②
副題:可哀そうな被害者製造物語
青年に他意はなく本心から出た言葉であったが。
―― 馬鹿にしてッ……ここで引き下がってなるものですか!
志杏椶には一向に、その心情は伝わってはいなかった。
「剣をここにっ!」
鋭く言い放つのに、志杏椶の後ろに控えていた青年が一帯の剣を携えて志杏椶に献上する。
「志杏椶様、余りご無理をなさっては……」
「雄飛、私が負けると思っているの?」
雄飛は、剣を受け取りながら不敵に微笑む志杏椶をみて、内心で無知な竜族の青年に合掌したのだった。
「諦めては、頂けぬか?深窓の姫君」
「その呼び名を止して頂けるには、剣を交えるが一番かと?」
ニッコリと……何も知らぬものがみれば、うっとりしてしまうほど美しい微笑みを湛えたまま、剣を抜く。
豪はやれやれと言った風に、剣を手に取った。
いつの間にやら、志杏椶と豪を中心に円形の人垣が出来上がっている。
「いざっ!」
その場に居合わせた皆が、息を呑むほど激しい攻防が続く。
―― キンッ!
その攻防戦の終わりは、あっけなく訪れた。金属をはじく音が響き渡る。
「まっ、参りました」
腰を抜かし、この状況が信じられないというように相手を見上げていたのは豪だった。
喉元には細い剣先が突きつけられている。
宙を舞っていた豪の剣を、志杏椶は視線を向けることなく空いている左手で掴む。
相手から闘気が完全に失せた事を確認してから、志杏椶は目線を合わせて豪に剣を返した。
「お手合わせ、ありがとうございました。」
「あっ、ああ……」
舞うようなその剣技に魅入ってしまっていた観衆から、拍手が沸き起こった。
今まで実しやかに囁かれていた“剣豪”の実力を見せ付けられた以上、認めないわけにはいかなかった。
それでも、納得がいかない者というのは、どの世でもいるもので。
「そっ……そんな武力だけ誇っていても、政が勤まるものかっ!!」
往生際も弁えず、そんな戯言を言う方に皆の視線が集まった。
正体は、もともと東域に対して……否、志杏椶やその父である焔祁に対して良い感情を抱いていない、オリフィエル・セト・スローネだ。
今は亡き、焔祁の第二妃であるシュクラ・ユダ・スローネの実父であった。
その取り巻きも、今となっては空しいばかりの反論を手伝う。
最早、野次の次元だ。
―― やっぱり……
そんな思いでため息を付いた。静かに、オリフィエルを見る。
「女である事に、不満を抱いておられるのですか?」
怒りか、それとも羞恥心からかオリフィエルの顔は真っ赤だ。
「当たり前だ!女なんぞに、このような大切な大役を任せてなるものかっ!!王も、女の色香に血迷ったか?」
周りの非難の視線にも気付かずに、ずらずらとどうでも良い御託を並び立てる。
そんなオリフィエルを志杏椶は一層鋭く睨みつける。
「女である事の、何がご不満かっ!この長たらしい髪か!?」
言うなり、無造作に自身の髪を掴み。
「志杏椶様!?」
気付いた雄飛が止めに入るも間に合わず、志杏椶はバッサリと切り落とした。
はらはらと薄茶の糸が風に乗って舞い散る。
「私のことを言うのは構いません。ですが、伯父上や義父上への暴言、撤回して頂きたい!」
志杏椶の視線に倣う様に、皆がオリフィエルを冷めた目で睨み付ける。
完全に、会場が志杏椶の味方に……志杏椶が大衆に認められた瞬間だった。
ラスティと真武は、やれやれといった風に視線を交わす。
ラスティが隣に立つラグエルに目配せすると、意を汲んだラグエルが気まずい静寂を破った。
「皆様方のお気もお済みでしょうか?かような茶番で、皆様方の了承を得たとは思えませんが……今一度、志杏椶様を“伊倭大神”と認めて頂けるのなら、その意を示して頂きたい」
その言葉に、ポツリポツリと拍手が波打っていたが、いつの間にか広間が割れんばかりの大歓声に変わっていた。
オリフィエルの惨敗は、誰の目から見ても明らかで。
この時、正真正銘の“伊倭大神”としての志杏椶の地位は、確固たるものとなったのだった。
― そして、このとき……
人知れず一輪の花が芽吹いた。
その後、“拝命の儀”も滞りなく進んだ。
その間ずっと志杏椶に暑苦しい……もとい、熱い視線を送っていたのは、先ほど身も心も一本取られた竜族の青年であった。