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原罪- Intermezzo -  作者: 梨藍
芽生える心、散る恋慕
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副題:可哀そうな被害者製造物語

果てさて、少々物騒な戴冠式から早1週間が経とうとしていた。

志杏椶の旅立ちの用意も、順調に進んでいる。


後3日もすれば、地上へと向かうこととなる。


「しい様、こちらの資料はまとめました。次はあちらの資料でよろしいですか?」


衣織(いおり)の言葉に、志杏椶は柔らかい笑みを浮かべて頷く。


「ありがとう、イオ……じゃあ、お願いしようかしら」


「はい!」


そう言って作業に移る衣織から視線を外せば、今度は逆の方向から淘汰が志杏椶に問いかける。


「姉上!これ、どこに置けばいいんだ?」


「淘汰、ありがとう。それは、ここら辺にお願い」


「了解!」


淘汰と衣織は、志杏椶の旅立ちの準備を手伝う毎日を送っていた。

淘汰は志杏椶の実弟だ。


衣織は、以前志杏椶が葦原あしはらの地へ調査に赴いた時、出会った魂だった。

自分が誰なのか、死した事すら気付かずに彷徨っていた、虚ろな存在……それが、衣織だ。


『だからね、ちょうど美しいセルリアが咲いていたから、器になって貰ったの……』


そう言って弟達に紹介したのは数日前のことである。

志杏椶は、周囲に衣織を自らの“娘”だと言って憚らない。その事で、更に嫌な噂を立てられる事も多いのだが、志杏椶は全く気にした風もなかった。


むしろ、衣織が恐縮してしまったくらいだ。そんな衣織を、優しく諭した。


『何の後ろめたい事もないのに、引け目を感じる事なんて、これっぽっちもないのよ?』


衣織にとって、志杏椶が世界の全てで。

だから、今回、志杏椶と共に葦原の地へ行く事も、迷わず決めたのだった。

淘汰と衣織は荷物を置いてから、身体を伸ばす。


「悪いわねえ」


苦笑しながらそう言う志杏椶に、淘汰は笑顔で「いや」と応え、衣織は笑顔で首を横に振る。

本来なら、女中のするべき仕事だ。身の回りの……衣服等は、既にまとめてある。


今、仕分けしているのは書類。ありとあらゆる、地上に関する資料の山だ。


こればかりは志杏椶自身がまとめなければ、どうしようもならないもので。

淘汰と衣織も加勢しているというわけだ。


「そういや、今日は来ないなぁ」


淘汰が背番号順に本を揃えながらポツリと呟く。

その呟きに、ピクリと志杏椶が反応を示した。


「誰が?」


その声には明らかに険がある。


「しまった」と思ってしまっても、後の祭りだ。


「いや、だから……その……」


言い淀む淘汰に、志杏椶は不機嫌そうに言う。


「来ない方が、平和だわ!鬱陶しい。何の嫌がらせかしら」


「そうですよね!あんなに毎日しつこく来るだなんて、嫌がらせ以外のなにものでもありませんよね!!」


大いに賛同してみせる衣織の頭を、良く言ったといわんばかりに撫でる志杏椶。そんな二人のやり取りに思わず顔を顰めたのは淘汰だ。


「嫌がらせって……ただ単に、純粋に、姉上が好きなだけなんじゃ」


そう応えた淘汰を、きっと睨むと、志杏椶は嫌悪感丸出しに言う。


「は?あなた、本気で言っているの?淘汰……判ってないっ!判ってないわっ!!武人として……自分を倒した相手に惚れるなんて、絶対の絶対に有り得ないわ!」


―― 判った!?


