09.【ブラックロイヤル】 ー①ー
【ブラックロイヤル】は名前負けした宿屋であった。
唯一ブラックの点だけはまさしく言い得て妙だったがロイヤルでは全くなかった。
二軒の家を無理矢理、合体させたような見た目と外からも聞こえる怒鳴り声と喘ぎ声。
窓にはヒビが入っており家は老朽化が進み触っただけで崩れそうだった。
ウルルと鼠が中に入ると【ブラックロイヤル】は薄らと血の匂いがしていた。
ビリビリに破かれたカーペットを踏みながらウルルは受付の老婆の所まで歩いた。
受付の老婆は、片目が潰れておりそこから何か半透明な汁が垂れていた。
頭のつむじから少しずつ髪が抜けているようで頭皮が見えていた。
「……先払い」
老婆はウルルにそう言ってすぐに下を向いてぶつぶつと独り言を言っていた。
ウルルは黙って二万Fをカウンターに置いた。
老婆は盗られないように急いで二万Fを回収して203号室の部屋の鍵を投げ渡した。
「無くしたら……三万ね」
「行くよ」
ウルルは鍵を受け取り受付の隣にある階段を上がる。
203号室は6畳ほどの部屋でベットと後は割れた机のみの簡素な作りだった。
ウルルは黒のコートを床に投げてベットに寝転んだ。
鼠も同じようにベットに寝転んだ。
少しの間、二人は何も会話せずに横になって目を瞑っていた。
しかし誰かが扉をノックした事で二人は目を開けた。
ウルルは黙って立ち上がり扉を開ける。
そこにはチューブトップにパンツ姿の女性が立っていた。
その女性は40代前半ぐらいでその老いを隠すように顔にはたくさんの白粉と濃い化粧をしていた。
「4000で…どう?」
その女性は指を四本あげた。
「………いや大丈夫です」
ウルルが閉めようとするとその女性は部屋の中に足を入れて無理矢理、入ろうとする。
「3000は?3000でいいよ。ほら人助けだと思って、損はさせないよ?」
女性は艶かしい笑みを見せてウルルの胸を触る。
「……やめてくれませんか?疲れてるんです」
ウルルは女性の足ごと扉を閉めようとする。
「痛い!痛い痛い痛い!何すんのよ!!」
「すいません。他を当たってください」
その女性はチューブトップを上げて嫌味な顔を見せる。
「なに?あんた立たないわけ?変な仮面つけちゃって私だってあんたみたいな変人願い下げだよ!!」
女性は大声を上げる。
「うるせぇよ!!」
隣の部屋から怒号が聞こえ壁を叩かれる。
「どうしたの?どーるいーたーさん」
扉の隙間から鼠が顔を出した。
その女性は鼠の顔を見た瞬間に「ひっ」と声を出した。
しかし動揺を悟られないようにまた嫌味な顔を作る。
「へ、へぇーそういう事ね。ロリコンの暴力野郎って訳かい!あんたのその顔この仮面野郎にやられたんだろ!?」
「違うよ。私、掻いちゃうの」
「可哀想にそう言えって言われてるのね。あー可哀想な子、私も早く逃げないと殴られちゃうかもね!」
「うるせえって言ってんだろうが!!!」
隣の部屋から何度も何度も壁を殴りつけるような音と叫び声にも似た声が聞こえる。
「あんたのせいで怒られたじゃない!!どうしてくれんのよ!!」
女性はドンドンと裸足の足を床に叩きつける。
その瞬間にウルルは扉を閉めた。
扉の外からはまだ何か言っていたがウルルは大きなため息をついて何も言わなかった。
ウルルはベットに座り虚空を見た。
「ねえどーるいーたーさん」
目の焦点が合いウルルは鼠を見る。
「なに?」
「変な人だったね。私が掻いちゃうのにどーるいーたーさんのせいにしてた」
