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原罪- Intermezzo -  作者: 梨藍
月の奏でる陽(ひ)に捧ぐ謳
1/7

泣かないで……

僕なら大丈夫


マナが寂しくないように

どこに居ても


僕が判るように

風に調べを乗せて


あなたに贈ろう



※※※※※※




羅侯(らこう)が大気に溶ける……人の悪意が羅侯を蝕む。終焉の刻は、ゆっくりと迫って来ていた。


羅侯は、己れの宿命を受け止めていた。


―― でも……


未来が視えた。


それは、余りにも無慈悲で。運命を遵守して来た羅侯の、最初で最後の抵抗。

幾つもの罪を重ねて尚、守りたかったのは、たった一人の“笑顔”だった。


羅侯は、一つの“未来”を変えた。


それは世界が歩む筈だった“道”の喪失と同意の事。“道”を失った世界には無数の“可能性”が生まれた。

ばらばらに砕け散った“道”を世界は迷走し始めた。


羅侯のたった一つの守りたかったものは……


―― 切なる願いは


贖い切れない代償と引き換えに成就したのだった。


否、した“筈”だった。


マナのいなくなった泉の畔で、羅侯は今日も口ずさむ。


マナと交わした約束のままに

風に紡がれて大気に溶ける様に

そっと唄う。



泣かないで……

“僕”という幻想に囚われないで

まほらばの夢を終わらせて



「あなたは、どこから来たの?あなたも一人?」



ふわふわ

  ふわふわ


蛍火は羅侯の周りを遊ぶ様に泳ぐ。


羅侯は、首を傾げて両腕を広げる。すると誘われる様に、その蛍火は羅侯の手の中にスッと収まった。


「ああ……あなたは現し世を生きているんだね……迷い込んでしまったのかな……」


夜は、人を惑わせる。


生きとし生ける者全てが、夢の世界をたゆたう時、稀に迷子になる魂がある。


「大丈夫。朝が来れば帰れるからね……」


その言葉に淡い光の球体は、手の内から飛び出して再び羅侯の周りを浮遊する。


「僕と居てくれるの?僕なら平気だよ」


―― もう二度と逢う事は叶わないけれど……


言いながら、空を仰ぐ様に見上げる。


「この空のどこかに、僕の大切な半身がいて……」


きっと笑っている

もう僕の事なんて

記憶の片隅にもない


それを望んだのは

僕自身……


血に濡れた多くの罪

失う恐怖に流す涙


全てをここに置いて……


「幸せでいてくれるなら、僕も幸せだから……」


しんと冷たい静寂が広がる。

言葉を持たないその魂は、それでも羅侯から離れようとはしなかった。


「……“外”の事を教えてくれるの?」


羅侯は、この森から出た事がない。出ることを赦されない存在だ。

それからその魂は毎晩、羅侯の元へやって来る様になった。


甘い匂いを放ちながら、風と踊る花びら

眩しい陽に光の粒を散らし踊る水面

茜色に染まる空に届けと舞う紅葉

うっすらと雪化粧を纏う山


羅侯は、“世界”を理解していた。


でも“情景”を知らなかった。

羅侯と万物の魂は繋がっている。だからこそ、羅侯とその不思議な魂の間に言葉は必要なかった。


「ねぇ、あなたは一体誰なの?」


羅侯が判らないのは、それだけだった。


“自分”というモノを理解していないのだ。

“誰”なのかということが、記憶にすらない。


その魂は、“白”といっても過言ではなくて。いつしか羅侯は夜が来るのを待ち遠しくなるようになった。


毎夜訪れる、名も知らぬ友人とのひと時が、羅侯にとって唯一の楽しみになった。


あっという間に一月が過ぎた。


―― そして……


満月が空に昇った万物のあらゆる力が増幅される“この日”


事の真相は全ては明らかになった。


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