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隣の席の橋本さんが僕にだけ聞こえる声で「好きな性癖」を呟いてくるんだけど、どう対応したらいいんだろう

作者: あの

春風が吹く5月、僕、佐藤 雄二は高校2年生になったばかりだった。


最初のクラス替えで隣の席になったのは、学年一の美少女として名高い橋本(はしもと) 怜音(れいね)。通称、「氷の精霊」さんだ。

そんな異世界ファンタジーみたいな名前が付けられている理由は、触れれば溶けてしまいそうな儚げな美貌に氷のように鋭い頭脳明晰さを兼ね備え、そして驚くほど寡黙で感情表現に乏しいからだ。


「ねぇねぇ橋本さん。放課後一緒にカラオケいかない?」

「……遠慮しておきます」

「そ、そっか。また誘うね!」



クラスの明るめのグループの誘いを言葉少なく断った彼女は、それ以上喋ることなく退屈そうに窓の外を眺めている。

クールでビューティ。怜悧で寡黙、そしてミステリアスな彼女はまさしく「氷の精霊」だ。

……いや、"だった"と言うべきか。


最近、僕の中で彼女のイメージが崩れてきている。


運動部の彼女が去ってから、彼女はポツリと呟いた。



「元気っ娘の顔が絶望に染まる瞬間……」



出た、これだ。

恐るべき一言を呟いたにも関わらず、彼女は何事もなかったかのようにボーっと窓の外を見ている。


最近の橋本さんはおかしい。具体的には、事あるごとに自分の”好きな性癖”を呟いてくるのだ。それも僕にだけ聞こえるように。


意味が分からない。正直、初めは幻聴だと思った。だってあの氷の精霊の口から「女上司の弱みを握ってエッチなことを要求するシチュ」とか「初めは反抗的だったけど優しくされてヤンデレ堕ちした奴隷ケモミミ少女」だの「ボーイッシュな娘が一瞬だけ見せるメスの顔」なんて性癖が漏れ出すのだ。誰だって自分の耳を疑う。でも、それが1か月も続けば否が応でも事実だと認識させられる。


まぁ、本当に呟いているのが"好きな性癖"なのか本人に確認が取れたわけじゃない。だって「俺にだけ聞こえるように好きな性癖呟いているよね?」とか、あの橋本さん相手に聞く勇気ないし。でも内容からして真実だろう。だって僕もヤンデレケモミミ奴隷少女とボクっ娘がメス堕ちする展開好きだし。それってきっと性癖だ。


そんなこんなで、かれこれ1か月ほど性癖発表橋本さんの隣の席で過ごしている。頭がどうにかなりそうだ。


そんな僕の心情とは関係なしに今日も一日が始まる。担任の女教師が扉を開け、教室に入ってきた。


「よーし、朝のHR始めるぞ~」


けだるげに挨拶をする先生。そして橋本さんは……


「暗い過去のありそうなダウナー女性教師(独身)……喫煙者だとなお良し」


いい性癖だ。わかるよ。でもちょっと静かにしよっか。



==============


1、2限は体育だった。科目はサッカーで、授業が終わると片付けが始まる。


「今日の担当は……男子は佐藤、女子は橋本だな。体育倉庫にボールを片付けてきてくれ」


今週の片付け当番は僕と橋本さんらしく、二人でボールの入ったカゴを体育倉庫まで運ぶ。

皆は教室に帰ったらしく、周りには誰もいない。

僕は喋る方じゃないし、橋本さんはなおさらだ。お互い無言のまま体育倉庫に向かう。

しかし、僕は知っていた。この無言が前フリでしかないことを。


「……真夏の体育倉庫」


きたッ!


「アクシデントで閉じ込められてしまい、汗ばむ体・朦朧とする頭のまま、熱にうかされたようにお互いを求めあう……」


いいシチュだ。にしてもやけに詳細だな。

もしかして負けヒ〇インの2話でも見たのかな。


彼女は、ちら、と僕を見てきた。とりあえず笑顔で返しておいたら、無表情のまま満足そうに頷いて片付けに戻った。

橋本さん、謎だ。



そうして僕らは教室へ戻った。3限が始まるので席についていると、前の席の女子たちがきゃいきゃいと談笑しているのが耳に入ってくる。


「サッカーちょー疲れたー」

「んねー」

「最近暑いし、どうせなら水泳がいいよねー」

「えー、化粧面倒じゃない?」

「でも冷たくて気持ちいいよぅ?」


プールか、いいな。

僕はそこでいつもの気配を察知した。

性癖発表の、気配。


「いきなり自分のスカートをたくし上げて『ドキドキした? 残念、水着でした!』ってやる女の子……」


たくし上げ水着か。いいね、やっぱ橋本さんは"わかってる"。


でも、満点ではない。


たくし上げ水着は「え、パンツ見れるの!」=>「なんだ、水着か……」=>「いやでもスカートの下の水着って実質パンツじゃね?」という感情のジェットコースターを楽しむスリリングな紳士的性癖なのだが、実は黄金的ともいえる派生形が存在する。