「……ごめんねちょっと休憩してもいいかな?」
そう言うとウルルは座りながら目を瞑り動かなくなった。
鼠は割れた机に爪で花や虫の絵を描いていたがお腹が鳴り鼠はウルルの分も何か買ってこようとコートから勝手に一万Fを取り部屋の扉を開けた。
部屋の外には壁に話しかける男性がいた。
鼠はその男性に話しかける。
「ご飯、どこに売ってるの?」
男性は鼠を見向きもせずに壁に話し続ける。
「あいつが悪いんだ。俺は金を払ったのに。こんなに不幸せなのに。あ、鳴ってるそれは僕が注文したんだよ!そうだよ【雷鳴教】はそんな事、教えてくれなかった。あ、鳴ってる」
鼠は五分間その男性に聞き続けたが教えてくれなかったので受付の老婆に聞こうと階段を下がる。
老婆は受付カウンターに飛んできた蝿の足を一本、一本抜いてる所だった。
「ご飯、どこに売ってるの?」
老婆は蝿の羽を抜き左の方を指差した。
そこは小さな食堂みたいになっており長机が三つとそこに椅子が並んでいた。椅子は使われていない時は机の上に上下反対に置かれていた。
鼠は厨房に入りそこで赤や茶色、緑のシミがついてるエプロンをつけた老爺に会った。
老爺は鼠に気づくと大声を出した。
「なに入ってんだ!この乞食のガキが!!」
鼠は一万Fをポケットから取り出した。
「何か作って」
すると老爺は一万Fを半ば強引に奪い取ると今度は優しく尋ねる。
「何が食べたいんだい?」
「おいしいのと……甘いパン」
「分かったよ。座って待ってな」
鼠は言われた通りに机の上にある椅子を下ろして座っていた。
少しして老爺はわざわざ机の上まで持ってきてくれた。
「食ったら台所に水つけといて」
そう言って老爺は厨房に消えて行った。
皿の上には苺ジャムが塗られた食パンとオムライスが綺麗に置かれていた。
オムライスは卵が焼きすぎていて硬くチキンライスはただケチャップが混ざってあるだけであった。
鼠は長机に置かれてる箱から比較的、綺麗なスプーンとフォークを取り出すと急いで食べ始める。
米が机に飛び散るが鼠は構わずに食べ続ける。
そして三分のニほど食べ終わった所で鼠はウルルを思い出してスプーンとフォークを置いた。
そしてジャムがついた食パンを食べようか迷っている時に突然、巨漢の男が机を叩いた。
巨根の男はおでこが広く腕毛が多く生えていた。
「うるせえよ!」
おでこを真っ赤にして血管が浮き出ている男は何度も机を叩く。
「何度も!何度も!俺、注意したよな?なんでうるさくするんだよ!」
巨漢の男は手を机に置いて上半身を鼠に近づけた。
「お前、傷物か?なんだ?顔どんな客にやられた?お詫びしろ俺の部屋、来い」
鼠は巨漢の男の声は全く聞いていなかった。
鼠が興味を示したのは男の腕毛と指毛だった。
「どうしてそこだけ毛がないの?」
「ああ!?うるさい早く来い!」
鼠の腕を掴むと鼠はフォークで男の中指を突き刺した。
「ッ!いてぇ!!」
痛みで手を離した巨漢の男は自分の指を触るがそこに指はなかった。
鼠は自分が刺してちぎった中指を持ち上げて男に見せた。
「ほら見て。ここの指だけ毛がないよ?どうして?」
「うううッううあああッッ!!」
巨漢の男は手を開き鼠に平手打ちをしようと腕を上げた。
「悪い子!悪い子!お仕置きお仕置き!!」
「え!?悪い子?私が?本当に?」
巨漢の男が振り下ろした腕が寸前で止まる。
「すいません。その子が何かしましたか?」
黒い手袋をつけた右手で腕を掴むウルル=アルガの姿があった。