【短編】幼馴染の勇者が転生しても幼馴染のままなんだけど
深夜のテンションで出来上がってしまいました。
悔いはありません。
「おはよう、伊織」
「おはよ、萌絵」
隣の席に座る幼馴染には、いつも通りを装って挨拶する。
内心のドキドキは、バレていないようだ。
昨日のドラマの話をしながら、心の中でホッとする。
どうして、こんなことになったのか。
それは私が昨夜、前世の記憶を思い出したからに他ならない。
前世を思い出した。
小説やアニメではよくある。悪役令嬢やヒロイン、さらには魔物になるものまである。
それが何故、一般市民であり高校生である何の特徴もない私に降りかかるのか!
思い出すだけなら良かった。
どうして、幼馴染の萌絵が前世でも幼馴染なのか!
しかも、その萌絵が、魔王を討ち滅ぼした勇者だっただなんて!
「萌絵って前世で魔王倒した勇者だったよね?覚えてる?その時も幼馴染だったんだよ?」
なんて、言えるわけがない!
「ねえ、どうしたの?黙っちゃって」
「―――今日の数学で当たるかもって考えちゃって」
「あー。伊織の列が当たるかも」
危なかったー。気をつけないと。
いつも一緒にいるから、少しの違和感に気づいちゃうんだよなあ。
ちなみに、数学の授業では私ではなく萌絵が当たっていた。
*
学校が終わり帰宅する。
私は帰宅部だけど、萌絵はバスケ部だ。地区大会も近いから、「またね」と言った後すぐに体育館へ向かった。
エースは大変だなぁ。
カバンを机の上に置き、自室のベッドに倒れ込む。
疲れたー。
幼馴染だからといって何でも話している訳じゃないけど……。ずっと秘密にするのも無理な気がする。
萌絵に「なに隠してるの?」って言われたら、つい言っちゃうかもしれない。
……言っちゃってもいいのでは?
そんな夢みたんだよねーって言えばいいじゃん!
隠して変な態度になるより、絶対いい!
私、天才では?
名案を思いついた安心からか、その日はぐっすり眠れた。
*
さて、お昼ごはんの時間になった。
教室からは少し歩くけど、運動場の奥にある東屋に萌絵を誘う。
夢のせいにするけど、周りに人がいると少し恥ずかしい。
萌絵は「そんなところあったんだ」と呑気についてきた。
東屋には誰もいない。周りにも人の気配はなかった。
まあ、お昼ごはん食べるためにここまでは来ないだろう。
さっそく打ち明けようかと思ったけど、腹が減っては戦はできぬとも言うし、お弁当を食べてからにしよう。
交渉も昼食後にやった方が上手くいくって何かの本で読んだことある気がするし。
……別に時間を稼いでいるわけじゃない!
ものの10分で食べ終わってしまった。
萌絵は運動部のせいか、いつも食べるのが早い。私は緊張していたのか、黙々と食べてしまった。
よし!話すぞ!
「昨日、萌絵を夢で見たんだけどさー」
「へー。どんな夢だったの?」
「なんか、萌絵が勇者で魔王打ち倒してて、私とは今と同じ幼馴染で」
「……うん」
「夢なんだけど、やっぱり一緒にいたんだなぁって、なんか、安心しちゃって」
「……安心したんだ」
「うん。良かったって思ってる」
……余計なことまで言っている気がする。やっぱり、隠し事は出来ないみたい。
萌絵の方を見る。
泣いていた。
「萌絵!?」
「夢じゃない。それ、夢じゃないの。私は確かに勇者だったし、伊織とそこでも幼馴染だった!やっと思い出してくれたんだ!女神が約束破ったのかと思ってた」
混乱した。
感動の再会のはずなのに、頭が追いついてない。
え?萌絵も前世の記憶があるの?
女神様との約束って?
