから30分ぐらいだと答えてくれる。
みじか!
どうやらお医者さん曰くただの疲れだろうとのこと。もうすぐ母親も来ると聞かされて僕はなんか申し訳なくなった。
「そういえば啓は?」
僕は心配をかけておるであろう友達のことを思い出しサヤに聞いた。
「啓さんならいま売店で飲み物を買ってきてくれてるよ。」
なんてできる男なんだろう。勉強だけができる僕とは大違いだと感心する。後でしっかりお礼を言わねば。
それにしても今日はなんか不思議なことがあったなぁ。僕はそう思いながら、まずはわざわざ仕事を切り上げて来てくれるであろう母さんになんて言おうか考えることにした。