念を押すと、もうその話題に興味すらないのか本の整理に戻った。衣織もそうだそうだと頷きながら「さすがです、しい様!」何て称賛の言葉を呟いてから作業に戻る。


(こりゃ、ダメだ)


思わず、淘汰はため息をついた。もちろん、姉にはばれないように、こっそりと。


志杏椶は、見目麗しい娘だ。

容姿だけを言うならば、深窓の令嬢にしか見えない。

その細腕は「箸より重いもの、持ったことないの」と言われれば、思わず納得してしまうだろう。

それほどまでに、線の細い娘である。


だがしかし、今の今まで……たったの一度だって、浮いた話が……つまりは、恋の話が全く聞こえては来ない。


それはひとえにこの志杏椶の性格に問題があるからだろう。

否、性格ではなく思想に問題があるからで。


淘汰の知る限り、志杏椶へ思いのたけを募らせる男性は山の程いた。

だが、いづれも玉砕……恐らくは、志杏椶としては振ったつもりなど更々ないのだろう。

そう、全く持って、恋愛方面には疎いのだ。


外見を裏切り、内面は大変男らしい……いやいや、武人そのもので。

後ろで綺麗に切り揃えられた髪も、志杏椶はつい先日までザンバラのままだった。


―― そう……


戴冠式にて自ら切った髪……それを自分で簡単に結わえるだけで、この一週間近くを過ごしていたのだった。


『短くなって、すっきりしたわ。え?まあ、そのうち揃えるわよ』


切り揃えるよう、進言する女官達に、いつもこう笑って言ってかわしていたのだ。

切り揃えたのは、志杏椶付きの女官達に泣き落とされたから。


……ではなく、さめざめと泣く女官達を見兼ねた志杏椶の友人の諫言が決め手となったのだ。


地上鎮定の任を共に受け、志杏椶の補佐官として同行する事が決まっている韋駄天いだてん 雄飛ゆうひその人である。


『志杏椶殿、妙齢の女性がその髪……上に立つものとして、示しが付かないのでは?』


その言葉受けて「それもそうね」と、ようやく髪を切り揃えたのだった。


自分の姉ながら、どうしてこうまで外見と内面にギャップがあるのか。

淘汰は不思議で仕方がない。

弟ながら「嫁に行き遅れてしまうのでは?」など、いらぬ心配を時々してしまうほどだった。


と、それぞれの作業に勤しんでいたその時……


「ごきげんよう!麗しの私の姫君っ!!」


「来たか……」


部屋の扉を境界に、温度差がぐんぐん開いていく。


淘汰の耳には、しっかりと、絶対零度の呟きが聞こえたのだが……訪問者はそんな志杏椶の様子に気付く様子が全くない。

淘汰は、その場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。


だが、動くことが出来ない。

今日は、天気が良く日差しも暖かいはずなのに、淘汰は身震いせずにはいられない。


「あら、豪殿。今日はどのようなご用件で?」


爽やかな笑みをその顔に貼り付けて、志杏椶が言う。

淘汰には「用がないなら、とっとと帰れ」という心の声が聞こえてきた気がして、泣きたくなった。

とりあえず、一応、衣織の方を見てみれば、志杏椶と同じような形相で豪を睨み付けている。


(ここに、同志は一人もいない!)


―― 確認しなけりゃ良かった!


そう思ったところで、後の祭りだ。更に泣きたくなったのは言うまでもない。


「これはこれは、つれないなぁ、俺の姫君は!」


「これは奇なことを仰いますわね。“いつ”“誰が”“どこで”あなたの“モノ”になったのかしら?」


淘汰は、もう何度も繰り返された会話をほぼ覚えてしまっており、本当の本当に泣きたくなってきていた。……淘汰には、判っていた。姉の堪忍袋の緒が、そろそろ限界に来ていることが。


そして、淘汰は知っていた。沸点の割と高い姉が本気で激怒したときの恐ろしさを。


だから、もう内心では無知な……否、むしろ空気が全く読めていない竜族の青年 豪へ向かって「頼むから帰ってくれ!」と懇願して止まなかったのだった。


だがしかし、その願いが聞き届けられることはない。

なんていっても、空気が全く読めていない。


志杏椶の言葉を借りれば「脳みそまで筋肉」な、豪だ。

そもそも、最初っから志杏椶だってこんな酷い態度を取っていたわけではない。


先ほども言ったように、志杏椶の沸点は高い。

つまり、滅多なことでは怒らない。


最初、豪が尋ねてきたのは、戴冠式が終わってすぐのことだった。



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