「話したいこといっぱいあるの。明日。午前中で部活終わるから、その後、お家行っていい?」
頭の中がグルグルと回っている私は「わかった」と生返事を返したのだった。
*
あの後、上の空で教室に戻り、授業を受け、寄り道せずに帰宅し、お風呂に入り、夕ご飯を食べ、歯磨きをし、ベッドでぐっすり眠った。
……上の空の私、有能すぎない?隠れた才能か?
もう、お昼を過ぎていた。
玄関の前でそわそわしていると、チャイムが鳴った。
扉を開けると、驚いた表情をした萌絵がいた。
どうやら、開けるのが早かったみたいだ。
萌絵の表情が微笑みに変わる。
そわそわしていたのがバレたようだ。恥ずかしい。
私の部屋に招き入れ、並んでソファに座る。
お茶とお菓子も一緒に持って上がったから、ゆっくり話ができる。
「……女神にね、私と伊織の記憶は残して、また同じような関係になれるようにお願いしてたの」
萌絵が私の様子を伺いながら、話し始める。
*
私が前世のことを思い出したのは中学生になってからだった。伊織も同じタイミングで思い出すと思ってたけど、そうじゃなかった。
そうね。今思えば、思い出す時期も決めておけば良かった。でも、約束したときは、これで伊織とまた一緒にいられるって舞い上がってたから。
勇者になって、魔王を倒すために旅に出て、色んなことがあった。仲間もいなくなって、魔王と戦ったのは私だけだった。みんな、勇者が魔王を倒すために犠牲になったの。
うん。怖かった。ただの村娘に戻りたかった。だけど、みんなに託されたものが多すぎたの。必死だった。必死で魔王と戦った。その結果が、相打ち。
そう、魔王と一緒に死んじゃった。それでね、女神が魔王を倒した褒美として、願いを叶えてくれるって言ってくれたの。
もう1人は嫌だった。
だから、恋人だった伊織と、記憶を残したまま同じ関係になれるようにお願いしたの。
巻き込んでしまって、ごめんなさい。
*
萌絵は全てを話したあと、謝った。
私の記憶が、全て戻ったわけじゃないこともわかった。
それよりも、萌絵と恋人だったの!?
嫌じゃない。むしろ、それが当たり前だったと、ストンと納得した。
私が何も言わないから、萌絵が心配そうな表情になった。
「……怒ってるよね?私のわがままに巻き込んじゃってるんだから」
「違うの!それはいいの!私も萌絵と一緒にいられて嬉しいいから」
「……本当に?」
「本当よ!」
ああ、この人を不安にさせちゃ駄目だ。
幼馴染だから何でも知ってると思ってた。
だけど、そうじゃなかった。
ずっと、1人にさせてしまった。
今度は最後まで一緒にいたい。
「私ね、まだ全部思い出せてないみたい。萌絵が前と同じ関係って言ってたの、幼馴染になったことだと思ってた。恋人だったんだね」
「……うん」
「萌絵と恋人だったって聞いた時に、ああ、そうだった、この人は私の大切な人だったって、納得したの」
「……また、私と一緒にいてくれる?」
小さな、不安そうな声で聞いてくる。
「ずっと一緒にいるわ。萌絵こそ、もう1人で遠くに行かないでね」
泣いてしまって頷くことしか出来なくなった萌絵を、優しく抱きしめた。
*
私が数学を教えているクラスには、元勇者とその幼馴染がいる。
最近、甘い雰囲気をまとうようになったのは、気のせいでは無いだろう。
気付かれないように、小さくため息をつく。
元勇者がこちらを見て、「邪魔しないでよ」と声には出さず、口だけ動かし伝えてくる。
ため息が漏れた。
それを返事と受け取ったのか、満足した表情になる。
……なにも私も同じ世界に、しかも、記憶を持ったまま転生させる事はなかっただろうに。
「さて、課題はやってきましたね?萌絵。一問目の答えは何になった?」
元勇者の表情が固まる。
邪魔しないとは言ってない。