"たくし上げ水着"という概念を破壊し、あるはずがない可能性を実現する掟破(おきてやぶ)りなシチュ。


そう、それは──


「──が、実は水着を履き忘れていて、無様にもパンツを晒してしまい赤面する……!」


橋本さん……やはりできる。

まさか派生形まで抑えているなんて。伊達(だて)に性癖発表していない。


橋本さんが、ちら、と僕を見る。僕はとりあえず親指を立てておいた。ナイス性癖。


でも女の子が「無様にもパンツを晒す」とか言っちゃだめじゃない?



4限も終わり、昼休み。

クラスメイトは各々が好きなように食事をとる。僕の友人は熱で休みなので、今日はさみしく教室で一人ご飯だ。

ちら、と隣を見ると、橋本さんも1人らしい。卵焼きをもしゃもしゃと頬張っている。かわいい。

そんな寂しい僕らの前では、最近できたばかりのカップルがイチャイチャとお弁当を食べさせあっていた。


「はい、あ~ん」

「ちょ、恥ずかしいって」

「いいじゃんいいじゃん」

「ここ教室だから!」


仲睦まじい。カップルを見ると「リア充爆発しろ」なんて言うノリがあるけど、僕にとっては遠い世界すぎて嫉妬の心すらわかない。

見ているとほっこりするなぁ。


ふと、性癖発表の気配がした。


「NTR」


ぼそりと呟いた橋本さんは、お弁当の卵焼きをもしゃもしゃする作業に戻った。


最悪だよ。


======================


授業もすべて終わり、放課後。

教室内はガヤガヤと騒がしい。

部活に向かう者、そのまま帰宅する者。みんながそれぞれの目的地へと向かっていく。


僕と橋本さんは掃除当番だった。二人きりになった教室で、黙々と掃除をする。

外は夕暮れ。オレンジ色に染まった空が窓から差し込んでいる。


橋本さんの性癖発表が始まってからもう1か月だ。「一見軽いように見えてめちゃめちゃ激重感情なギャル」「感覚遮断落とし穴」「無理やり媚薬を飲まされてしまいめちゃめちゃにイキまくるけど実はただのビタミン剤だったことを明かされた時の女の子の顔」とか……僕はすでに橋本さんの性癖なら隅から隅まで知り尽くしてしまった。なぜ彼女が性癖を呟くのか、その理由はわからないままなのに。ていうか最後の長いな。


というか性癖の対象が女子ばかりだ。もしかして橋本さんってレズなのか? 

「普段おとなしめの女子が百合イチャラブのときだけSっ気を出すシチュ」は僕の性癖に刺さるけどさ。

隠れ橋本さんファンの僕としては、少し複雑な心境だ。


ふと気になって橋本さんを見る。

烏の濡れ羽色のような美しい黒髪が夕焼けに照らされていて、思わず見とれてしまった。

彼女は僕の視線に気が付いたのか、じーっと不思議そうに僕を見てくる。


その瞳を見ていると、色々な疑問が頭に湧いてくる。

どうして性癖を発表するのか。どうして僕にだけ聞こえるように喋るのか。どうしてエグい性癖ばかりなのか。


でも、その疑問は喉の奥に引っ掛かったままで、声にすることができない。声にしたら、この不思議な関係が──少しだけ降り積もった雪のように、跡形もなく溶けてなくなってしまいそうだから。


そんなことを悩んでいると、ふと、性癖発表の気配がした。


見つめ合ったまま、彼女の唇が言葉を紡ぐ。


「放課後、夕暮れに染まる教室──」


そう言って彼女は少し黙ると、口元に小さな笑みを浮かべ──


「片思いの相手と、静かに見つめ合う瞬間……」


……え?


いつも通り、性癖を呟いた……わけじゃ、ないようだ。


片思いの相手。彼女の言葉を脳内で反芻する。それって──


彼女は満足そうに僕を見ると、その笑顔は雪が解けるように消え、いつものクールな無表情に戻った。


そうして僕らは言葉を交わさないまま、黙々と掃除を続けた。


「クールな子がときおり見せる笑顔」。こうして僕に新たな性癖が追加された。

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